□だから、FOR YOU 4
日曜の試合は散々だった。
監督にどやされて、北さんにはたっぷり説教された。
どっちもこれ以上ないくらいの正論で、反論の余地なんて一切ない。
俺がふがいない、それだけ。
三日月が──彼氏と東京に行ったって聞いてむかついた。
だって、そんなん泊まりに決まってる。
泊まりっていったら──ソウイウことやろ。
彼氏彼女だったら普通なのかもしれない。
頭でそうわかっていても、とにかくイヤで仕方なかった。
けど、そのことに振り回された自分にもっとむかついた。
(最悪や。)
練習試合でミスを連発して、散々迷惑かけて言い訳もなくて反省ばかり。
メンタルが未熟と言われたら本当にその通りで、ぐうの音もでない。
三日月にも、ひどい態度を取ってしまった。
あの男と泊ったんやって思った瞬間、頭ん中が沸騰して自分でも何を言ってるのかわからないくらい。
三日月が誰と何しようと口出す権利なんか一つもないのに、あんな言い方──男として最低やって今ならわかるけど、あの時はそんな余裕少しも持てなかった。
「別れたって言うとったで。」
付き合っていた相手と別れたということは、その日の晩に治から聞いた。
「え?」
「だから、あの子。おまえのクラスの……三日月。」
「ほ、ほんまに?!それでなんて?!」
晩飯の後になんでもないみたい世間話みたいに治が言って、
「はあ?それでもなにも、それしか聞いてへんし。彼氏がどうとかあんま言わんほうがええんちゃう。」
目も合わさずにそう言った治に違和感を感じないでもなかったけれど、そのことにまた動揺した。
ひどい事言ってしまったし、三日月のこと傷つけたかもしれん。
けど……別れたってことは、今フリーってことやろ?!
二つの考えが頭の中でぐるぐるとなって、出口がどこかわからなくなる。
どうしよう、どうしたらいい?
どうしたら、俺は──
考えて、考えがまとまる前に朝が来て、朝練が終わったらもう教室。
窓際の席で頬杖をついた三日月を見たら、無償に泣きたい気分になった。
「昨日、」
声に出してから、普段の自分とまるで違う声色に自分で驚いた。
「……昨日、ごめん。」
手を握りしめてなんとか告げたひと言は、一晩中考えてそれだけは言わねばと決めた言葉。
「え、ああ……ううん、別にいいよ。」
視線は合わない。
いつもなら向けられる笑顔がない。
うつむき加減に三日月はそう言って、何かを言おうと逡巡する様子を見せたけど結局それきり口を噤んでしまった。
いつもみたいに話したい、いつもみたいに笑って欲しい。
それなのに言葉を見つけられないのは俺も一緒で、机を並べてるくせに二人して無言。
三日月を目の前にした俺はいつもいまいち格好つかない男だけれど、今は特に最悪だった。
もっと言うことあるんちゃうか。
謝って、もっと謝って、自分の気持ちばっかり押しつけてごめんとか。
だけど、「自分の気持ち」って──それを説明するには、今の俺は自信を失い過ぎていた。
なにも言えなくて、三日月の声も聞けなくて、気まずいままの半日。
「なに落ち込んでんの。」
「えッ!」
昼休みの終わり、学食で昼飯を食べて戻ってきた机の上にコトンと置かれたのは──オレンジ色のカボチャのプリン。
「秋の新作だって。それ食べて元気出せば。試合のこと引きずるなんてらしくないじゃん。」
「あ……。」
顔をあげたそこで、三日月が笑っていた。
「いつもならすぐ立ち直るくせに。」
そうじゃない。
試合のことで落ち込んでるわけじゃない。
そりゃあ試合のことだってショックだったけど、元はといえば原因は違って──
だけど、
「そんなに怒られたの?」
「ん、まあ……そやな。」
「でも、いいじゃん。不調なことだってたまにはあるし、その分次は好調になったりするんじゃないの。」
そんな風に言われたら、そんな顔で微笑まれたら、
「はは、そかなあ。」
「そうだよ、きっと。元気出しなよ、らしくないじゃん!」
ああ、ほんま──ほんまにどないしよ。
胸の奥底に押し込んでいた思いが溢れ出すみたいに沸いてきて、三日月の言葉に、視線に、微笑む口唇に、心が激しく揺さぶられて、言葉がうまく出てこない。
「……せやな。」
「せやで!」
「おう。」
強気の言葉を返したいのにそんな台詞は浮かんでこなくて、三日月の言葉にただ相づちを打つだけ。
「お腹いっぱいなら後でもいいし。」
「今、食う。」
「そう?」
「ん。」
泣きたくて、苦しくて、だけど嬉しくて。
プラスチックのスプーンを夢中で動かしながら、食べている間は喋らなくてもいいというそのことにひどく感謝した。
その日の放課後、
「別れたんやってな。」
そうやって声をかけた俺の顔はいつもの通り、そうであったと信じたい。
「まあ、ね。」
少しだけ気まずそうに、苦笑いを浮かべて答えた三日月。
この話を通過しなければ、本当に元通りにはなれない。
その先にも進めない。
だから、言わなきゃ。
考えて、考えて、午後の授業の間中考えて、たどり着いた答え。
「そしたらな、」
言いながら三日月と目が合って、ドキリと心臓が跳ねる。
──そしたら、俺と付き合わへん?
