■Something Blue 1
『好きな人ができたので別れます。さようなら。』
スマートフォンの中の無機質な文字を見る。
味気ない言葉だが、それでも俺には慣れたものだ。
「なに、おまえまたフラれたの?」
「……そうらしい。」
ロッカールームで隣に立った男が呆れた様子でそう言って、
「本当フラれるの得意だね、おまえ。」
「わかった」と文字を打ち込んでスマートフォンを仕舞った俺にため息をついた。
「この前の飲み会で会った子だろ。だからやめときなって言ったのに。」
「そうだったか。」
「そうだよ。ああいうタイプはおまえには無理だって、及川さん言ったよね。」
言われた台詞に、確かにそうだったと記憶の糸を辿る。
先輩の選手に誘われて参加した飲み会。
異業種交流会だと言われて参加したが、肝心の交流相手は女性ばかりで面食らったのを覚えている。
その中の一人に積極的に話しかけられて、気がつけば連絡先を交換して二人で会っていた。
何より見た目が良かったし、「付き合って」と言われて悪い気はしなかった。
が、結局いつも通りの結果になってしまったのだから、やはり及川の言うとおりなのかもしれない。
いつも通り──たいして長続きもせずにこうして適当にフラれてしまうのは非常によくあることで、及川に「フラれるのが得意だ」などとわかりやすく詰られても最早反論の言葉も浮かんでこない。
「おまえみたいなタイプはさあ、大人しいお嬢さんなんかがお似合いなんだよ。結婚したいなら親かスポンサーにでも紹介してもらえよ。」
コートの中で自在にボールを操るこの男は、それ以外のことも大層器用にこなす。
件の飲み会で一番言い寄られていたのも及川だったが、そういえばあの時も器用に女性たちをあしらっていた。
「……そういうタイプは好みじゃない。」
及川の言うことは大抵の場合的を得ているが、この意見には同意しかねた。
「へえ、好みとかあったわけ?」
「意外」と珍しく驚いた顔をつくって及川は言って、「どんな子がタイプなの」と重ねて俺に聞いた。
「……うまく言葉で表せないのだが、」
聞かれて、真っ先に思い浮かんだ顔。
記憶の中のその人は今も少女の思かげを残したまま、遠い日に見た姿で俺に微笑みかけている。
高校3年の春、三日月ゆいと同じクラスになった。
いつも明るいクラスメイト。
部活ばかりでクラスとの関わりの薄い俺にも遠慮なく話しかけてきてくれて、気がつけば随分と親しくなっていた。
『昨日の試合見に行ったよ!』などと言われると、それが無性に嬉しかったのを覚えている。
俺の態度に一番最初に気が付いたのは、確か天童だったか。
「デートに誘ってみればいいじゃん!」と言われても、誘い方がわからなかった。
未熟な感情を持て余して、ようやく三日月の連絡先を知ったのは季節が冬に変わる頃。
寮の自室で眺めたスマートフォンに『留学するんだ』とメッセージを受け取って──そうだ、あの日の胸の痛み。
「うまく言葉で言い表せないのだが……人を好きだとはこういう感覚かという覚えならある。」
締め付けられる胸。
どこが悪いわけでもないのに息が苦しくて、頭がうまく働かない。
言うべきことも伝えるべきこともわからないままで春を迎え、それで三日月は俺の前からいなくなった。
今ならば、あれが恋であったと知ることもできるのに──。
「ふうん。」
会話のどこかで興味をなくしたのか及川は曖昧な相づちを打って、
「まあ、とにかく何かあったら相談しろよ。スキャンダルなんかチームに迷惑かかるだけなんだからな。」
「わかっている。」
それきり、「先に行くね」とロッカールームを出て行った。
どうして思い出したのか、あんなにも昔のことを。
いや、どうしてなどと問うのはおかしなことだ。
こんな風に誰かと離れるたびに思い出す、あの日答えを出さないままで失ってしまった想い──伝えずじまいだった気持ちはいつまでも宙ぶらりんのままで、俺の中で燻りつづけていた。
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