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■エース! 4

玄関から顔を出した姿にドキリとなった。

俺が及川の家を訪ねることは、よくあることだ。
だが、ゆいに会うのは───久しぶりだった。
少なくともこんな風にちゃんと向き合って話をするのは。


試験前で部活が休みだった。
一緒に勉強しようと誘われて、及川の家に行った。
帰り道が別々だったのは、及川が「少し用事がある」と言ったからだ。
(どーせ女のことに決まっている。)

「ジュースでも買っとくから」と言って及川は先に帰ったハズだった。
───が、当の及川は不在。
代わりにゆいが俺を出迎えた。

「あれ、及川は?」
幼なじみ相手に緊張するなんてどうかしてる。
そう思うのに、心臓の音が治まってくれないのは、ウシワカの話を聞いたせいか。

「なんかね、さっき慌てて出てった。彼女?から電話あったみたい。」
チッと思わず舌打ちする。
アイツ……てめぇから誘っておいてどういうつもりだよ。

「えーと……徹くん待ってるよね?」
と聞かれて戸惑うが、引き返すのもゆいを意識しているようで気恥ずかしい。

「おう、そうすっかな。」
及川の部屋に居れば……と思ったが、ゆいは俺を家に招き入れると、

「えーと、お茶でいい?あ、冷たいウーロン茶あるよ。」
とリビングを指し示した。

「……おぉ。」
なんだかちょっと慣れなくて、変な感じだ。
俺がゆいとよく話をしたのは、せいぜい中学に上がる頃まで。
その頃のゆいは「お茶でいい?」なんて言ったりしなかったし……その、なんつーか、当たり前だけど……外見も中身も俺らって高校生なんだよな、ってなんか思った。

ゆい自身も帰ってきたばかりなのか、白鳥沢の制服姿。
マズイと思いつつも短いスカートについ目がいっちまう。
ゆい、足長ェな……。
それに顔も……外見だけで女にキャーキャー言われている及川の妹なだけある、かもしれない。
実際、俺の知ってるクラスの女子よりもずっと整った顔だ。

(ウシワカが……)
ゆいを狙ってるっつーのまんざら嘘でもないかもしれない───ってイヤイヤイヤ、俺が気にしてどーするよ!
ゆいは幼なじみだっつーの!

リビングのテーブルに置かれたグラスを掴んで、一気に飲み干した。

「ねぇ、」
向かいに腰掛けたゆいの声。
正面に座っているせいで───太ももがちょうど目に入ってしまい、急いで視線を逸らす。

「徹くんてさ、彼女いるんだよね?」
家を出ていった及川の様子では、女からの電話のようだったとゆいは言う。

「さぁ──。付き合ってもすぐフラれるからな、アイツ。」
実際その通りだ。
ちょっと見た目のいい女に告られるとホイホイ付き合うくせに、ロクに構ってやらないからすぐにフラれる。
そんなことばかり、及川は繰り返している。

「だよね、徹くんだもんね。」
今回もそんな感じかなーとゆいは呆れた調子で言って、俺も笑った。

しかし、
「ハジメくんは?」

「へっ?!」
予想外の方向から飛び込んできた問いに、

「や、だからハジメくんは彼女とかいないの?」
体温が上昇するのがわかる。

なんだよ、コレ!
なんで俺、ドキドキしてんだよッ……!

「い、いるわけねーじゃん!」
と答えた声は少し上擦っていて、恥ずかしさで血液が沸騰しそうだ。

「ふぅん……。」
自分でスパイクを叩き込んでおきながら事もなげにゆいは言って───それから、さらに強烈な一本を打ち放った。

「徹くんよりさ、ハジメくんの方が全然カッコイイのにね。」

「………ッ!」
手も足も出ずにレシーブし損ねた。
正にそんな感じだ。

俺と及川についてそんな言い方をするのは勿論ゆいくらいだし、あくまで及川が「兄」であることを前提に言っているに過ぎない。
そうわかっているのに、俺の心臓はめちゃくちゃに早鐘を打った。
やべぇ、マジで俺、このまま死ぬかもしれない。


だが、
何か言わねばと必死で探した言葉は、俺をさらに窮地に追い込むことになる。

「お、まえはさ!どーなんだよ?!」

「え、わたしぃ?」

「お、おう。」

「どうって別に……何もないよ、彼氏なんていないし。」
グラスに口をつけたゆいの喉がコクリと鳴る。
その様子から───目が離せない。
俺……マジでどーなってんだよ?!


