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■黒猫dance 2

波の音、頬を撫でる風が気持ちいい。
腕を組んで突っ伏して、小さくなったグラスの中の氷を眺める。

ナポリタンも美味しかったけどキッシュの方も絶品で、おかげで満腹。
あー海辺の街ってやっぱりいいな。
仕事辞めて住んじゃいたいな……ってそんなの無理だけど。

せめて週末のこの時間くらいは───
と思った意識が、いつの間にか途切れていた。



「って、ここどこ!」
いつの間にか眠ってしまったらしい、気が付いた時に視界にあったのは見知らぬ天井。
慌てて身体を起こせば、そこはベッドの上で───

「え、ヤダヤダ何……!」
おまけに窓の外はすっかり暮れかけている。
床に転がったサンダルをつっかけて、ドアへ一直線。
開け放ったそこにあった階段を急ぎ足で下りた。

「おー、よく寝てたな。」
派手な足音に気が付いたのか、階下にいた人物が振り返る。
予想通りというべきか、そこにいたのはこの店の主である黒尾鉄朗だった。

「ご、めんなさい!私……!」

「んー?そんな重くなかったし気にすんなよ。」

「!!!」
彼の言葉の通りだとすれば、テラスで眠ってしまった私はこの男に運ばれて二階の寝室にいたことになる。
一気に熱が上がった。

「くくっ……!」
けれど、そんな私とは対照的に彼の様子はいたってマイペースだ。


「もう6時過ぎだぜ。どうする、メシ食ってくか。」

「あ……。」
腕時計を確認して、戸惑う。
彼の立つキッチンの奥を見れば、食事中らしいカップルが一組。

「ちょうど混んでくる頃だから手伝ってくれてもいいしな。」
そう彼が言ったところで、カランと入り口のベルが鳴った。

「予約していた者ですが……。」

「いらっしゃいませ、お待ちしてました。」
4人組の家族連れ。
「どうする」と首を傾けて聞く彼に、私は───結局頷いた。

だって勝手に寝ちゃってベッドまで借りて、ものすごく気まずいけど、それ以上に申し訳ないじゃない!


「サンキュ。」
手招きする彼に促されて、見よう見まねで水の入ったグラスとメニューを運ぶ。

「ご注文がお決まりになりましたらお声掛けください。」
なんて、慣れないセリフにちょっとふわふわ。

それから、注文を取って、彼のつくった食事を運んで、後片付けの皿洗いもした。
「混む頃」という言葉のワリに客数は少なかったけれど、それでも最後の客を見送ると───時計の針は9時半過ぎを指していた。

「ちょっと早いけど。」
“Close”の文字の入った木札を持って、彼が出ていく。
帰ってきた時には両手に木製の案内板を抱えていた。

「お疲れさん。」
ゴトンと音を立ててそれを床に置くと、厚い目蓋が持ち上がってこちらを見た。

「さーて、メシどうすっかな。」
やっぱサンマかとブツブツ言いながらキッチンに入って行く様子に、不思議な感情が沸き上がってくる。
さっきまでのモヤモヤとは違う、だけどドキドキとかじゃないのんびりした何か。
もういいやとかどうでもいいやとか、そういうのに似てるけど、ちょっと違う。
もっと自然な気持ち。

カウンターに腰掛けて、告げた。

「サンマでもいいけど、ビール飲みたい。」

「お、いいな。」
そう言って笑った顔は、やっぱりどこか詐欺師っぽかったけど。



波の音を聞きながらテラス席で頬杖をついた。
ビールの瓶は空になり、今は半分ほどに減った赤ワインのボトルが目の前にある。
火照った頬に潮風が気持ちいい。

「なんか、」
いつの間にか用意されていたチーズを一つ摘んで口に入れる。

「生きてる、って感じがする。」
生活感のまるでない時間を過ごしているというのに、不思議とそう感じる。
時間に追われた毎日の生活よりも───無計画で行き当たりばったりの今の方が、ずっと。

「いつもは死んでんのか?」
黒猫が笑う。

「うーん、半分くらいは?」
この店の主であるということしか知らない男。
年齢は私とそう変わらないはず。
だけどなんとなくうさんくさい、けれど人を惹きつける緩やかな微笑み。


しばらくの間、沈黙が続いた。
そして、

「じゃあ、生き返らせてやるか。」

「え……。」
椅子を引いて立ちあがった視線が、私を呼ぶ。

「来いよ。」
腕を引かれた先、間近にぶつかった視線に何かを思うよりも早く───


「んぅッ……!」
口唇を塞がれていた。

長い長いキス。
アルコールの香りをまとった舌がゆっくりと口唇を割って、驚いて縮こまった私のそれを誘い出す。
撫でるように絡め取られると、意志よりも強い何かに支配されたように……ただ身を任せるしかできない。


「泊まってく、だろ?」
闇よりも深い漆黒に、呑み込まれそうになる。

だけど、

「……ッ!」
後ずさったつもりの背中は、彼の手の平に支えられていて思うように距離が取れない。
辛うじて残った理性で、高い上背を見上げた。

「だけど、私……。」
よく知りもしない男と関係を持つような女じゃない、そうやって生きてきた。
お酒を飲んでしまっているから車には乗れないけど、だったらタクシーを呼べばいい。
本格的な行楽シーズンにはまだ早いし、きっとホテルだって空いてる。

「一夜限り、とかそういうのはあんまり、さ。」
笑おうとしたはずだった。
冗談にしてしまえばいいと、笑顔を作った。


けれど、

「今夜限りじゃねぇよ。」
黒の引力は強大だ。

「ココから始まる───ってのは、十分アリだろ。」
気が付けば呑み込まれて、逃れられない。

触れる指先に髪を梳かれて、ため息が漏れた。


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