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□addicted to you 7

「嫌だ。」

目の前に置かれたコーヒーに手をつける間もなく、佐久早は開口一番そう言った。
視線はテーブルに向けられたまま。

頑なな姿勢に戸惑うが、説得すると決めて彼を呼び出したのは俺だ。
佐久早とは数年の付き合いになるが、こうして改まって話をするのは初めてのことだった。

「佐久早、俺はまだ何も言っていないが。」

「そんなの聞かなくてもわかってる。ゆいと付き合うって話だろ。」
まっすぐに切り替えされた言葉に、時間稼ぎのようなセリフを発した自分を恥じる。
佐久早も──覚悟をもってここにいるのだと、改めて気づかされた気がした。

「……そうだ、俺はゆいと交際したいと思っている。」

「ゆい……って。」
少しむっとした様子の佐久早だったが、そこでようやく視線を上げた。

「それって親に言われたから?」

「違う。」

「本当に?だって、若利くんて自分から誰かを好きになったことあるの?いつだって大事なのはバレーと自分だろ、俺わかるよ。」
俺も同じだから、と佐久早は付け加えて、それからじっと俺を見た。

「……確かに、そうだったと思う。」
黒目がちな佐久早の瞳に見つめられると、何もかも見透かされてしまいそうな気分になる。

「俺にとって一番はバレーだ。結婚に興味はなかったし、しばらく男女交際も暫く控えようと思っていた。」
今なら、わかる気がする。
かつて俺のもとを去っていた女性たちが何に失望したのか。

俺は、人の気持ちがわからないのではない。
わかろうとしていなかったのだと思う。

それでも、今は違うとはっきりと言える。


「ゆいが好きだ。ゆいは、俺に誰かを大切に想うということを教えてくれた。バレーと同じくらい、あるいはそれ以上かもしれない、彼女は大事な存在だ。」

会いたい、顔が見たい、声が聞きたい、その手に触れたい。
些細なことに感じる喜び。

何がしたい?どうしたい?今、何を考えている?
どんなことでも知りたくて、どんな願いだって叶えてやりたい。

そんな風に、誰かを想うことの素晴らしさを知った。

「明るくて、聡明な女性だな。おまえがずっと大事に思ってきたのがよくわかる。」
心の内にある思いを告げた俺に、

「そんなことないよ。ゆいっていい加減だし、結構だらしないし、落ち込んだ時なんかはすごく暗いよ。」
佐久早は、そう言って返す。

「そうか、それは楽しみだな。」
素直な気持ちだった。
俺の知らない彼女、そして俺しか知らない彼女も未来にはいるのだろう。
それを楽しみに思える、こんな気持ちになったのもまた、俺には初めてのことだった。


「……そう。」
どうやって説得するかなど、具体的な戦略があったわけではない。
けれど、こうして佐久早と話していると──彼がどれほどにゆいを大切に思ってきたか、だからこそ俺を許してくれるのではないか、そんな気がしてくる。

「佐久早。」
佐久早も俺も、願っていることは同じじゃないか、そう思えるから。

「おまえに認めてもらえるように、これからしっかりと努力をしていく。だから、少しの間俺にチャンスをもらえないだろうか。」

ゆいを幸せにしたい。
それに足る男であると、証明したい。

だから──

「……そんなの意味ない、やっぱり俺は認められない。」
決意を告げた俺に、佐久早は語気を強めて、

「だって若利くんは俺が知ってる中で一番格好いい男だ。だから、証明とかそんなこと意味がない。ゆいはもう……俺のところには戻ってこないよ。」
佐久早の言い回しは難解で、俺はその意図をすぐにはくみ取れなかった。

「どんな男といたって、いつかは俺のところに帰ってくるって思えた。だけど、若利くんは無理、絶対帰ってこない。」

「それに」、と佐久早は一度言葉を切って、

「バレーと同じだけ大事にしてくれるんだろ。そんなの……最強だよ。」

それで、ようやく俺も理解した。


「ああ、大事にする。約束するぞ、佐久早。」

「別にいいよ、約束なんて。」
意味がない、そう言った佐久早からの答えは、十分に俺に伝わった。



──────

「親がかりで悪いんだが。」

佐久早との会話から2時間後、夕食を終えたテーブルでゆいと向き合っている。

学生二人にしては少し背伸びをしたレストラン、そのことに多少身構えていたらしいゆいだが、実際にそれを目の前にすると「ええ」と声を漏らした。

「ええと、これは……ちょっと。」
大きなダイヤモンドを中央に、その周りを小さな石が華やかに彩っている。
言うまでもなくそれはエンゲージリングで、俺の母親がゆいにと選んだものだった。

「おまえは喜ばないと言ったんだが……。」
予想通りの反応に、少しばかり落胆する。

高価な指輪で心を動かせる女でないことは、承知していた。
まして親の金で買ったものなど、ゆいはきっと喜ばない。

「きちんと自分で稼げるようになったら、改めて相応しいものを買わせてもらう。だから、これはお互いの親を安心させるための担保のようなものだと……。」
落胆は焦りに変わり、言い繕うようにそう告げると、ゆいが笑った。

「え、いいのいいの。なんとなくわかってたし。サイズとかママに聞かれてさ。」
ごめんね、と小首を傾げてみせて、

「だけどホラ、なんかいざ見ると……似合わないなあって。」
指輪の入った箱を目の前に掲げて見せて、「だよね?」と俺に問いかける。
同意していいのか迷う俺に、

「これが似合うのは、あと10年くらい先かなあ。」
そんな風に言うから慌てた。

「10年は長いだろう!」

「え、ふふっ。」
だけど、彼女はまた笑って、


「じゃあ、5年くらいで追いつけるように頑張るか。」
そっと指輪を取り出して、自分の薬指へと嵌めてみせた。

「この指輪に似合う女性になるように、ちゃんと頑張ります。」
細い指に、プラチナのリング。
今はまだ不釣り合いな大きな石だが、それは──未来への約束。

「だから、応援してね。」

微笑むゆいに、俺も頷いた。


「ああ、俺も……それを送るに相応しい男になれるよう努力する。」

「じゃあ、私も応援するね。」

「ああ、よろしく頼む。」

ようやく、二人笑えた。
見つめ合い、彼女の左手に自分の手を重ねて笑った。


「もうちょっと、落ち着く店に移動しない?」

「ああ、そうだな。それとも……俺の家に来るか。」
ずっと触れたかった彼女の手を握りながら、夜の道を歩く。
発した言葉に足を止めて、見上げる視線。

「えー、そういうこと言っちゃうんだ。意外ー。」

「ッ、いや。そういう意味では。」

「ふふ、冗談。イヤじゃないよ。」

気がつけば、いつの間にか彼女のペース。
けれど、それが嫌ではない。

ふわふわと浮き足だった気分と決意めいた思いが同居する不思議な感覚。
それでも、答えは一つ。


「ゆい、」

「うん。」

彼女の笑顔が見たい、ずっと笑っていて欲しい。


「好きだ。」

きっと、これからも何度でも告げるであろうその二文字。
特別で大切な言葉。

「好き」と、その気持ちを教えてくれたゆいに伝えたい。

この想いを、俺はずっと大切にする。
そして同じだけ思ってもらるように努力する。

だから、これからもずっと──


俺だけのものでいて欲しい。


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