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□きみはたいよう 1

「親善試合……ですか。」

「木兎から聞いてないか?」という問いかけに、「またか」と思いながら首を振る。
聞いた方も慣れたもので、顧問の教諭は「アイツまた忘れてるな」とコピーしたプリントを俺に向かって差し出した。

「公式戦には支障のない日程だし、監督にも許可もはもらってるから。それじゃあ、部員への伝達はおまえからやっといてくれ。」

「わかりました。」
こんなやりとりは日常茶飯事だ。
2年生でありながら与えられた副主将というポジションの役割は、言うまでもなく木兎さんのお世話係兼部の雑用係。

「いつも悪いな、赤葦。」

「いえ、それが仕事ですから。」
答えた俺に、「サラリーマンかよ!」と顧問が笑って、「俺もおまえみたいな部下が欲しいよ、木兎が羨ましいな」と、本気とも冗談ともつかないことを言って寄越した。


一礼してから職員室を辞して、改めて手にしたプリントに目を落とした。
部員分コピーして配らないといけないし、親善試合とはいえ試合は試合だ、日程を確認して調整とメニューについて監督とも話し合わないといけない。

当然ながらその辺りのことは木兎さんに期待しろという方が無理な話で、だから当たり前の動作としてプリントを確認して──

「!」

驚いた。
何よりもまず、相手校の欄に記載された名前。
そして、その名前をもってしてもこの用事をすっかり忘れられる木兎さんの記憶力にも驚かされたわけだけれど。


「木兎さん……!」
人数分をコピーしたプリントを抱えてやってきた部室。

「おー、赤葦!珍しくいいテンションだな!」
既に着替えを終えて、気合い満点でぐるぐると腕をまわしながら木兎さんが笑う。

「そうじゃなくて!」
いっそ清々しいほどの忘れっぷりに感心しないでもないが、今はそれよりもこのプリントの方が重要事項。

相手校の名前を見れば、誰だってそう思うはず。

「なになに赤葦、そんないー話?」
木兎さんに手渡す手前、木葉さんと小見さんの手が伸びてくる。

「お、親善試合かあ……って、マジかよ!」

「おい、木兎!やべえじゃん、これ!」
二人の反応は、俺と同じ。
それを見ていた木兎さんもプリントを手に取って──

「あ、これな!超楽しみだよな、燃える!!」

「オイコラ、木兎ー!んな大事なこと忘れてんなッ!」

「あほかー、楽しみだなじゃねえよ!大変じゃん、これ!」
小見さんが木兎さんに飛びかかったと同時、配られたプリントを見た部員たちから声があがる。

「マジかよ。」

「親善試合っていうか、これじゃまるで……。」
広がるざわめき。

春高の一次予選を終えたばかり。
そして、11月には上位4チームでの代表3枠を決める決定戦が控えている。

音駒と戸美、そしてインターハイ優勝校でもある──井闥山学院高校。

その「井闥山」の名前が、「親善試合」の相手校としてプリントに書かれている。

「決勝前にやれるなんてラッキーだろ!さいっこーに燃えるぜ!」
「な、赤葦!」と木兎さんの腕が俺の肩にまわされる。

確かにそうだ、公式戦で当たる前に試合ができるのは大きい。
ビデオやデータだけではわからない相手のクセや得手不得手の情報が得られる。

だけど、それは相手にとっても同じこと。


「だから、そういう大事なことを忘れんなっての!」

「つーか、決勝の前に一回戦あるだろ。もう勝った気かよ、ウケる。」

「なあ、コレ日程近いじゃん!やべーよ、マジかよ!」
興奮したり、焦ったり、木兎さんと同じように期待に目を輝かせたり。
思い思いの言葉を口にする部員たち。

一気に騒がしくなった部室内で、調整とデータ分析にかかる時間を考察する。
確かに日程的に差し迫っているが、それでもなんとか準備はできるだろう。
幸いなことに、木兎さんも最近は上り調子だ。

