□明日の君に会いたくて 2
昼休みの廊下はいつも賑やか。
隣のクラスの若利くんと隼人くんのところに突撃してゴハンってこともあるけど、今日はなんとなく一人の気分。
なんといってもアイスが食べたい。
「食事もちゃんと取れ」なんて獅音や英太くんなんかにお説教されても困るから学食も避けた。
チョコのアイスと菓子パン一つ。
購買で買ったそれをぶら下げて、特等席の中庭に向かう。
そのベンチで、
「あれえ?」
いつもなら俺だけの特等席。
だけど、そこに女の子がいた。
うーん、どうしようって思って眺めていたら、見覚えのある子だってことに気がついた。
そう、俺はこの子を知ってる。
「セミセミの彼女ハッケーン!」
「あ、」
振り返った彼女と目が合った。
「やっぱりそうだ。一人で何してるの?英太くんは?」
三日月ゆいちゃん。
俺のチームメイトの英太くんと付き合ってる女の子で、昼休みには大抵その英太くんと一緒にいる。
だけど、今日は一人。
「……天童くん。」
その彼女が俺の名前を呼んで、
「アレッ?俺の名前、知ってるの?」
少し驚いてそう尋ねたら、ゆいちゃんちゃんは口元を緩めて言った。
「うん、英太のチームメイトだもん。それに結構有名人だよ、天童くん。」
「えー、そう?俺って地味な方だと思ってたんだケド!」
「ふふ、そうだね。髪の毛とか、割と地味かも。」
すぐに通じた冗談が嬉しくて、ゆいちゃんの座るベンチに俺も腰掛けた。
「お昼ごはん?」
「うん。部のみんなに見つかったらちゃんと食べろって怒られちゃうからね、ちょっとエスケープー。」
甘い菓子パンとアイスの入った袋を目の前でぶら下げて見せたら、ゆいちゃんが目をしばたいた。
「えー、足りるの?」
「足りる、足りる。みんなが大食い過ぎるんだよね、うちの部。」
溶けちゃうからって先にアイスの包みを破って、一口。
「それ、美味しいよね」ってゆいちゃんも言ってくれて、初めて話す子だけど話しやすいんだななんて思ってた。
「セミセミの彼女は、もうゴハン食べ終わったの?」
「あー、うん。」
笑顔の中に少しだけ滲んだ違和感に気がついた。
「え、食べてないの?」
「え、ううん!食べた食べた!」
慌てて首を振るけど、そんなのって俺にはお見通しだ。
「午後おなかすいちゃうよ。」
「うん、でも大丈夫だから。」
「もしかしてダイエットとか?全然太ってないジャン。」
ペットボトル一つ。
コンビニの袋もお弁当箱も持ってない、なんていうかワケあり?って感じ。
「じゃあ、これ食べなよ!」
袋に入ったパンを差し出したら、ますますゆいちゃんが慌てた。
「え!本当、大丈夫だって。」
「ダメだよ。」
「だって、天童くんのじゃん。」
「ほらー、そんなこと言ったら英太くんに告げ口しちゃうよ!」
別に意地悪のつもりなんかじゃなかったけど、俺の言葉にゆいちゃんはあからさまに顔色を変えて、
「え……。」
「あれ?」
俺の手から、パンの袋を受け取った。
「じゃあ、半分もらうね。」
クリームの詰まったクロワッサン。
それを半分にちぎって、
「ありがと、天童くん。」
それから少し笑った。
少しの笑顔、曖昧にゆがむ口唇。
なにかを誤魔化すみたいなそれを、じっと見つめたら、
「……あとさ、」
俺の視線から逃げるみたいにしてゆいちゃんは俯いた。
「私、もう英太の彼女じゃないから。」
その言葉に、理解する。
最近の英太くんの不調の理由。
昨日なんか朝から晩までぼーっとしちゃってさ、部活中は鍛治くんにだって何度も怒鳴られてた。
そのたびに何度も気合いを入れ直して、だけど空回りする英太くんのことは実はちょっと気になってた。
だけど、そっか。
彼女と別れちゃったんだ。
確かにすごい仲良さそうだったし、落ち込むのってわかる気がする。
でも、英太くんが落ち込んでたってことは、ゆいちゃんがフッってことじゃないのかな……?
「あ、おいしー。これ、私も今度買ってみよう。」
甘いクリームに頬を緩めて、ゆいちゃんが言う。
それに何も答えずにいると、
「……ごめんね。」
「え、」
「なんか気まずい思いさせちゃったかも。」
向けられた顔を見たら、今日のが全部作り笑顔だってすぐにわかる。
それくらい、「悲しい」ってゆいちゃんの顔に書いてあった。
「なんで別れちゃったの?」
ズバッとストレートに聞いてみた。
だって気をつかうのなんか逆に気まずいし、そこまで聞いたら乗りかかった船ってもんデショ。
「私が悪いの。」
こんなこと聞いたりしてもしかして泣いちゃうかなって思ったけど、ゆいちゃんは涙を流したりしなかった。
ただそう告げて、
「パンありがとね、天童くん。」
それきり彼女は、ベンチを立った。
「じゃあね。」
と言って背中を向けた後ろ姿。
それがなんだか気にかかる。
英太くんの彼女。
ああ、もう違うんだっけ。
「可愛いよな」って冷やかされるたびに照れくさそうにしてた英太くんの顔が過ぎる。
どうして別れちゃったんだろう、どうしてあんな悲しそうな顔をしてたんだろう。
英太くんだって、多分引きずってる。
ゆいちゃんも割り切れてない。
だったら、寄りを戻したらいいのにって思った。
力を貸すなんて大げさなものじゃないけどさ、まあ英太くんにはお世話になってるし?
励ますとかもしかして仲直りのきっかけ作りとか、そういうのができたらしてあげようかなって思ってた。
それだけなんだ。
本当に、それだけ。
だけど、それがいけなかったみたい。
なんとかしてあげたいって気持ちが、いつの間にか変わってくことってあるみたいだ。
そのことに俺が気づくのは、まだ少し先のこと。
この時の俺は、半分残ったパンを食べながら「確かにこのパンってヒットかも」なんて呑気にゆいちゃんのことを思い出してたんだ。
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