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□Southern Star 2

「ねえ、いい加減離れてくれない?」

狭い路地をアクセルを踏んで走ってきた車、避けようとして躓いた私に差し伸べられた手。
けれど、テレビドラマのヒーローさながらに現れたその人が発した一言は、ヒーローならば到底言うはずもない憎まれ口。

「わ、ごめんなさい……ってイッタ!」
慌てて離そうとした身体が、再び彼の腕に収まる。

「……なに?」
見上げた視界、私よりも随分と高い位置にある顔。
それが、盛大に歪んでいる。

「え、いえ。大丈夫です。あの、どうもありがとうございます。」

「………。」
足に走った鋭い痛み、だけどゆっくりと身体を引いた。
「えー、これ捻っちゃったってヤツ?」とうんざりした気持ちが半分、それからもう半分は目の前にいるこの人についてだ。

真夏のヒーローから一転、不遜で風変りな通行人の彼との接触をこれ以上は避けなければならない。
だってこの人──明らかに変わってる。

「ありがとうございました。」
もう一度、今度は意思を込めて告げると、目の前にあった身体がふいと横を向いて。

「あ、」
駆けていく後ろ姿。
なんだか拍子抜け、だけどほっとして大きく息をついた。

(変なの……。)
坂道を下っていく姿はもう遠い。
それを眺めた。

背の高いがっしりとした体躯、癖のある髪、黒目がちな瞳が映す「不快」の二文字。
平坦な時間の中に突然現れた異分子、親切なのかその逆か、どこかちぐはぐな彼の仕草や表情を思い出すとなんだか笑いがこみ上げてきた。


そこまではまあ良かった。
それで終わりだと思っていた。

彼と私──この奇妙な関係の入口をつくったのは、彼の方だと私は主張したい。

坂の上を眺めて、登ってみるか諦めるかとひと思案。
ズキズキと痛む足首を思うと無謀かなあと思うけど、なんとなく未練があった。
もう半分登っちゃったしな、なんて。

ひょこっと足を引きずりながら、試しのつもりで歩いてみる。
歩き出して、だけどやっぱり痛む足首にこれは諦めた方が良さそうだと思いなおした。

その時、

「何やってんだよ!」

「え、」

「足、捻ったんじゃないの。タクシー呼んで病院行けよ、バカじゃねーの。」
もうあんなに遠くと思ったはずの背中。
一体どんなスピードで戻ってきたのか、先ほどの彼がそこにいた。

「え、いや、あの、そこまでってわけじゃ。」

「明らかに引きずってるだろ。捻挫を甘くみるなよ、ちゃんと固定して冷やさないと靭帯痛めることだってあるんだからな。後遺症になることだってある、関節が固まったり、それに他の部分にだって影響が出たりそれから……。」

「いや本当!そんなんじゃないから大丈夫!」
何この人?
颯爽と現れたと思ったらとんだ不遜な態度、そうかと思えばこんな風に戻ってきて今度は捻挫について力説って……整体師かなにか?いや、やっぱりただの変人かな?
もしかして、アブナイ人ってやつ……?


「……じゃあ、家まで送る。」

「はあ?いやいやいや、いいですいいです。そんなのおかしいでしょ、なんなのあなた!」
やっぱり危ない人じゃん!
慌てて首を振って、それからバッグの中のスマホに手を伸ばす。
とりあえずタクシー、最悪ケーサツ!

だけど、

「なんなのじゃねーよ、こっちの台詞だろ。まず、あんたは怪我の怖さってのをわかってないし、もしかして自分はいい女で俺にナンパされたとか思ってるならそれも自分をわかってない。」

「なッ……!」


それが、出会い。
「出会い」?
それって前向きな表現すぎるんじゃないかって、正直思う。

暑い夏の日、本当なら何事もなく終わるはずだった一日。
明日も明後日も何もなくて、そうやって終わっていくはずだった夏。
そこに突然割り込んできたのは、風変りな大男。


家はどこかと聞かれて「坂の下」と答えた私に、「バカ」ともう一度言った彼。

お互いが真逆の方向を向いて、だけどうんざりと呆れとを共有したその日──
けれど、まだ言葉を成さない「なにか」が、確かに始まろうとしていた。


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