□明日の君に会いたくて 4
「瀬見先輩……!」
その子に声をかけられたのは、昼休み。
隣の教室を覗いて、若利と隼人と一緒に学食に行こうって途中だった。
「あの、ちょっとだけお話いいですか!」
一つ下の学年だなって、上靴のラインでわかる。
「え、ああ……うん。悪い、先行っててくれ。」
なんとなく雰囲気で察して、二人を学食に送り出す。
「えっと、」
その後は、予想通り。
可愛らしい水玉の封筒を両手に握って、俺に向かって頭を下げた。
「瀬見先輩が好きです!あの、良かったら手紙……読んでください!」
こういうのって久しぶり。
ゆいとは付き合って長かったし、「ファンです」なんて子はいてもこんな風に告白されることって滅多になかったから。
「悪いけど、今そういうの考えてねーんだ。」
手紙なんかもらったってどうすることもできないし、だから断るだけ。
「彼女いるから」って言えないことにズキリときて、だけど思ったままを告げた。
「でも、あの……。」
だから、それで終わりだと思ったのに、その子は簡単に引き下がってはくれなくて、
「でも、三日月さんとは……別れたんですよね?!」
投げかけられた言葉が、脳天に突き刺さる。
「……それ、なんか関係あんの?」
口から出た言葉の冷たさに、自分でドキリとなった。
ヤバイと思った時には、その子はもう泣きそうで「ごめんなさい」って言ってその場から飛び出していった。
自己嫌悪。
それ以外のなんでもない。
マジで最悪、何やってんだっての。
「優しい」ってゆいは言った。
俺のことをいつもそう言ってくれた、別れ話の時だって言ってた。
だけど、俺は優しくなんかない。
自分勝手で独りよがり、自分がそういうヤツなんだって今のでわかっちまった。
本当にむしゃくしゃして、最悪の気分。
だけど、イライラして学食に向かう途中で──俺はもっとサイテーな自分を知ることになった。
廊下の窓から覗いた中庭に、ゆいがいた。
天童と一緒に。
その場から足が動かなくなって、窓の下の二人をずっと見てた。
表情は見えないけど、二人が話してるのがわかる。
まるで当たり前みたいに話して、それから笑い会う仕草。
頭の中が真っ白になった。
「おまえさ、どういうつもりなわけ?」
そのことを天童に尋ねたのは、寮に帰った夜のことだった。
「え、なんのこと?」
まるで何もないって様子で、いつも通りの顔を向ける天童に苛立った。
なんでもないなんてあり得ない。
だってあの感じ、初めて話したって感じじゃない。
もう別れちまったわけだから、ゆいが誰といようが自由かもしれない。
だけど、天童はどうなんだよ?!
チームメイトの俺が長く付き合ってた彼女とあんな風に二人きりになるなんて、それがいいことだとは俺は思えない。
第一、俺はまだゆいのこと……!
「わからねえのかよ。」
「えー、なんかあったっけ。あ、もしかして今日工のことからかったの怒ってる?」
あくまで惚けるつもりかよって、余計にむかついてきた。
「そんなんじゃねえよ。」
「だったら……。」
「ゆいのことだよ!」
自分で思っていたよりも大きな声が出てしまい、談話室にいた何人かがこちらを振り返る。
「ああ……。」
だけど、そんな周囲にかまう様子もなく天童は小さく頷いて、
「英太くんの元カノね。」
そんな風に言うから、思わず頭に血が上った。
「おまえなあッ!」
掴みかかろうとして手が伸びて、
だけど、
「違うの?」
とまっすぐに見返されて、その手が止まる。
行き場を無くした拳はだらんと垂れ下がって、それを力任せにぎゅうと握りこんだ。
「そうだよ。確かに別れたけど、でも……。」
「うん。でも、好きなんでしょ。」
普段から読めないところのあるヤツだ。
だけど、この時ばかりは本当に何を考えてるのかわからないって思った。
人を食った笑みを向けるでもなく、俺を挑発するわけでもない。
ただまっすぐに問いかける天童の瞳。
「ゆいちゃんと英太くんは似てるね。」
その瞳を俺からそらすことなく、天童はそう言った。
「好きなのに別れちゃうなんて意地っ張り。だけど、実際は未練だらけ。」
「ッ、」
その言葉が、ひどく胸に刺さった。
ゆいが好きだ、それに──天童の言葉通りなら、ゆいもまだ俺のことを……?
だったら、と思って。
だけど、と振り返って、また前に進めない。
天童はそんな俺を見透かすみたいに、
「英太くんもさ、そんなに好きなら戻ってきてって言えばいいのに。」
その通り、天童の言う通り。
それが悔しくて、握る拳が強くなる。
「ッ、おまえに何がわかるんだよ!」
負け犬の遠吠え、そんなの自分でもわかってる。
悔し紛れに放った俺の言葉を、天童は意外な返事で受け止めた。
「わかんないよ、俺は英太くんやあの子みたいに優しくない。」
何を考えてるのかわからないコイツなら見慣れてる。
だけど、今は違う。
「好きな人が自分以外の誰かといるのって、むかつくんデショ。だったら俺にじゃなくて、ゆいちゃんに言ったらいいのに、言えないとこまでソックリだ。」
これから何を言われるのかって、わかった気がする。
言えるはずがないって思った俺の、胸に突き刺さる真実。
ゆいが天童と話してるだけでこんなにもムキになって、それでやっと気がつくなんて。
イヤだったよな、傷つけたよな、たくさん不安にさせたよな。
いいヤツぶって元カノのこと心配してさ、それがどれだけゆいを苦しめてたかって、今になってやっと気がつくなんて──。
「天童、俺……。」
気づかせてくれたんだって思ったら、途端に申し訳ない気持ちになって、「ごめん」と呟いた俺に、天童は首を振った。
「謝らないでヨ。」
コイツもこんな顔するんだなって場違いな考えが頭を過ぎって、それから焦りと不安に変わる。
「俺、英太くんに謝られる資格ないから。」
困ったように寄せられた眉、まっすぐに俺を見ていた視線が揺れる。
それで、
「ゆいちゃんのこと、好きになっちゃったみたい。俺の方こそ、ごめんね。」
ごめんねと言った天童に、俺は言葉を返せない。
だって、こんな時どう言ったらいいかなんて知らない、そんな言葉持ってない。
「ごめんね、英太くん。」
それきり部屋に帰ってしまった天童を追いかけることもできなくて、俺はただ立ち尽くすだけ。
ゆいの泣き顔なんて見たくないし、天童にむかつくのが間違ってることだって今はもうわかってる。
誰も傷つかなければいいのになんて、体のいい言い訳だ。
誰かが笑った分だけ、誰かが泣くことだってある。
部活やってりゃそんなことくらい、痛いくらい知ってるのに。
今更だってわかってる。
手遅れかもって思ってる。
だけど、それでも──それでもやっぱり、ゆいが好きだよ。
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