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□ハッピーレイン,ブルーサンシャイン 7

「雨はいいねえ。」

「はあ、なんでだよ。」

天童さんと瀬見さんの、そんなやりとりを聞いていた。
夏休み最初の土曜、ポツポツと朝から降り始めた雨はいよいよ本降りに変わっている。

「えー、だってロードワークなくなるデショ。」

「そんな理由かよ。」

「えー、英太くん走りたいの?じゃあ、鍛治くんに希望伝えてこよっか?」
走り込みがなくなるからいいなんて、いかにも天童さんらしい。

「ばっか!余計なことすんなよ、天童!」

「えー。」

キュ、とシューズが床に擦れる音。

体育館に響く靴音もボールが弾む音も、雨だとどこか違って聞こえる気がする。
じっとりと蒸れた空気に浮かんだ汗を、Tシャツの襟で拭った。


三日月の様子を盗み見る。
1年の練習するコートでボールを出しながら、首にかけたタオルで時折汗を拭く。

「もう一本!ラストだよ、頑張って!」
そんな三日月の声に応えるように、打ち込まれたボールが派手な音を立ててバウンドした。

いつもと──変わらない風に見える。
声も仕草も、「ナイスプレイ!」なんて時々見せる笑顔も。


「白布さん!」
声をかけられて、ドキリとなった。

「次、お願いします!」
他の1年と違って、ベンチメンバー用のコートの中に五色はいる。

こっちも同じくスパイク練。
ポジション順に並んで打ち込むスパイクに、俺と瀬見さんが交代でトスを上げていく。

「………。」
無言のまま、コーチから投げられたボールでトスを上げた。


「ナイスキー!」

「いいぞ、五色!」

「はい、もう一本お願いします!!」
きっと瀬見さんに言わせれば、俺が声かけしなきゃいけないところ。

だけど、なんて?
迷って──

「……ナイス。」

それだけしか、言えなかった。
高さはどうかとかタイミング合ってるかとか、セッターとスパイカーのコミュニケーションって大事だ。

よくわかってるけど、うまく声がかけられない。

「工!クロス、思いっきり!」

「はいッ!」
瀬見さんとは息がぴったりって感じで、そのことに少し落ち込んだ。

三日月だけじゃない、五色の様子だっていつも通りに見える。
だから、俺だって平静でいなきゃ。

そう思うほどに、喉がつかえたみたいになって声が出てこなかった。


この雨じゃ、花火大会なんてもちろん中止だ。
だけど、三日月はどうするんだろう。

「一緒に行ってください」と言っただろう五色に、あいつはなんて答えたのかな。

わからないし、知らない。
だって、俺も「あの日」の返事を聞いてない。




「白布ー、練習の後ヒマ?」

「別に暇じゃないけど、なんで。」
太一に声をかけられたのは、これから居残って自主練って時間。

「用事あんの。」

「あるわけないだろ。」

「だよなあ。」
別に暇ってわけじゃない、だけど用事なんてあるはずない。
学校は夏休みだけど課題だってあるし、今日だって自主練が終わったら寮に帰って机に向かうつもりだった。

「じゃあさ、この後ファミレス行こうぜ。」

「ファミレス?」

「いいじゃん。夏休みだと部活終わんのも早いし、三日月と一緒に課題やろうってさ、さっき話してたんだよ。」

行かないって、前の俺だったら言ってたかも。
だけど、今は違うんだ。

「わかった、行く。」

「おう、終わったら渡り廊下んトコ集合な。」

ほっとした気持ちが半分、緊張と不安が半分。
だけど、どっちも重たすぎて胃もたれしそうだ。

だってそうだろ。
これから太一と勉強ってことは、三日月は五色とは会わないんだってこと。
そのことにやたらとほっとした。

だけど、太一と?
なんで太一?どういう意味?どういうこと?

それってもしかして──ソウイウことなんだろうか。
考え出したらやっぱり不安の方が大きくて、太一とまでうまく話せなくなる気がしてきた。


だけど、行く。
このまま大人しく引き下がるなんて絶対にイヤだ。

三日月が好きなんだ。
気持ちを告げた「あの日」から、それは少しも変わってない。

だからもし、太一と三日月が「そう」なんだとしたって、ちゃんと確かめるまでは諦めない。
そう決めた。



それから三人──傘を並べて駅までの道を歩いた。


「本当ムリ。なんで習ってもないトコが課題に出るの……。」

「だよなあ、さっぱりわからん。」
最寄りの駅から電車で3つ、ファミレスのテーブルに課題を広げて三日月がため息をついた。
太一がそれに相づちを打って、その度に「これってもしかして」とか「別に普通の会話だろ」とか、行ったり来たり。

