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□明日の君に会いたくて 7

昼休みの中庭は、俺の特等席。

校舎のざわめきを背中に聞いて、だけど誰にも邪魔されない。
お気に入りのエスケープ先だ。


そこに、最近加わった「友達」が二人。

「天童!またそれだけかよ!ちゃんと炭水化物取れって言ってんだろ。」
アイスとカフェラテ、それにシュークリーム。
甘いものばかりのレジ袋を目ざとくみつけて、英太くんが目をつり上げた。

「あ。じゃあ、私のパンあげるよ。」

「ゆいも自分の分はちゃんと食えよ。」

「もー、英太ってばお母さんみたい。」
俺と同じようにコンビニの袋をぶら下げてやってきた二人が仲良くベンチに腰をかけて、

「それで、英太ママは何買ったの?」

「ママじゃねえ!変なあだ名つけんなよ!」
横に座った英太くんの袋をのぞき込んだ俺に、ゆいちゃんが一緒になって笑った。


結論から言うと、俺はゆいちゃんにフラれた。

『ごめん、天童くん。』
気持ちを告げた放課後、答えたゆいちゃんの瞳。
まっすぐにこちらを見る視線は、涙をためて潤んでいた。

やっぱりかあと思って、だけど案外ショックはなかったかもしれない。
ゆいちゃんの涙を見たら、なんだかそんな気持ちになった。

張り詰めて、逃げ場もなくて、ただ必死に思ってた。
諦めたくなんか絶対ないって思ってた。

だけど、彼女がまっすぐに俺を見るから。

『私、英太ともう一度やり直すことにしたんだ。』
寄越された答えは、想像していた悪い方のシナリオ通り。
それでも仕方ないと思えたのは、ゆいちゃんがくれた言葉のおかげかもしれないね。

『あのね、これ……本当は言わない方がいいのかもしれない。でも、天童くんには嘘つきたくないから……言ってもいいかな。』
確かそんな言葉だったと思う。

それだけで十分だって思えた。
「天童くんには嘘をつきたくないから」、そう言ってくれたゆいちゃんの気持ちだけで十分。

だけど、「うん」と答えた俺に、ゆいちゃんは言った。

『本当はね、私……天童くんのこと好きになれたら楽しいだろうなって、思ってたんだ。』

ビックリして、正直反応に困ったよね。
英太くんとやり直すって言われた後にさ、そんなこと言われたって困る。

でも、嬉しいなって思ったんだ。
残念だな、悲しいな、なんだ惜しかったじゃんって気持ちの中に、確かにあった「嬉しい」って気持ち。

なんでだろう。

『一緒にいて楽しかったし、もし好きになれたらとか、天童くんみたいな人が彼氏だったら毎日笑って過ごせそうだなとか、思ってた。』
だからね、と言ってからゆいちゃんは言葉を詰まらせて、

『ごめん、ね……だから、天童くんに、す、好きって言われて、今、すごく……ッ、びっくりしてて……。』
零れ落ちた涙、それが俺のためだって思ったら──もういいやって思えた。

ちょっと遅かった?何かが足りなかった?あと少し、もう少し、もしかして。

そりゃあ、そう思ったよ。
ほんの少し何かが違ったら、ゆいちゃんの気持ちは俺のものになってたかもしれないって。

だけど、なんでだろうね。
どうしても諦められないとは、もう思わなかった。

二人で過した時間とか俺の気持ち、それが無駄じゃないんだと思ったら。
あの時間を君も楽しいって思ってくれたんだとわかったから。

もう、それで良かった。

「泣かないで」と言った俺に「ごめん」と繰り返した君を、愛しいと思った。
好きだと想う気持ちは簡単に消えるはずもなくて、だけどまっすぐに向けられた──混じりけのないゆいちゃんの気持ちに、俺もちゃんと応えたいって思った。

