□きみはたいよう 2
「じゃあね、部活頑張って!」
「おう!三日月、また明日なー。」
教室で手を振る三日月に同じように振り替えしてから、前を向く。
思わずニヤけた顔を俯いて隠したけど、それは廊下で待っていた人物にすぐに見つかった。
「なに笑ってんだよ。」
「えー、別に。」
「……あっそ。」
もっと聞いてくれてもいいのにって思うけど、最近の佐久早の態度はあっさりしたものだ。
「気持ち悪い」とか「その顔やめろ」とか前は散々言ってきたけど、最近はそれも言われない。
それだけ俺の片思い期間も長くなってきたのかななんて思うとちょっと切なかったりもするけど、三日月の笑顔が見れたから今日もヨシ。
そう、ズバリ言ってしまうと──俺は絶賛片思い中。
同じクラスになった時から、ほとんど一目惚れって感じで三日月のことが気になりっぱなし。
可愛いなって思ったのが最初、それが期待以上に話しやすくていつも笑顔で話しかけてくれたりするわけだから、好きにならないワケがない。
「頑張って」なんて言われたら当然部活も張り切っちゃうし、部活の後にLINEなんか届いてた日には走って帰れるくらいに疲れも吹っ飛ぶ。
だけど、まだ言ってない。
正確に言うと、言えてない。
同じクラス、毎日顔を合わせて何か話をして。
それだけで満足ってつもりはないけど、だけどやっぱり言いづらい。
気まずくなんてなりたくないし、フラれたらそれで終わりのこの気持ちを捨てられる自信もない。
言いたくて、だけど言えなくて宙ぶらりんの想い。
だけどさ、三日月が誰かに告白されたなんて聞いた晩は気になって眠れなくって──もしかしたらもう限界なのかも。
「誰かに取られるかもしれない」、それを意識した時、答えはそこに行き着いた。
──言わなきゃ、好きだって。
三日月に彼氏が出来てしまえば、後悔したってきっと遅い。
だったらその前に言わなくちゃ。
けどさ、当たって砕けろ!なんて思えないくらい、この気持ちは膨らみ過ぎてる。
日常を壊すのが怖い、三日月が笑ってくれなくなるのが怖い。
でもでもだけどの繰り返し、そんなのって男らしくないよね。
わかってるんだけど、その一歩ってすごく難しいんだ。
「で、言ったわけ?」
部室で着替えをしている途中、隣に立った佐久早が聞いてきた。
「えー、なに?」
とぼけてみるけど、本当はわかってる。
だから、これは時間稼ぎ。
「はあ。」
そんな俺の態度を見透かしたのか佐久早はため息をついて、
「わあったよ!言ってない、言えてません!だけど、言うから!」
結局自分から白状することになった。
「文化祭、もうすぐじゃん。」
「……知ってる。」
もうすぐ訪れる秋の定番行事、文化祭。
そこで毎年行われる出し物の一つが、バレー部による「親善試合」。
ベンチ入りのメンバーは既に発表されていて、俺も佐久早も勿論その中入ってる。
「三日月に告白する!」──そう俺が宣言したのは、もう一週間も前のこと。
親善試合を見に来てよって言うのは、その第一段階。
『じゃあ、試合に勝ったら告白するってことでどう?』と言った佐久早に、『勝っても負けてもするから!』と俺が答えたことがそもそものきっかけだった。
そりゃあ勿論勝つつもりだけど、負けたとしてもそれを言い訳になんかしたくない。
だから、告白する。
試合に勝とうが負けようが、そんなの関係なく告白する。
そう決めて、そのクセ試合にさえ誘えていない自分に毎日呆れる。
「見に来てよ」って言うのは、多分簡単。
だけど、それが「告白」へのスタートラインなんだって思ったら、喉まで出かかったはずの言葉がいつも手前で止まってしまう。
後になんか引くつもりない、だからこそ緊張する。
「告白できない方にスタバ一週間分。」
「ッ、」
呆れ顔の佐久早の顔を見返した。
「告白が成功したら、お礼にスタバ一週間分。失敗したら……まあ、一回くらい奢ってやってもいい。」
いつも不機嫌満載の佐久早だけど、この話題はどうやら気に入っているらしい。
珍しく笑顔を浮かべてそう言って、
「なんでほぼ俺が奢ることになってんだよ!」
「ちゃんと告って成功すればいいだけだろ。」
言い返した俺に、また余裕の笑み。
「別に、」
ああもう、佐久早にイジられる日が来るなんて思わなかったよ。
「別に自信ないとかじゃ……ないけど。」
だけど、臆病になる。
三日月のことになると、俺はとんだ臆病者だ。
それが佐久早には可笑しいんだろうけど、おまえだって好きな子できたらわかるんだからな!
クソー、いつか絶対言い返してやる!
三日月といると楽しい。
ううん、一緒にいなくたって楽しいんだ。
三日月のことを好きになって、誰かのことを考えたり未来を想像したりするのって楽しいなってすごく思った。
そりゃあ不安もあるけどさ、だけど最終的に楽しい!