「白布ぅ。」

「白布くん!」

「おまえらさあ、何が勉強しようだよ。」
だけどこうやって話せば、少しずつ気分も落ち着いてくる。

「写す気満々だろ。」
そう言って昨晩仕上げた数学のノートを差し出してやったら、

「神様!」

「白布様!」
なんて、案の定二人してそれに飛びつくから笑った。

──ようやく笑えた気がした。


「太一はともかくさ。三日月、おまえって転入試験受けてるんだよな。」

「ともかくってなんだよ、ともかくって!」
太一が言い返す横で、三日月が気まずそうに眉を下げる。

「えー。」

「えーじゃなくて。」

「だって、数学苦手なんだもん。習ってないとことか反則だよ、反則。」
試験の時は範囲を丸暗記するんだって、ロクでもない勉強方法をなぜか少し誇らしげに言って、

「でも、白布くんが数学得意で助かっちゃった。」
だけど、そんな風に言われたら悪い気はしない。

「いいけどさ、別に。三日月は何なら出来てるわけ?」

「ふふー、英語半分と現国古文と小論文は終わってます!」
写していいよなんて自信ありげに言うから、「調子のんなよ」って言ったら三日月が笑った。


「ヤバイ、相当助かる。夏の課題、バレー部最強説。」

「じゃあ川西くんの奢りだね、今日!」

「え、ちょ。三日月、冗談だよな?」

「サンキュー、太一。」

これはこれで悪くない、そんな気がしてくるから不思議だ。
太一と三日月と勉強会、冗談なんか言い合って、いかにもチームメイトって感じだし。


だけど、

「あ、俺飲み物もらってくる。」
太一が席を立った途端、また緊張が戻ってくる。

「ええと、」

「うん?」

「や、なんでもない。」
言いたいことならいくらでも、聞きたいことだって山ほどある。

五色になんて言った?太一と連絡取ったりしてんのか?
もしかして、他に好きなヤツとかいんのかな?

それとも俺のこと──少しは考えてくれた?


「あのさ、」
このままでもいいかって気持ちと今すぐ答えが知りたい気持ち。
揺れる二つの中、三日月がノートに向かっていた手を止めた。

「私、五色くんとの花火、断ったよ。」

「……へえ。」
へえってなんだよ!!
俺ってアホかって瞬間で思った。

「断って」なんて頼んでおいて、それで「へえ」ってどう考えたっておかしいだろ。
だけど、それくらい三日月の言葉は突然で、それに──すごく知りたいことだったから、緊張で思考が追いついていかない。

「そうなんだ。」
もっと何か言わなきゃって思うけど、その「何か」がわらなくてついそんな言い方になった。

「うん。一応……報告。」
俺がそんな言い方をしたせいか、三日月は短くそう言って俯いたまま。

何か言えよ、なんて言おう、俺はどう言ったらいい?


「それってさ、」
必死で考えたっていうのに、口をついて出たのはなんとも歯切れの悪い言葉だった。

「それ、俺に言うのってさ……。」
期待していいってこと?俺はナシじゃないってこと?
言いたくて、だけど言おうとするたびに言葉がつっかえて声が出なくなる。


だけど、

「思わせぶりとかじゃ、ないから……!」

三日月の言葉。

「え……。」

「だから、別に思わせぶりたいとかじゃないから、今の。」
言われた言葉の意味を求めて、脳みその中がぐるぐるまわる。
それってさ、「そういう」ことだよな?!

だから、ええと……つまり、それって──

「ま、じで……。」

「マジで。」

ってさ、本当に?
本当に「そういう」こと?
え、そういうことでいいんだよな??


「それって、俺でいいってこと?」
ようやく、口に出来た。

「うん……。」
それに三日月が頷いて、だけどその顔は耳まで真っ赤。
俺も、多分同じだけど。

「本当に俺でいいの?!」
だって、ちょっと信じられないだろ。
俺たちが口を聞いたのって、ほんの冗談か後は喧嘩してばっかりで──

「白布くんならいいかなあって。」

「ならってなんだよ!」

「え、今そこ?」

「気になるだろ、普通!」

ほら、またこんな言い合いばかり。


だけど、

「ほらほら、喧嘩すんなー。」
ウーロン茶片手に戻って来た太一は呆れ顔。

「おまえらじれったすぎ。」

「太一!」
「川西くん!」

「さっきからすっげー待ってたんですけど、俺。」

「だってこいつが!」
「だって白布くんが!」

「だからもー、喧嘩すんなっつの。」

そう言われて、

「ッはは。」
「あはは。確かになんで喧嘩してんのかな、私たち。」

二人して笑って、また太一に呆れた顔をされた。


「んじゃあ、ようやくくっついたってことで、今日は白布の奢りでいいよな。」
二人分のノートを満足げにせしめて言った太一に、三日月と顔を見合わせた。


いいよなって思う。
こういうのって、すごくいい。

下らない言い合いばかりで、だけどそれが心地いい。
三日月にならなんだって言える気がしたし、何を言われたって言い返して──それで、笑えるんだって思うから。


数学のノートを写し終えた三日月が、課題にかじりつく太一を見て笑ってる。
「そこ写し間違えてるぞ」なんて俺が注意して、それから三人で笑う。


外は雨、梅雨でも台風でもないくせに容赦なく降り続く真夏の雨。
だけど、憂鬱なハズの天気が、今日はすごくいい気分にさせてくれる。

雨っていいな、なんて天童さんみたいにちょっと思ったりして。


「なあ、今日は家まで送るよ。」

「え、本当?」

「うん、雨すごいし。」

「あー、本当よく降るよね。」

天気を言い訳にして、早速だけど二人きりの予定。
初デートのこの雨を、俺はきっと忘れないだろう。

はじまりの予感にはずむ胸。
本当はやたらとドキドキしてるけど、それだって雨音できっと聞こえやしない。


一緒に帰ろう、それでたくさん話をしよう。
喧嘩だってするかもだけど、それでもいい。

三日月が好きだよ。


だから、今日は──最高のハッピーレイン。


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