「な、赤葦!楽しみだよな!そして親善試合も勝ーつ!」
ぐっと肩を寄せられて、ひと言。

「……その楽しみをすぐに報告してくれると助かったんですが。」

「すまん、忘れてた!でも、赤葦も楽しみだろっ!」
向けられた満面の笑顔を見返した。

決まってしまえば、気持ちは前を向くだけ。
梟谷グループと井闥山グループは互いに交流は少なく、練習試合もここ数年は実績がない。
公式戦前に相手の戦力を実践で知れるのは、確かにラッキーだ。


そう思うと同時、「井闥山」の名前に浮かび上がった一人の姿。

「おい、木兎!」
プリントを片手に小見さんたちと賑やかに話していた木葉さんが、飛びつくようにやってきた。

「ヘイヘイ、木葉もノッって来たな!」

「いや、その前にだよ!」
木兎さんの目の前にシワのついたプリントをバンッと広げて、

「ここ!よく見ろ、木兎!」
木葉さんの指が示した先。
それこそが、俺の胸をザワつかせる理由。

「しんぜんじあい……とうがくこうこうのぶんかさいにてかいさい……ってマジか!」

「マジだぜ、木兎!文化祭!井闥山の!あと、とうがくじゃなくて、とうがいな、当該。」

「文化祭!!」

演劇部や吹奏楽部の実演は文化祭の定番だが、運動部が文化祭で実戦を披露するケースは少ない。
けれど、井闥山学院は梟谷と並ぶバレーの強豪校、バレー部の親善試合を文化祭の目玉として毎年開催しているらしいというのは、顧問から聞いた話だ。

「試合、13時だろ。そしたらさあ、その後は当然見学ってことになるじゃん。」

「ま、マジか……。」
今度は木葉さんが木兎さんの肩を抱いて、二人の視線が交錯する。

「ますます燃えてきたッ!」

「おお、木兎!その調子だぜ!試合に勝てばモテ度2倍!」
文化祭内での試合という事実に、部室の中は二度目の盛り上がりを見せた。


公式戦を後ろに控えての親善試合。
しかも、相手はライバル校である井闥山学院。

それだけだって十分に貴重な機会だ。
だけど、それが文化祭の日だなんて──。


頭に浮かんだのは、三日月のこと。
中学生活で2年間、同じクラスだった。

井闥山に進学するのだと聞いた時の会話が、記憶の中から甦る。

『赤葦も同じ高校だと思ってた。だって、高校でもバレー続けるんでしょ。』

『梟谷から推薦もらってたんだ……言ってなくてごめん。』

付き合ってたっていうわけじゃない。
ただなんとなく仲が良くて、だけど本当は惹かれてた。
けれど、気恥ずかしさで言えなかった──その想いは今も消えずに胸の内にある。

『そっかあ。でも、LINEとかしてね!学校違ってもまた会おうよ!』

だけど、結局誘えず仕舞い。
1年の頃は続いていたLINEも、最近は途絶えたまま。

バレー部のレギュラーになって、忙しさの中で薄らいでいた記憶。
それが、一息に甦ってきて心の中を支配する。

忘れられなくて、だけど一歩を踏み出せずにいた想い。
ずっと言えずにいた言葉。

その一足を踏み出すのは、きっと今だ。
それがわかるくらいには俺は大人になったし、前を向く勇気も少しは身につけたつもり。


会いたい、そう言ったら三日月はなんて答えてくれる?

緊張なら、とっくにしてる。
プリントを受け取ったあの瞬間から、本当はずっと緊張してる。

思い出になんかしたくない。
懐かしいねなんて、そんな風に三日月のことを言いたくない。

だから、思い出になる前に──もう一度、俺に笑いかけてほしい。
あの笑顔でもう一度、名前を呼んでほしい。


笑って、はしゃいで、賑やかだった日々をもう一度。
三日月と一緒に過したい。


だから、このチャンス──絶対に逃したくないんだ。


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