「ウ、ウシワカが。」

「え。」

「ウシワカがおまえに言い寄ってるんじゃねーかって及川が言ってた。」
余計な一言だったことは間違いない。
なぜなら、それが俺を奈落へと叩き落とすきっかけになったからだ。

「……そんなんじゃないよ。」
俺の言葉に少し黙ってから、ゆいはそう言った。

「でも、」
及川が騒いでたぞと重ねて問えば、

「あー、最近ちょっとよく声かけられたりとかするけど。あと、図書館で会ったりとか。」
「先週、ウチ試験期間だったからさ」とゆいは説明して、

「でも、本当にそれだけだよ。」
と首を傾げた。

「隣に座られたりするとさぁ、威圧感あるよね。徹くんも大きいけど、あの人もっと背高いし。」

「と、隣?!」
マジかよ……!
ウシワカ、マジじゃねーか!!
おい、及川。
ウシワカ、マジでゆいのこと狙ってるぞ!どーする?!!

そこまで考えてはっとなる。
どーするって!どーでもいいだろ、そんなの!
ゆいが誰と付き合ったって、俺まで心配してどうするよ。

そうだ、俺には関係ない。
及川がやかましくなりそうだから鬱陶しいなと思っただけ、それだけだ!

「へぇ、そうか。」
平・常・心!
自分に言い聞かせる。

「でもよ、ウシワカっつったら超高校級エースだぜ。ゆいも知ってるだろ?」
「もし付き合ったらすげーんじゃねーの?」と、口先だけで喋る。
どうしてか、喉の奥はカラカラだった。

「うん、学校でも有名人だしね。」
だけど、ソレとコレとは別のことじゃん?とか……そんなセリフを予想してた。
ゆいはどっちかっていうと冷めたタイプだし、相手がウシワカだろーが男なんて興味ないって、そう言うと思ってた。

だけど、違ってたんだ。
ゆい、おまえさ───俺の心臓をどうするつもりだよ?!

「でもさ、」
そんな俺の気も知らないで、ゆいはひどくアッサリと言った。

「でもさ、私にとってエースって言ったらずっとハジメくんなんだよね。」


───死んだ。
俺もう死んだわ……って思ったのと、やかましい音を立てて玄関の扉が開いたのはほとんど同時だった。

「ゆいちゃん!」
リビングのドアが開く。

「はっ、岩ちゃんも!来てたの?!」

「き、来てたのじゃねーよ!テメーが呼んだんだろーが、このクソ及川!」

「そうだけど!でも!てゆーか聞いてよ、俺!!」
「どうして試験期間中まで岩泉くんと一緒なの」とか「みんなと同じように彼氏と一緒に勉強したい」とか、彼女に責められたという内容を大げさな口調でのたまう及川の頭を思い切り小突いてやった。

「あ──うぜぇ!本っ当―にうぜぇ!!」

「痛いよ、岩ちゃん!何するのさ!」
なんてますます騒ぎ立てる及川に今度はヘッドロックをかまして「黙れ」と言ってやるけど───だけど、俺は内心めちゃめちゃほっとしてた。

「もー徹くん、うざい。」

「なっ、ゆいちゃんまで!」
いつもうざくて面倒くさい及川が、今日ばかりは救世主みたいに見えた。

だって、コイツが今現れなかったら───俺は完全に死ぬところだった。
ゆいの一言に心臓が止まって、きっと死んでた。


なぁ、ゆい。
おまえってさ、本当に心臓に悪いよ。

だって───おまえのこと好きなヤツが聞いたら、そんなの絶対期待するだろ。
おまえのこと好きな……ヤツが、きい、たら……って、えええええええ??!

マジかよ、俺……そういうこと?!
嘘だろ?!!
いや、でも……って、待て待て待てよ!!!

否定して、だけど逃げられなくて追い詰められて───受け入れるしかなくなった答え。
俺は……ゆいが好きなんだ、たぶん。

どうしよう。
そう思う頭にうるせー兄貴とライバル校の大エースの顔が過ぎる。

言うまでもなく、前途多難。
俺の気持ちって───一体どうなっちまうんだろう。


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