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□明日の君に会いたくて 6

どうしよう、言っちゃったよ。

まずかったかなあって、思ってる。
「ゆいちゃんのことが好きだ」って、英太くんに言ってしまった。

英太くん、きっと怒ったよね。
それにゆいちゃんのことだって困らせちゃうかも。

だって本当に、そんなつもりじゃなかったのに。


気付いたら、好きになってた。
英太くんの彼女だった女の子、すごく悲しそうな顔をしてた。
英太くんも元気がなくて、だからもしも力になれたらって思ったはずだった。

だけど、あの子の──英太くんを思う瞳に、いつの間にか魅せられてた。

悲しい顔、しないで。
もう泣いたりしないで。

一生懸命に強がって笑う、意地っ張りな彼女に惹かれてた。
可愛いね、優しいんだね、それにとっても強いんだねって、英太くんがゆいちゃんを好きな理由、すごくわかる気がした。

だけど、彼女の涙を見たら──もうダメ。

本当の君が知りたい、素顔のゆいちゃんが見たい。
意地悪だっていい、僻みっぽいとか嫉妬深いとかだって構わない、どんな君だって見たいと思った。

泣き顔までも愛しくて、このまま抱きしめたいってくらい。
ねえ、泣いてもいいよ。

そりゃあ本当は笑顔がいいけど、泣き顔だって構わない。
君が俺にくれるものなら、たとえそれが「英太くんがいなくて寂しい」って気持ちだって愛せるような気がした。

ミイラ取りがミイラ、ってこういうことを言うのかな。
それが独占欲なんだって気がついたら、思わず英太くんに言ってしまっていた。

どうしたいなんてわからない。
ただ好きで、ゆいちゃんに笑っていて欲しいけど涙顔だっていいなって思える。

なんていうのかな、全部がいい、全部欲しい。

うわ、言葉にするとすごいね、コレ。
思いっきり強欲ジャン……!

でも、とにかくそんな感じ。


そんな気持ちを持てあまして、だけどなんだか気まずくって今日は中庭には行けなかった。
教室でグダグダして、だけど購買でなんか買って戻ってこようって、そう思って歩いていた廊下。

「え……。」

英太くんとゆいちゃんを見た。
学食から出てきた二人、まるで「前の」二人みたいに横に並んで歩いている。

その意味を考えて、そしたら居ても立ってもいられなくなった。
急速に冷えていく心、さっきまでのふわふわした気持ちなんかあっという間にどこかへ飛んでいってしまった。

ゆいちゃんは、英太くんのところに帰るの?

「前に進まなくっちゃ」って言ったよね。
過去も今も変えられないって、ゆいちゃんは言ってたよね。

だけど、英太くんのところに戻っちゃうの?