三日月がいる、そこに存在してる、それだけだって十分楽しい。
恋をしてる俺は確かに滑稽な男だけど、だけどそれでも幸せ。
こんな風に毎日を過ごせるのは、三日月と出会えたからだから──好きって本当、すごいよな。
そんな俺が、「第一段階」を突破することになったのは、それから少し後のこと。
金曜日の放課後で、今日を逃せばチャンスは月曜日。
LINEで言ったっていいのかもだけど、そこはやっぱり直接言いたかった。
ちょっとは意識して欲しいっていのもあったのかもしれない、とにかく俺は言ったんだ。
「あ、あのさ。」
いつもなら「じゃあなー」なんてまっすぐ部活、だけど意を決して三日月の席に向かった。
教科書とかスマホとか、そんなあれこれをバッグに詰める三日月の手が止まる。
「え、うん。どしたの、古森。」
ちょっとだけ驚いた顔をして、だけどすぐに笑顔になる。
「今日、部活は?」
毎日見てる顔だ、だけど見るたびに「やっぱり可愛いよなあ」なんて思ってしまう。
俺ってちょっとヘンなのかも、それともこういうのって普通?正直よくわかんない。
「うん、今日もこれから部活なんだけどさ!実はその話!」
見つめられると、視線を逸らしたくなる。
いつもなら平気なはずなのに、いざとなったらやたらと照れくさいから不思議だ。
「文化祭、あるじゃん。」
言いながら、顔が熱いような気がしてた。
もし顔が赤かったらどうしよう。
そしたら、三日月にバレるよな。
告る前にバレたらマヌケだ、だけどちょっとは意識して欲しいからそれでもいいのかな。
いや、だけどやっぱり恥ずかしいし──って、なんかもうワケわかんねー。
「うん。私も今日これから準備だよ。」
クラスの出し物は「ハロウィンカフェ」に決まっていて、衣装やらなにやらを手作りするために三日月も毎日居残りで準備しているらしい。
「古森の衣装も楽しみにしててよ。」
「え、マジで。俺も着るの?!」
「全員分あるから!何を着てもらうかは当日のお楽しみー。」
楽しそうな笑みを浮かべた三日月に、「俺は三日月の衣装の方が楽しみだけど!」と気がついたら顔が笑ってた。
あ、この感じ。
わりと言えちゃいそう。
「バレー部もさ、試合やるんだよね。親善試合!」
「あ、知ってる。去年もやってたよね。古森も出るの?」
「もちろん!俺、レギュラーなんだぞ!」
おどけて胸を張ったら、「知ってるよ」って三日月が笑ってくれた。
「すごいね、インハイのメンバーが出るの?」
「そ、本気の試合!しかもさあ、」
こうやって話すのってやっぱり楽しいな。
もしもさ、三日月が俺のこと好きになってくれて、それで彼女になってくれたりして──そしたら、きっともっと楽しい。
学校のこと、部活のこと、もっと話したい。
三日月のことだって色々知りたいし、俺のことも聞いて欲しい。
そう思ったら、結構自然に言えていた。
「しかもさ、相手がすごいんだよ!梟谷学園って知ってる?ウチと同じで春高の二次残ってる学校!」
対戦相手の名前を聞いた時は、正直言ってびっくりした。
梟谷学園──都内の高校では、井闥山学院の一番のライバル校。
エーススパイカーの「ボクトさん」を中心に攻守にバランスの取れたチームで、地区大会ではウチと優勝を競い合う強豪校だ。
普段は交流の少ない梟谷と親善試合を組んだと聞かされた時は驚いたし、同じだけ気合いが入ったのは言うまでもない。
「二次予選より前に親善試合だって。だから今、練習もめっちゃ気合い入っててさ。」
「ふくろうだに……。」
「そ、梟谷!」
三日月の視線が、少しだけ揺れた気がした。
「そ、れでさ……その試合なんだけどさ、あのさ、」
だけど、それ以上考えるなんてもう無理で、頭が全然働かなくて、だから三日月のいつもと違う表情の理由を、俺は考える余裕がなかった。
「あのさ、えっと……試合、三日月に見に来て欲しいなって。俺も試合出るしさ、良かったらっていうか、できればっていうか……三日月が来てくれたらいいなって思うんだけど、ダメかな?!」
「もちろん応援行くよ!」って三日月は笑って、すぐにいつもの顔に戻ったと思う。
だからそれが嬉しくて、いつもなら気づきそうなことにも気づかなかった。
「そういえば」って思うことになったのは、文化祭の当日。
試合の相手が梟谷だってことが理由なんだって気がついて、だからってさ──後戻りなんてできない、ううん、するつもりないよ。
三日月のことが好きなんだ。
だから、誰かに取られるなんてイヤだ。
俺を見てよ。
すごい張り切るしさ、試合だって負けない。
どんな相手だって負けない、三日月を渡したくない。
だから──どうか、俺を見てて。
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