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■My Dear パラドクス

『なんか思てたより大人しいねん。』

放課後の昇降口に一人で佇むその子を見かけた時、いつだったかそう言った侑の言葉を思い出した。


彼女が出来たと自慢したかと思えば、いつの間にか「次の彼女」の自慢話に変わっている。
クズっていうより、要するにガキなだけなんや。

だからって侑が誰と付き合っていつ別れようが俺には関係ないし、どうでもいい。
兄弟だからって、注意してやる義理もない。


だから、その時だってそのまま通り過ぎようとした。

俺の方をチラっと見てから、すぐにスマホに戻った視線。
目が合ったのなんて、ほんの一瞬。

「ああ、侑のこと待ってるんやろな」って思って、だけど侑のヤツはきっとまだ体育館で。
多分この子は結構待たされるんだろうと思ったけど、そんなの俺には関係ない。

練習終わりの体育館で「ファンの子」だかなんだかに囲まれて、まだ部室にさえ戻ってきていなかったお調子者のことを思えば、ただ単純にアホらしいってそれだけ。
「俺には関係ない」、何度もそう思うのに、結局引き返してしまったのはなんでかなんて俺にもよくわからない。


「侑のこと、待っとるの?」
一度履いた靴を脱いで戻ってきた俺に、その子は少し驚いた様子で顔をあげた。

「あ、うん。」
小さくそう答えて、相変わらずスマホは手に持ったまま。

普通に可愛い子やんっていうのが第一印象。
薄く施された化粧はよく似合っていて、髪の毛なんかも結構いじってる感じ、まあ概ね侑の好みっていうか見栄えがする感じの子。

「アイツ、まだ体育館。」

「え、ああ……そうなんだ。」
俺が通りかかったことで、侑もすぐ来ると期待してたのかもしれない。
俯き加減にそう言って、

「でも待っててって言われたし、もうちょい待ってみるね。」
なんて、眉を下げてその子は笑った。

手元のスマホに落ちる視線。
LINEかなんか待ってるのかもだけど、せやからアイツはまだ体育館なんやって。
なんでやろ、その仕草にちょっとだけイラついた。


侑の「新しい」彼女、それだけ。
そんな子なんて何人も見てきたし、同じだけアイツが別れるのも見てきた。

愛想を尽かされてフラれることもあるし、女の子を泣かせてそれで終わりってこともしょっちゅう。
だけど、アイツはそんなことすぐに忘れて、新しい玩具を与えられた子供みたいに、結局は次から次。

要するにアイツはそういうヤツで、つまりこの子だってそのうち同じようなコースを辿ることになるんだろう。

「もう大分待っとるんちゃうの。」

「あー、うん。まあね。」
部活の後に自主練、それで着替えやらなんやらっていったら、待つ側にしたらかなりの時間なんじゃないかと思う。

「イヤにならんの。」
俺やったらほんま無理。
ずっと待って、しかもさっさと来ればいいのにまた待たされて、そんなのムカつくだけやろ。

「ええー、それ聞いちゃうの。」
だけど、彼女は笑って、

「まあ、待ってる間に勉強とかして成績上がったし。」
おどけた調子でそう言った。

「ふうん。」
ほらな、やっぱりイヤなんちゃうん。
なんでか妙に意地になった。

「そんなん家で勉強したらええやん。」

「まあ、そうかなあ。」

「図書館だってもう閉まっとるやろ。」

「まだ30分くらいだよ。」
アホちゃうか、あんなヤツのために。
そんな一生懸命なんはアンタの方だけで、今だってアイツは体育館で女の子に愛想振りまいてるとこやで。

それこそガキなんや。
「ファンです」なんて言われて調子に乗って、そのくせ気分が乗らない時は「うるさいだけや」と邪険にして。

それなのにキャーキャー言って群がる女どもを俺はいつもアホやと思ってるし、それにこうやって侑に口説かれてホイホイ付き合う女のことだって──。

「治くんはさ、」
目の前にある視線に見上げられて、思考が中断される。

「なに?」
どうして気になったのか、どうして苛立つのか、どうしてこんなにムキになるのか、自分でだってよくわからない。

「付き合ってる子、いる?」

「そんなんおらへんよ。」
ただの世間話、それなのに腹の奥がどうにもムカムカして治まらない。

「アイツと一緒にされたないわ。」

「え?」
侑と俺は違う、俺はアイツじゃない。
そんな当たり前のことを、どうして今更思うのか。

「ちょっと見た目がええ子やからってホイホイ言い寄ったり、ファンやなんて言われてヘラヘラ喜んだりもせえへん。」
言ってしまってから、はっとなる。

別にそんなん言う必要なかった。
親切も意地悪もするつもりなかった、それなのに気がついたら口が勝手にしゃべっていた。

「……そっかあ。ヘラヘラ喜んでんだ、今。」
待っててなんて言っておいて、侑がいつまでも帰ってこない理由。
そんなのこの子だって知りたくなかったはずやし、知ったら傷つくのなんて当たり前。

完全に余計な一言だったと気づくけど、一度口から出てしまったものはなかったことになんて出来なくて。

「ごめん。」
俯いてしまったその子に、さっきまで膨らんでいた気持ちが急速にしぼんでいく。
むかつくとかそういうのはもうなくて、「どうしよう」ってただそれだけ。

「ごめんな、俺……。」
そんなつもりじゃなかったし、って、じゃあどんなつもりやねん。
勝手に腹立てて、勝手に傷つけて、それで勝手に謝って許してもらおうなんて、どんだけ俺も自分勝手なんやって──。

戸惑って、だけど言葉が見つからなくて、


けど、

「ヨシ。じゃあ、帰ろっかな。」

「え?!」
俯いていた顔を上げた彼女。
その顔が笑っていることに、まず驚いた。

「帰るって……。」

「うん、帰る。もう待ってらんない。」
そう言ってスマホをバッグにしまって、靴箱に向かって歩き出す。

「あ、侑は?!待たんでええの?!」
さっきまでの自分と逆のことを言っているという自覚ならある。
だけど、咄嗟にそう尋ねていた。

それくらい、予想外やった。

「えー、待たないよ。そんなんバカみたいじゃん。」
慌てた俺を振り返って彼女は言って、

「あ、治くんから言っといてよ。どうぞゆっくり女の子とお話ししててください、先に帰りますって。」
綺麗な笑顔をこちらに向けた。


『思てたより大人しいねん』と言った侑の言葉が、頭の隅で再生される。

いや、侑。
この子のどこが大人しいねん。
おまえ、だいぶ勘違いしてるで。


「ゆい、待っとったー?ってあれ、なんで治がおんねん。」

すぐ後に現れた侑が「ゆいは?」と尋ねる様子が可笑しくて笑った。


「え、治。なに笑っとう?」

「おまえ、今すぐ追いかけて土下座でもせんと多分フラれんで。」

「はあ?!何、なんで?なにがあったん?!」

さて、説明してやるべきか止めておくべきか。
慌てて彼女を追いかける侑を眺めるのも楽しそうだけど、フラれてしまえとも思わないでもない。

大人しい女は面白くないって?
それは同感やな、侑。


けど、あの子はちょっと、おまえには手に負えんかもしれへんで。


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