■365
好きな女に相手にされないから、好きでもない女と付き合う。
治に言わせれば「非生産的この上ない」ことらしいが、俺からしたらそうでもない。
一応の暇つぶしにはなるし、彼女がおるってなれば面子も保てる。
まあ、LINEだ電話だデートしてだってうるさいのが面倒だったりはするけれど。
「そういうとこだよね、あんたの場合。」
「なにが。」
「またそのうちフラれるんじゃんって話。」
今度のオフに約束したデートの行き先を決めるのが面倒くさい、そう言った俺に三日月はあからさまに呆れた顔をして告げた。
「フラれへんし!この前のだって、俺から……!」
「ふうん。」
別に興味ないけど、と頬杖をついたまたで言って、三日月は視線をスマホに移す。
「ッ、」
行き場を失った言葉に憤って、座っていた椅子から勢いよく立ちあがる。
ガタリと大げさな音を立てた椅子にも三日月はまるで無反応で、アプリのトーク画面に何やら文字を打ち込んでいる。
どうかしてる、とは思う。
我ながらほんまにどうかしとる。
三日月と隣の席になって半年、こんなやりとりを何度も繰り返している。
何度も?そう何度女を取っ替えたところで、確かに得るものなんてない。
三日月のことが気になって、だけどどうもこうもやりようなんてわからないまま、元カノの数だけが増えていく。
重ねたケイケンチの分何かを学ぶかと思えば、実際そういうもんでもない。
最初は楽しかった女の子とのふわふわした会話とかキスとかエッチとか、そういうのが今では結構面倒になってきていて、俺もしかしてこのまま枯れるんちゃうか、だとしたら三日月のせいやん、どうしてくれるん──なんて、今日も不毛に思うばかり。
「どこ行くの?」
「どこだってええやろ。」
「いいけど、あと2分で本鈴鳴るよ。」
「……。」
なんやねん、もう。
最初はもう少し仲良かったような気もするのに、今では口を開けば辛辣な言葉ばかり。
笑顔なんかもうしばらく見てない気がする──なのに、なんで俺、諦められへんのやろ。
「あ、ヤバ。」
「なに、もー。」
仕方なしにまた椅子を引いて座って、それで思い出した。
「今日、課題提出やったよな。」
「……。」
また呆れ顔。
けど、
「しょうがないなあ。ほら、あと2分しかないよ。」
勿体ぶるでもなく差し出されたプリントを受け取って、机にかじりつく。
ああ、もうほんま時間ないし。
急いで写さなかったら先生にどやされるわ。
機械的に文字を書き取りながら、今更みたいに痛む胸。
もっと突き放してくれたらええのに、けど本当に突き放されたらきっと立ち直れない。
どこが好き?なにが好き?
そんなんももうわからないくらい、最初から惚れてた気がする。
ちょっと澄ました感じの横顔とか悪戯に笑う口元とか、口を開けば辛辣で、それでいて本当に傷つくことなんか絶対言わないところとか。
こんな風になるなら──出会った最初に「好きや」って言っておけばよかった。
クラスメイトの距離感が友達をすっ飛ばしていつの間にかこんな関係。
「別れたー」って言うたびに呆れた顔されて、「彼女出来たって聞いた瞬間、可哀想って思っちゃう」なんて言われたのは、いつだったか。
「できたッ!」
「ぎりセーフ。てか、いっこくらい間違えときなよ、写したのバレる。」
「三日月、天才か。」
汗の浮かんだ手でプリントを隣に返したら、
「なに、必死な顔してんの。」
あ、久しぶりに見た。
この顔、三日月の笑った顔──ちょっとイジワルな笑顔、めっちゃ好き、やっぱり好き、そう思わずにいられない。
「べ、別に必死やないし。」
「えー。」
クスクスと笑う三日月に、手だけじゃなくって背中まで汗が伝う。
なあ、治。
「非生産的」って言うんなら、「生産的」のやり方教えてや。
好きな子できたら、どうしたらええの。
彼女が出来たって言ったって嫉妬の一つもする素振りないし、まるで脈なし。
格好いいとかバレー見たいとか、そういうのだって一度も言われたことなんかない。
言い寄る女をあしらうんなら簡単なのに、自分から好きになった子にどうしたらいいかなんて──さっぱりわからへん。
「あ、先生きた。本当ギリだったね。」
苦手科目の授業が始まったことにほっとするなんて自分らしくない。
だけど、ほっとした。
三日月の顔、あのまま見続けてたらどうなってたかわからない。
「あっつ、」
顔が熱い、耳が熱い、心臓がうるさい。
ほんまになんやねん、これ。
どうかしてるわ。
それで、結局──デートを前に俺は彼女と別れた。
ちょっと前に告白してきた隣の女子校の彼女は電話で泣いて、もう一回だけ会いたいなんて言っていたけど、それさえも面倒だった。
もうええわ、枯れたオッサンでええわ、三日月以外の女なんてどっちにしてもへのへのもへじやし、いい加減認めることにした。
虚しいばかりの片思い。
気持ちを伝えるどころか、マイナス位置のスタートライン。
それでも好きや。
ほんまに好きや。
だからもう、玉砕したって構わへん。
「俺、彼女と別れた。」
「あー。」
頬杖をついてこちらを見る視線、それがスマホに戻る前に言った。
「好きでもない女と付き合うの、もう止めるわ。」
何か言われるかなとは思った。
「そりゃそうだよ」とか「やっぱりね」とかいつもの感じのイヤミかなんか、それくらいは覚悟してた。
だけど、三日月は何も言わなくて、
「こ、これからは好きな女だけ、本気で口説くことにした……!」
沈黙に耐えられなくて、なんでか宣言。
うわ、なに言ってるんや、俺!
こんなんたいがいこっぱずかしいし!
けど、
ふわり、と笑った顔。
いつもの皮肉を含んだ顔じゃない、柔らかい笑顔。
それが俺を見て、
「いいんじゃん。」
そう告げた。
ええ、なんやの今の?!
可愛すぎやろ!
心臓がバクバクなって、多分これあかんやつ。
だって、顔に出てる気がする。
「そういう方が格好いいよ。」
熱くもないのに汗が出て、だけど焦りよりも嬉しい気持ちが強い。
ただそれだけの言葉で、舞い上がりそうなくらい、やたらと浮かれた気分。
格好いいって、やっぱりいい。
三日月に言われたら、尚いい。
もっと言われたいし、言わせたい。
それで、俺のこと好きになって。
攻略法はまだ見えなくて、会話一つで四苦八苦。
だけど、諦めるなんて選択肢はもうない。
三日月が笑ってくれたから、格好いいって言ってくれたから、俄然無敵な気分になった。
なあ、三日月。
待っとって。
俺って三日月が思うより結構いい男やねんで。
だからそれわからせて、きっと夢中にする。
三日月が夢中になってくれるように努力する。
だから、なあ。
もうちょっとだけ──俺のこと、待っとってや。
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