好き同士なんだからよかったじゃんって思う気持ちも、確かにある。
だけど、「よかったね」とは俺は言えない。

だって、気づいてしまった。
もう好きになっちゃった。

あの子の涙をぬぐうのは俺がいいって、思ってしまったから。


──だから、酷く落ち込んだ。



「天童くん?」

ゆいちゃんに声をかけられたのは、それから何日か後のことだった。

「やっぱり目立つね、その髪。」
暮れかけの渡り廊下、体育館へと続くそこで彼女に会った。
ゆいちゃんは笑っていたけど、俺は笑顔の作り方を忘れてしまった。

今は部活終わり。
こんなところにいるなんて、これから英太くんに会うのかなって思ったらますます気分が萎れそう。

「どうしたの、こんな時間にさ。」
それでもやっぱり気になって聞いちゃうんだから、みっともないよね。

「用具室、鍵かけ忘れたっぽくて。」
掃除当番だったんだって、ゆいちゃんは言った。

「図書館で宿題やってて、だけど帰ろうと思ったら気づいちゃって……。」
手にした鍵は確かに見たことのあるもので、そのことにすごくほっとした。

ほっとしちゃったよ、俺。
本当にほっとした。

こんな風に臆病になったり、気分が上がって落ち込んで、それでまた行ったり来たり。
好きな人ができるとこんなことになるんだね、知らなかった。

ああそれと、すごくドキドキして胸が苦しい。
もうずっとね。

「あー、気づかなかったらよかったのにな。」

「えっ、なんで?」

「だって、怖いじゃん!校舎裏、誰もいないんだよ?!」
それで行き渋ってここにいたのかって思ったら、やっと笑えた。

「だったら気づかないフリしちゃえば良かったのに、真面目だねえ。」

「だって!明日怒られたりしたらイヤでしょ。」

「そうだけどさあ。」
やっぱり可愛いな。
実は怖がりなんだねとか、ヘンなところで真面目だなとか、そういう新しいハッケンがなんだか嬉しい。


「じゃあ、一緒に行ってあげるヨ。」

「良かった、言ってくれるの待ってた!」

「ええ、最初から言ってくれたらいいのに。」
それがまた可笑しくて、二人して向かった校舎裏は怖いどころかなんだか秘密をもったような気分でワクワクした。


「やっぱ開いてた!」

「良かったね、締めに来て。」

「うん、天童くんもありがとう。」
英太くんと何かあったのって、聞きたい。
だけど、ヨリを戻してハッピーエンドなんて言われたら辛すぎる。

それで聞けなくて、だけどこのまま帰したくなくて、ホラまた行ったり来たりだ。


だけど、少しの沈黙を破ったゆいちゃんの言葉に、運命は反転する。

「最近、中庭に来ないね。」

「え、」

「天童くんいるかなーって覗いたけど、今日もいなかった。」
一緒にお昼ごはんを食べた中庭。
最初にパンを分けてあげて、それからはよくコンビニのメニューの話なんかをしてた。

「最近は、部活のみんなと一緒?」
まるで俺に会いたいみたいじゃん、そう思うのってポジティブ過ぎるかな。

「あー、うん。そういうこともあるカモ。」

「そっかあ。」
ゆいちゃんの言葉と同時、元いた場所に着いてしまった。

このまま「じゃあね」って言ったら、次はいつ会えるんだろう。
中庭に行ったら会える?だけど来てくれなかったらそれこそショックだし。

どうしよう。
こんなのって、多分よくない。

だってこの前二人が一緒にいるのを見たし、それなのにこんなのってまるで割り込みの邪魔者みたいだ。
君を──困らせたくなんかないのに。


「ええと、」

「うん。」
どちらともなく足を止めた、夕日に照らされた渡り廊下。
もう人気もなくて、遠くに下校する生徒の声が聞こえてくるだけ。

困らせたくない。
もしも英太くんと戻ったんだとしても、ゆいちゃんが幸せならそれでいい。

そう言い聞かせて、だけどそんなの言い訳だって本当は知ってる。


俺は、ゆいちゃんが好きだ。
英太くんのことが好きなゆいちゃんも可愛かったけど、俺のことを好きになってくれたらもっといいって思う。

知りたいし、触れたい。
君の傍にいたいし、君に傍にいて欲しい。

あの陽だまりの中庭で、また二人でごはんが食べたい。

──それが、本当の気持ち。


気づいたら溢れ出していた。

心の奥から、君への言葉が。
止まらない気持ち、止まらない言葉が、君に向かって溢れ出していた。


「……俺さ、ゆいちゃんのこと好きになっちゃったんだ。」

差し込んだオレンジの光が、二人の影を長く照らして。
なんだか切ない気持ちになって、少し鼻をすすった。

「英太くんのこと、好きなんだってわかってる。だから、すぐに好きになって欲しいって思ってるわけじゃない。」
だけど、これは真剣な気持ちだから。
やっぱり君に伝えたいんだ。

泣いてる君の力になりたいと思った。
だけど、その涙も好きだと思った。

どんな顔だって見たいと思ったし、いろんな君が知りたいと思った。
これが「好き」ってことだって気付いた時、すごくあったかい気持ちになった。


「ゆいちゃんと一緒にいたいって思う。一緒にいられたらすごく楽しいって……だから、俺じゃあダメかな。」

どうしても英太くんじゃなくちゃダメ?
確かに英太くんは格好いいし優しいけど、好きだって気持ちなら俺だって負けたりしないよ。

好きだよ、本当に好き。
こんな気持ちになったのって初めてだけど、本気だからって絶対言える。


「て、んどうくん……。」
ああやっぱり困らせちゃったかもって、ゆいちゃんの視線。
だけど諦められない、後になんて引けない……!


「いっぱい笑わせてあげるし、泣かせたりなんかしない。ゆいちゃんにも楽しいって言ってもらえるように頑張るよ、だから──、」

苦しかった気持ちが、半分くらいに減った気がする。
やっと言えたんだって思ったら、なんだか力が抜けてくみたい。

ねえ、俺のこと見てよ。
ちょっとでも可能性があるなら、俺を見て。

魔法つかいにはなれないけれど、きっと未来を変えてみせるって約束する。


「だから、俺の彼女になって。」

どうか届いて、この気持ち。
俺だけの君になって、それで一緒に笑ってよ。


そしたらきっと、最高に楽しいハズだから。


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