それが、一番の理由。



「あ、それ。気になってた!」

「いいでしょー、和栗のモンブラン。」
発売したばかりの新作スイーツを自慢げに袋から取り出したゆいちゃん。

「いいなあ、俺も買えばよかった。」
コンビニで気になるスイーツを見つけることは、いつの間にか俺とゆいちゃんの共通の趣味みたいになっていて、

「一口あげよっか。」

「え、いいの?!」
なんてやりとりをすれば、横で聞いていた英太くんが顔をしかめるのもお決まりのパターン。

「英太くん、やきもちー?」

「もう、冗談だってば。ごめんって!」

「おまえら、ソレわかっててやってんだろ。」

「あったりー。」
何度繰り返したって飽きない、いつの間にか定番になった会話が心地いい。

許されてる、求められてる、一緒に笑い合える。
ここが、俺の新しい居場所。

ゆいちゃんにフラれた俺に、「ごめん」と言ったのは英太くんで、「よかったらこれからは友達としてゆいとも付き合ってほしい」という彼の強がりを、俺は笑いながら受け入れた。
きっと内心は気が気じゃないだろう英太くんの男気ある申し出に、「心配しないでよ」とようやく言ってあげたのはまだ最近のこと。

ゆいちゃんを好きな気持ち──大事な大事な恋心は、胸の奥にまだある。
だけど、あの頃よりも随分と小さくなって、今はちょっぴり甘酸っぱい思い出として時々眺めて楽しむだけ。

それでいい、それがいい。
英太くんとゆいちゃんの隣で、笑える今がいい。


「なあ、今度の日曜だけど。」

「うん、試合でしょ。大丈夫、ちゃんとあけてる。」
仲直りした二人は前にも増して仲が良くて、

「とか言って、この前は俺が電話するまで忘れてたけどな。」

「た、たまたまだよ!模試の後だったからたまたま気が抜けちゃったんだってば。」
最近は案外喧嘩なんかもしてるみたいだけど、お互いに素直になれてる証拠なんじゃないかと思う。

「あはは、英太くんてば試合前に慌てて電話して鍛治くんに怒られてたよねえ。」

「今度はちゃんとカレンダーに丸付けてあるから!」
ゆいちゃんが応援に来た日の英太くんはいつも以上に気合い十分で、賢二郎なんかにはうっとうしがられてるけど俺にはちょっと羨ましい。

誰かに応援してもらうのって、やっぱり嬉しいんだろうな。
格好いいとこ見せようとか張り切っちゃったりして、それもなんだか楽しそうだよね。


「天童くんのことも応援してるからね。」

「え、うん……!」
そんな風に言われるのは、まだちょっと照れちゃうかも。

「チームの応援だぞ、チームの!」
だけど、すかさず釘を刺す英太くんを見れば笑わずにはいられない。

「頑張って勝とうね、英太くん。」

「あったり前だろ!」
英太くんに負けないくらい、俺だって気合い十分。
日曜日が楽しみだななんて思って、

「友達と一緒に行くからね。」

「お、珍しいじゃん。」

「バレー好きなんだって、塾が一緒の子。」
思わせぶりな目配せに、ちょっとドキリとした。

「可愛い子だよ。」

「マジで!」

「えー、じゃあ英太には紹介しない。」

「ばっか!そんなんじゃねえって!」
二人のやりとりに笑うけど、内心ちょっとザワついてみたりして。

「とにかく!友達連れてくんだから、絶対勝ってよね。」

「おー、任せろって!な、天童。」

「そうだね、英太くんのサーブ期待してるよ。」

恋をした、恋を知った。
誰かを好きになるっていいなって思った。

今はまだ少しだけ寂しくて、胸にあいた小さな穴は時々だけどちくりと痛む。


だけど、いつか変わるのかな。
誰かと出会って、誰かを好きになって、その子が俺の傍にいてくれたら変わるのかな。


君を想った日々のこと、それが本当の思い出に変わる前に──もう少しだけこうしていたい。

切なさが愛しくて、胸の痛みさえ大切に思える。
君が教えてくれたこと、俺に教えてくれたこと。

「好き」って気持ちが教えてくれたこと。

叶わなかったこの想いだけれど──今も俺の宝物だよ。


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