□明日の君に会いたくて 3
「ゆいちゃん!」
ここで会うのは、もう何度目か。
気がつけば毎日中庭を覗くようになっていた。
友だちと一緒に学食に向かうところを見ることもある。
だけど、ゆいちゃんはよく一人でここにいた。
だから、そんな時は俺もまっすぐに中庭に向かう。
「あ、それ新作のだ。」
「そう、マンゴーのやつ。気になってたんだあ。」
コンビニの新作スイーツを嬉しそうに眺めて、ちょっと自慢げな彼女。
そんな仕草が可愛いなって思う。
可愛いな。
これって、よくない感情なのかも。
だってゆいちゃんは英太くんの元カノだし、だけど”元”なんだから俺がどう思おうとやっぱり関係ないのかな?
ううん、よくわかんない。
わからないから、気持ちに蓋をした。
これ以上考えるのは止めようって思った。
「よくアイス食べてるよね。」
「うん、チョコが一番好きダヨー。」
「あ、私もそうかも。」
今はこれでいいじゃん。
英太くんと別れて落ち込んでたゆいちゃんが元気になるならそれでいいし、英太くんだって最近は前より随分マシ。
それをよかったねって思う気持ちに、嘘はないから。
だけど、少し気になるよね。
少し?ううん、本当はすっげー気になってる。
なんで別れちゃったの?って、もう一度聞きたい。
あの時は教えてくれなかった答えだって、今なら聞かせてくれるんじゃないかなって思うから。
「天童くんはさ、部活のみんなと食べないの?」
「あー、うん。食べないってわけじゃないヨ、でも今はチョット休憩中。」
自分だって一人なのに、俺のことを気にする君が気になる。
「そっか。あるよね、そういう時。」
「ゆいちゃんも?」
「えー。」
わかるよって頷いて、自分のことは言わない君が気になる。
だって、気づいてしまった。
いつも笑って、楽しそうな会話を探す彼女が──たぶん、本当の君じゃあないってことに。
「いつもねえ、英太と食べてたでしょ。今はまあクラスの友だちと食べたりするんだけど、でもなんか……学食行くのイヤだったりして。」
だけど、ホラ。
そんな風に、ちらりと覗く本音にザワつく気持ち。
ええと、これ。
これってなんだっけ?
「英太くんに……会っちゃうから?」
二人で学食にいるのをよく見かけてた。
楽しそうによく笑ってた、だから俺もゆいちゃんを知ってた。
だけど、今は英太くんに会うのを避けて……ゆいちゃんは学食に行かない。
「……まあ、そうかな。」
サンドウィッチの後に、カフェラテをストローですすって、ゆいちゃんがそう言った。
それでまた、曖昧な顔をするんだ。
「まだ好きなんだね、英太くんのこと。」
それは、ずっと思ってたことだった。
ゆいちゃんといる時、俺はいつだってそう感じてた。
「聞かないで」ってゆいちゃんの顔はいつもそう言っていたから、だから聞かなかっただけ。
でも、今はもう我慢ができない。
だって、知りたい。
「……うん。」
シンプルで、それでいてすごくはっきりとした答え。
その言葉にズキンと胸が痛んで、そんな自分にびっくりした。
どうしてこんなにも、喉が渇くんだろう。
「だったら……どうして……。」
知りたい、知りたくない。
こんなのって気持ちが悪い。
自分で自分のことがよくわからなくなる、こういうのって一番イヤだ。
「英太ね、前の彼女と時々会ってるんだ。」
「え、」
それは、俺の知らなかったこと。
英太くんにゆいちゃんより前に付き合ってた彼女がいたことも、その子と会ったりしてるんだってことも知らなかったし、何よりも──ずっと知りたかった「答え」がそんなところにあったなんて考えてもみなかった。
熱血で世話焼き、それで優しい英太くん。
明るくて、だけど少し強がりで、やっぱり優しいゆいちゃん。
お似合いの二人が、離れてしまった理由。
考えたってわからないはずだよね、そんなのって予想もしてなかった。
「誰にも言わないでね。」
「ウン。」
反射的に答えたけど、握りしめた手の中は試合なんかでもあり得ないくらいに汗でびっしょりになっていた。
こんなことって初めてで──どうしよう、ますます自分がわからなくなる。
「……嫉妬ばっかりで自己嫌悪。」
ゆいちゃんは言った。
英太くんには中学時代に付き合っていた女の子がいたこと。
その子が家のことで困っていて、英太くんに相談を持ちかけたこと。
女の子に会いに行ったって英太くんに打ち明けられたこと──それに、「イヤ」って言えなかったこと。
「どうして、言わなかったの?」
イヤならイヤって言ったらいいじゃんって思う。
そりゃあ人それぞれだとは思うけど、元カノと会うなんてやっぱりルール違反かなって感じだし、それをゆいちゃんに言っちゃう英太くんも「らしい」と言えばそうだけどなんだかなって思わなくもない。
だけど、
「英太って、すごく優しいでしょ。」
初めて見る顔だった。
すごく悲しそうで、寂しそうで、だけど英太くんのことが好きなんだってすごく伝わる──そんな複雑な表情。
「優しいところが好きなの。だけど、その英太の優しさに嫉妬しちゃったら……やっぱダメだよね。」
英太くんに似合う女の子でいたい、英太くんの信頼に応えたい。
だけど、それができないんだってゆいちゃんは言って、
「誰かのことがイヤとか、いなくなってほしいとか……改めて声に出したらなんか、すごい怖いよね。自分でもびっくりする。」
綺麗な瞳に、涙のしずく。
ああ、こんなのって──すごく悲しいよね。
「ゆいちゃん。」
泣かないで。
どうか泣かないでって思うから、
「もしもさ、俺が魔法使いだったとして。」
なんとかしてあげたいな。
だけど、どうしたらいいんだろう。
だから、思った。
もしも魔法がつかえたらって。
君のための魔法が使えたらいいのにってさ。
「もしもさ、俺が魔法使いだったとして……英太くんと元通りになる魔法と英太君のことを忘れられる魔法、どっちの魔法をかけてほしい?」
そんなこと、してあげられるかわからない。
だって、俺は魔法使いじゃない。
だけど、なんとかしてあげたいって本当に思ったんだ。
「……元通りに、して欲しい。」
どこか願うように告げた言葉に返ってきたのは、願い通りの返事じゃなくて──
「でも、魔法なんてないもんね。過去も今も変わらないもん。だから……。」
──だから、前に進まなくっちゃ。
ボロボロの笑顔で、言った君。
今度は強がりなんかじゃない、君の本当の強さ。
だけど、一人って寂しいジャン。
だから、俺にも手伝わせてよ。
魔法なんか使えないけど、君の力になりたい。
それだけは、本当ダヨ。
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