□だから、FOR YOU 1
なんでなんかな。
ひと目見たその時から、目が離せんかった。
あの子の泣き顔が──ずっと目の奥に残っていて……。
その日はよく晴れていて、2限終わりの屋上は気持ちのいい休憩場所になるはずだった。
「また早弁か」、「朝練あって腹減るねん」なんてやりとりを毎度させられるのが億劫で、コンビニの袋片手にやってきた屋上。
菓子パン一つにプリン、ちなみにコレは弁当ではなくていわゆる間食というヤツである。
貯水タンクを背に地べたに座って、菓子パンの袋を破る。
甘いクリームたっぷりのクロワッサン、ここ最近のお気に入り。
それを半分くらい食べた時やったかな。
「だからってずっと無視することないじゃん、私ちゃんと話したかったのに!」
背中の方から聞こえた声。
どうやら先客がいたらしいことにその時気づいた。
声の主は男と女一人ずつで、「だって」とか「でも」とか、なんやかんや不穏な雰囲気。
こういう状況を気まずいって言うのかもしれないけれど、だからといって腰をあげる気にはならなかった。
パンも食べかけだし、プリンも残ってる。
しかもプリンは秋の新作のカボチャ味で、今朝からコイツを楽しみにしてた。
なんや深刻な雰囲気やけど、そんなの知らん。
俺だって大事な用事があってここにいるわけだし、わざわざ退いてやるのもアホらしい。
そう思ってパンをたいらげて、さあデザートのプリンという時、
「!」
最初に前を通り過ぎたのは、男のほう。
ちらっと俺を見て、それから盛大に顔をゆがめて足早に室内へと続くドアへと向かって行った。
その少し後だった。
──あの子が俺の前に現れたのは。
「ッ、」
最初に目がいったのは、頬を伝う水滴。
濡れた睫毛、涙を溢れさせる二つの瞳、真っ赤な口唇。
一瞬だけ視線が重なって、すぐに逸らされた。
俯いたままで駆けていった背中。
たぶんそれはほんの一瞬の出来事だったはずなのに、まるでスローモーションみたいに俺の目には映った。
あの日から、何度も何度も頭ん中で再生されるシーン。
涙に濡れた彼女の顔を、俺は忘れられないでいる。
予鈴が鳴って、慌ててかき込んだプリンの味はもうよくわからなかった。
楽しみにしていたはずのソレよりも、別のことが頭の中を独占してしまっていたんだと思う。
コンビニ袋にゴミを突っ込んで、鉄製の扉に向かう。
さっきの二人が出ていったドア、その手前で「それ」を見つけた。
ボールチェーンにぶら下がった小さなクマのぬいぐるみ。
あの子のものだろうとはすぐに思いついて、少し迷ってから右手で拾った。
届けようにも名前も知らない。
だけど見たことあるから、多分同じ学年。
どうしようかと思ったけれど、結局クマは俺のポケットの中へ。
いつか渡したらいい。
同じ学年なら廊下かどっかで会うこともあるやろ。
そう思った理由を俺はうまく説明できない。
親切心よりは億劫で、好奇心より曖昧ななにか。
その答えを知ろうとする時、胸のあたりがやたらとモヤモヤするのはなぜだろう。
「あの子」には会えないままで、結局そのクマは何日も俺のバッグの中にいた。
一度だけ家に帰って取り出してみたことがある。
茶色のふかふかした毛並み、顔のまわりだけが白っぽいデザインはなんとなく見覚えがある。
なんだっけなと思って、わかるはずがないのですぐに諦めた。
双子の兄弟のあいつなら女の持ち物なんかにも詳しいのかもしれないと思いはしたが、なんとなく言いたくない気持ちだった。
女子の落とし物を手元に置いてるなんて知られたら盛大にからかわれて、バレー部どころか学年全土に吹聴されそうだし。
そう、あいつはそういうヤツや。
賑やかでやかましくってうるさくて……って、全部意味一緒やん。
とにかくそういうこと。
だから、あいつには言いたくない。
だけど、俺が彼女を見つけた時、その子に隣におったのはよりによってあいつ──つまり双子の片割れの侑やった。
といっても、侑の反応は俺の想像してたものとは随分と違ったのだけれど。
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