□明日の君に会いたくて 1
いつもだったらすぐに返ってくるはずのLINEが遅かったとか、もしかしたら電話の声が沈んでたとか、気がついたら話してるのは俺ばっかりだったとか──気付くきっかけなら、多分いくつもあったんだと思う。
「英太。私、別れたい。」
その言葉の意味を理解するのには、時間が必要だった。
だって、そんなこと言われるなんて考えてなかった。
「な、んで……。」
「ごめん、ずっと考えてて。」
ちょっとのきっかけだって失うことがあるんだとか、一度すれ違ったらもう戻れないことだってあるんだとか、そんな当たり前のことを──俺は忘れてた。
「ごめんね、英太。」
そう言って、ゆいは泣いてた。
ゆいが好きだから、ゆいも好きだって言ってくれたから。
だけど、それだけじゃ一緒にいられないこともあるんだって、ゆいは言った。
「なんで……なんでだよッ!」
イヤだって言えばよかった、絶対にゆいを離したくないって。
だけど、泣いてるゆいを目の前にしたら、ゆいの言うことを聞いてたら──俺は何も言えなくなった。
多分、俺が悪いんだ。
わかってるけど、戻れない。
戻る方法がわからない。
どうしたらゆいともう一度って、そのやり方がわからない。
それで、ゆいは俺の彼女じゃなくなった。
「英太くん、英太くんってば!」
「え、あ……悪い、なんだっけ。」
部活終わり、いつも通り自主練に居残って、だけど大分ぼーっとしていたらしい俺は天童に声をかけられて我に返った。
「えー、大丈夫?ボケるにはまだ早いんじゃない、それともどっか調子悪いの?」
「そんなんじゃねえよ。ちょっとぼーっとしてただけ。」
「ならいいけどさあ。ほら、工がトスあげてくれって。」
「おう。」
「じゃあ、俺ブロック入るからね!」
部活の時間までボケッとしてるようじゃ、さすがにまずい。
授業なんかはロクに耳に入ってこないし、今日だって気がついたら昼休み。
夕飯時の話題なんかも相づちを打つので精一杯で、夜にベッドに入っても何度もスマホを確認しちまう。
連絡なんて来るわけない。
だって、俺たちは別れたんだから。
それでも、頭の中は何度でもゆいとのことを思い出す。
明るくって賑やかで、だけど二人きりの時なんかは結構甘えたがりなんだ。
頭がよくて要領もいい、そのくせ時々すごい抜けてたりするから放っとけない。
ゆいと一緒にると、いつだって楽しかった。
いつだって嬉しかった。
だけど、ゆいは違ってた。
それが俺たちが別れた理由。
戻りたいって気持ちならある。
今だって、本当は信じられない。
ゆいが俺の彼女じゃないなんて、やっぱり信じられねーよ。
だけど、
なんて言ったら、俺はゆいを取り戻せる?
「好きだよ」だけじゃダメなんだ。
どうしたら、俺は──ゆいの涙を止めてやれるんだろう。
ヴヴ、
枕元で震えたスマホに飛びついた。
小さな灯りが示すメッセージありの印。
だけど、表示されたのはゆいの名前じゃない。
『少しだけ話せる?』
躊躇って、『いいよ』と返せばすぐに着信があった。
『ごめんね、瀬見くん。もう寝てた?』
『いや、ううん。寝てない。どうした?』
『あのね、今日お父さんとお母さんがね……。』
うん、うんと相づちを打って、だけどゆいの顔が行ったり来たり。
サイテーだな、俺。
どっからどう見たってサイテーだ。
電話の相手は、中学の時に付き合ってた彼女。
高校が別々になって、結局別れた。
彼女が俺に電話をかけてきたのは、もう暫く前のこと。
両親が揉めてて家に居づらいんだって、外で泣いてた。
「助けて」と言われて、会いに行った。
寮の門限は過ぎていたけどなんとかこっそり抜け出して、コンビニ前で蹲ってる彼女の話を聞いてやった。
ゆいにそのことを話したのは、次の日。
『そっか』とゆいは短く言って、良いとも悪いとも言わなかった。
それからも、元カノからの連絡は続いていた。
きちんとゆいに話しているから、それが誠意だって思ってた。
ゆいを裏切ってるわけじゃない、だから大丈夫なんだって思ってた。
だけど、それは俺だけだった。
ゆいはどんどん口数が減って、久しぶりの部活のオフが最後のデートになった。
「ごめんね、英太。私やっぱり我慢できないや。」
いつも見せてくれる笑顔はどこにもなくって、ゆいはずっと俯いていた。
「その子のこと、可哀想だなって思うよ。英太が助けてあげたいって気持ちもわかる、英太は優しい人だからきっとそうすることもわかってる。」
ずっと考えてたんだって、ゆいが俺に言ったこと。
「だけど、ダメなの。私がダメなの。嫉妬しちゃうし不安になるし、どんどんイヤな女になってくのがわかる。そんなのすごく……嫌だから。」
ゆいがそんな風に考えてたなんて、俺は思ってもみなかった。
だって、ゆいは一度もイヤだなんて言わなかったし、昨日だって前と変わらずに笑ってくれていたから。
「イヤな女とか、俺はそんな風に思ってない……!」
「言ってないだけだよ、英太に嫌われたくないから。」
「言えよ……!」
「言えないよ、そんなの。」
「なんで。」
「だって、」
──英太はこんなに優しいのに、まるで私だけが我が儘みたい。
「だからもう終わりにして。英太に嫌われる前に、私もう終わりにしたい。」
俺がいけなかったんだよな。
ゆいの気持ち、ちゃんと考えてなかった。
嫉妬とか不安とか、ゆいがそんな風に思ってるなんて考えてもみなかった。
だけど、何も言えなくて。
じゃあどうしたらいいんだよって、その答えがわからなくて。
だから、ゆいはいなくなった。
優しいってなんだろう。
俺は、きっと優しくなんかない。
我が儘なんて俺のほう。
ゆいのこと泣かせたくないって思ってるくせに、今だって電話を切れないでいる。
元カノと話しながらゆいのことを考えてる自分。
だけど、もう話せないって俺が言ったらこの子はどうなっちゃうんだろう──そう思ったらやっぱり電話を切れなくて。
サイテーだ。
こんなのってサイテーの独りよがり。
だけど、俺──じゃあ、どうしたらいいんだよ?!
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