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□Southern Star 3

じっとりと身体にまとわりつくような暑さに目を開けた。

うっすらと太陽の光。
畳の上に敷かれた布団から身体を起こせば、障子の張られた引き戸の向こうに朝の訪れを知る。

この家で過す幾度目かの朝。
寝起きはまだ慣れず、東京のマンションのベッドの上でないことを数秒かかって理解した。

「休暇」の真っ最中。
何時に起きようがどこへ行こうが、今は私の自由。
だけど、この夏の暑さはそうそう朝寝を許してはくれないらしい。


「いったあ……。」
起き上がろうとして、足首に走る痛み。

昨日そこを捻ってしまったことを思い出すと同時、あの奇妙な男のことが頭に浮かんだ。
夏の日差しの中を颯爽と駆ける姿と不遜にあれこれと言い募る様子はまるで別人で、「家まで送る」などという理由の見えない申し出がまた、彼の印象を捉えづらくしていた。

「さすがにダメか。」
祖母の家に買い置かれていた湿布らしき何か、それを足に貼ってみたけどどうやらあまり効果はないみたい。
べろりと剥がれて布団の端に丸まったそれをつまんで、ティッシュに包んで捨てた。

昨日ほどではないが、体重をかけて歩くと足はまだ痛い。
病院とはいかないまでも薬局に湿布くらい買いに行った方が良さそうだなと、洗面所に向かいながら寝ぼけた頭で思う。


ああ、だけど。
その前にパン、昨日買った食パン!

それだけで、浮上する気分。
厚切りの食パンに卵とマヨネーズを詰めて、ああでもツナなんかもいいかもしれない。

冷蔵庫に入った真っ黄色なトウモロコシのスープを思い浮かべると、つられてお腹がぐうと鳴った。


洗い立てのワンピースに着替えて、キッチンへと向かう。
キッチンというよりは「台所」。
祖母が使っていた古い黄緑色の冷蔵庫にステンレスの雪平鍋。

出来上がりを思い浮かべながら雪平鍋に水を張って、冷蔵庫から取り出した卵をそっと入れる。

レタスを千切ってトマトは六等分。
厚切りの食パンに切れ目を入れたら、あとは卵の茹で上がるのを待つだけ。

簡単だけど、贅沢な朝食。
ヨーグルトだけが定番だった東京の朝とはまるで違う。


「あっつ……。」
ボコボコと跳ねる水泡の音を心地よく聞いていた。
だけど、暑い。

台所の窓は全開になっているけど、まるで無駄な抵抗。
クーラーのないこの部屋でお湯なんか沸かしたら、汗だくになるのは自明だ。

茹で上がった卵を水につけたところで、手を止める。


「はー、限界。朝から暑すぎる。」

居間と寝室にしかないクーラー。
畳に座卓の居間に冷房を入れて、それから玄関をあけた。

太陽はもう高い。
じりじりと照りつける日差しに目を細めた。

庭先の敷石なんてもう結構な温度になっていそう。
ふう、とひとつ息を吐いて、玄関脇の水道に巻かれたホースを解いた。

祖母がいたころは、この庭には様々な草木が植えられていた。
手入れをする人がいなくなり枯れてしまったものも多いのだろう、業者の手で整えられた庭先ではあるけれどそこは妙にすっきりとしていてどこか味気ない雰囲気にも感じられた。

その庭に、水を蒔く。
毎朝の習慣。

庭石を冷やして、それから植え込みにも水を遣って──これを終えたらクーラーの効いた居間で卵サンドの仕上げをしようと、そう思っていた。


その時、

「ッ!」

「え、」

あるはずのない何かに跳ねたホースの水。
散漫だった意識が一気に引き戻されて、顔をあげれば──

「……ありえねー。」
昨日覚えたばかりの顔が盛大に歪んで私を見下ろしていた。

「何のつもりだよ。」

「いや、こっちの台詞っていうか……何してんの?!」
そうは言っても形勢不利、なんたってホースで水をかけてしまった後だ。


「……これ、どうしてくれんの。」
脛から下をびっしょりと水で濡らした彼の声は、不機嫌そのもの。

庭石を一歩、前に進むスニーカーがぐしゅりと音を立てた。


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