喉元で止まった本音。
それをぐっと飲み込んで、三日月に向かって笑いかけた。
「残念会したるわ。昨日試合やったから今日は部活オフやし、みんなでカラオケ行こ。」
普段の顔、普段の声、普段の俺。
精一杯の虚勢でかけた言葉に返ってきたのは笑顔で、
「ふふッ。じゃあ、ミヤアツの奢りー!」
それで、みんな元通り。
「はあ?!なんでや、それ!」
わざとらしいくらい大げさにリアクションを返したら、
「おー、俺にも奢ってや!」
「やったー、男前!」
「んなわけあるか、アホ!」
集まってきたクラスメイトもそれぞれに盛り上がって、本当に元通り。
賑やかで充実した俺の生活、その通り。
その日はクラスの有志でカラオケに行って、散々騒いで声がかれた。
三日月もずっと笑ってて、別れたなんて嘘なんちゃうかってくらい元気な顔に戻ってた。
「送ってく。」
「え、いいよ。」
「けど、遅いやろ。」
「あー、うん。じゃあ、お願いしよっかな。」
そんなやりとりにも、もう気まずさはない。
そのことにほっとして、だけど少しだけ寂しい気持ちもある。
元通りのクラスメイト、元通りの友達関係、そのことにきっと俺は──満足できないから。
昨日の出来事がきっかけになって堰を切ったみたいに溢れだした想いは、今にも喉元から零れて俺の世界を埋め尽くしてしまいそうだった。
別れたばかりの三日月に、そんなんデリカシーないやろ。
そのちっぽけな見栄とフラれるかもしれないという恐怖が、かろうじて気持ちを繋ぎ止めていた。
二人で歩く道。
秋の陽は短くて、それほど遅くなったわけでもないのにすっかり景色は夜道のそれだ。
誰が歌った歌が面白かったとか、クラスの誰は歌がうまいとかそんな話。
他愛もない会話を続けながら、暗い道を歩く。
「あのさ、」
そんな会話を止めたのは、三日月のほうだった。
「昨日……。」
そう言われて、ビクリと肩が跳ねる。
昨日のことなんて、本当はもう話したくない、すべてなかったことにして元通り──そのために頑張ったわけだし、そうしたい。
だけど、三日月はあえて空気を読まないみたいに声を落として、
「東京行ったって話だけど、」
そう切り出した。
そっから先、聞いた話で世界は反転する。
「確かに泊まったんだけどさ……。」
聞きたくないって思って、手の中にじわりと汗が滲む。
「だけど、そういうの……し、てない、から。」
「え……。」
歩く足が止まる。
「だからッ!エッチとか、そういうの!ないから!そもそもしないって話だったし……それなのに、しようとするからヤダって言って!それで……ッそれで別れたの!」
二人で東京に行ったんやって、つまりソウイウことやろって思ってた。
「そ、なんや……。」
それを違うって三日月は言って、それってつまり俺の誤解で、それが原因で彼氏と別れたってことは、つまり三日月はあいつとはなんもなくて、
だけど、なんで、
なんで、
なんで──それを俺に話すんだろうって、そのことばかりが気になる。
気になって気になって、気になって仕方ない……!
「昨日の話、ミヤアツと治くんしか知らないから……二人にゴカイされたくないし、一応言っとく。」
「……おう。」
治の名前が出てきたことでまた気持ちは揺らいで、だけど心臓はドキドキしっぱなし。
三日月が彼氏と別れた、原因は男のほうだった。
喧嘩したのに試合を見てってくれた、落ち込んでたらプリンをくれた。
みんなでカラオケに行って、その後二人で帰った。
いろんなピースをはめては外し、外してはめて。
意味とか答えとか、未来の予想とか、必死で考えてその日もあんまり眠れなかった。
次の日からは、本当にすべてが元通り。
クラスは一日賑やかで、しんどいけど部活は楽しい。
冷蔵庫にはカボチャのプリン、マジックで名前の書かれたそれに手を伸ばしたところで治に見つかって、結局食べられなかった。
「いい加減にせえよ。」
「ええやん、それお気に入りやねん。」
「アホか、俺も気に入っとんねん!」
一つのもんを取り合うんは双子の宿命かもしれんけど、それがプリンで済まなくなるなんてな。
ほんま、想像してへんかったわ。
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