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□きみはたいよう 5

ライン際に叩き込まれた木兎さんのスパイク。

これ以上ないコースだと思ったボールが、弾かれる音。
体育館の床が立てる音とは明らかに違う、それを聞いた。

セッターの構える位置からはわずかにずれている。
けれど、この男にとってはそれでも十分なセットだったのだろう。

ネットの手前、高く上がったボールに追いついて2枚半のブロック。
その脇を矢のように抜けて、床を弾いたスパイク──それで、決着がついた。

「佐久早ー!」

「いいぞー、井闥山ー!」
割れんばかりの歓声、相手チームのホームゲームだということを強烈に意識させられる圧巻の声援だ。

「集合」の声に、コートの前に整列する。
その中にいる、「彼」を見ていた。

(アレを上げるのか……。)

小見さんだって、十分いいリベロだ。
実際に、この試合中だって何度も危ない場面を助けられた。

けれど、高校ナンバーワンの称号はやっぱり伊達じゃない。
決まったと思ったスパイクは何度も彼の手に阻まれて、1点を削り取ることの重さを何度も思い知らされた。

目が合って、彼が手を振って寄越した。
会釈を返すだけで精一杯、話しかける余裕なんてなかった。
それくらい、思い知らされた壁の高さに愕然とした。

その古森が体育館のギャラリーを見上げて、一際大きく手を振る。

両手を大きく振る仕草につられて見上げた先、

「……三日月。」

思わず零れた名前にはっとなる。
誰かに聞こえたかと思って慌てて振り向けば、案の定木葉さんに見られていたらしい。

「あかあーし!」
ガシリと肩を抱かれて、ギクリと背中が跳ねた。

「なーにアンニュイな顔してんだよー。」

「はあ、アンニュイってなんですか。」

「その顔、その顔。つーかおまえも手振っとけばいいじゃん。」
慌てて取り繕ったつもりの台詞もあっさりと躱されて、木葉さんが目を細めてこちらを見る。

「……できませんよ。」

「なんで?!」

「なんでって……。」
試合に負けたのに、そんなこと出来るはずがない。

「ふーん、まあいいけど!この後教室行けばいいもんな、さっさとクールダウンして行こうぜ。そんで友達紹介してって言って。」

「ちょッ、木葉さん……!」
木葉さんの関心は、試合から文化祭へと早くも移っているらしい。
未だ続く大歓声の中、さっさと前を歩いて行ってしまう木葉さんを追いかけた。


試合に負けた。
しかも、2-0のストレート。

公式戦じゃない、それに相手のデータだって取れた。
そう思えば悪くないと言えるはずなのに、なぜだか気持ちが切り替わらない。

いいところを見せたいなんて柄じゃない。

だけど、どうせなら──三日月に見て欲しかったと思う。
俺の上げたトスで井闥山からもぎ取る勝利を、三日月に見せたかった。

そんな風に思ってしまうのを、俺は止められなかった。


だけど──
さっき、目が合った気がしたんだ。

古森が見上げたギャラリーで、それに応えて手を振り返す三日月。
その三日月と、目が合った気がした。

敗戦の後に手を振るなんてできなくて、気まずくてつい目を逸らしてしまった。
だけど、三日月が見ていた気がする。

ただの勘違いかもしれない。
思い込みか、それとも自惚れかも。

それでも確かに揺れる胸。

三日月が試合を見に来てくれた、それだけだって本当は十分嬉しいんだ。
その三日月が、負けてコートを去る俺を見ていてくれたんだとしたら──

(ちゃんと言いたい。)

見に来てくれたお礼が言いたい。
頑張ってねって言ってくれたお礼が言いたい。

それに──ずっと言えなかったこの気持ちも、三日月にちゃんと伝えたい。
少しでもチャンスがあるなら、三日月が俺のことを見ていてくれたなら、会ってちゃんと伝えたい。


「よーし、行くか!赤葦!彼女、何組?」
会いたいと思うくせに一歩が踏み出せずにいた俺を、木葉さんはお構いなしで三日月の教室へと引っ張って行った。

「すっげえじゃん、井闥山の文化祭!」
制服に着替えて人混みに紛れれば、俺たちがバレー部の親善試合の相手だなんて気づく人はいない。
大勢の見物客の中をパンフレットを手に進んで行く。

「えっと、ハロウィンカフェね。お、ここの2階じゃん。」

「……本当に行くつもりですか、木葉さん。」
軽快な足取りの木葉さんに引きずられるようにして歩く俺は、実のところまだ決心がついていない。

三日月に伝えたいって思う。
だけど、なんて?
それって迷惑じゃないのかな?

負けたんだって情けなさが半分、臆病な気持ちが半分。
その感情が気持ちにブレーキを掛ける。

会いたいのに、会いたくない。
言いたいのに、言うのが怖い。

まだ好きなんだって意識してからこっち、俺の心はまるで俺の言うことを聞いてくれない。


だけど、

「赤葦!わー、スパイカーの先輩も!来てくれたんですね、いらっしゃいませ!」

「おいおい、名前覚えてないのかよッ!」
目に飛び込んできた三日月の姿に、また感情が弾ける。

ハロウィンを意識した装飾に彩られた教室、そこを覗いた俺と木葉さんの前に飛び出すようにして現れた三日月。
体育館にいた時の制服から衣装に着替えた様子は、それこそまるでハロウィンの魔法みたいだ。

「えへへ、目立つでしょ。」

「おー、似合うじゃん。」
三日月がポーズを取って、木葉さんがそれを褒めた。

「ありがとうございます!先輩も格好良かったですよ、試合!」

「負けちゃったけどねー。やっぱ強いね、井闥山!」
今日会ったばかりなんて信じられない様子で、木葉さんと話す三日月を見てた。
木葉さんも木葉さんで、慣れた様子で明るく言葉を交わしている。

だけど、嫉妬はない。
古森に感じるみたいな気持ちは沸いてこなくて、それで気がついた。

古森のことが気になる理由。
三日月のクラスメイト、同じ学校での生活だってあと1年以上ある。

それが、羨ましい。
三日月と毎日話したり、色んなことで笑い合ったり、それができる古森が羨ましいんだって。

「付き合ってるって感じじゃない」って、木葉さんは言ってた。
確かにそうかもしれない。

だけど、いい雰囲気なのかなと思ったのも事実で──その古森に、俺は三日月を取られたくないんだ。


「三日月。」
だったら、言わなきゃ。

負けたからとか、もう少し話してからとか、多分そんなの言ってられない。
待ってなんかいられない。

好きなら、言わなきゃ。
三日月のことが好きなら──伝えなきゃ。

「ちょっとだけ話せる?二人で話したいんだけど。」

まっすぐに三日月を見つめた横で、木葉さんが目を丸くしたのがわかる。

「えっと、どうかな……今、一応当番だから……クラスの子に聞いてくるね。」
戸惑った顔をして、だけど三日月は背を向けて教室に戻って行った。

「やるじゃん、赤葦。」
木葉さんに肘で小突かれて、ようやく息を吐き出した。
それくらい緊張してた。

「ちょっとなら大丈夫だって」と言って戻ってきた三日月と二人でその場に背を向けた。
見送る木葉さんに後で何を言われるかを考えれば、あまりいい方法だったとも思えない。


だけどもう決めたから、後戻りなんて──できないんだ。


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