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■No More Rules!

校門前、パンッ!と派手に響いた音に何事かと思ったのは一瞬。

駆けて行く後ろ姿に、「あれ、殴られたの俺じゃん」って気がついた。
なんだか間抜けな話。


「え、ごめん。見ちゃった。」

部活終わりの夕暮れで、生徒はまばらな時間。
それにしたって誰もいないってわけじゃないし、目撃者多数。

それで、こいつもその一人。
あからさまに引きつった顔をこちらに向けるのは、クラスメイトの三日月ゆいだ。

「……別にどうでもいいけど。」

どうでもいいけど、と口癖のように言ったけど、実際のところはそうも思えない。
こんな目立つ場所であんなことがあれば、明日には学校中の噂になっているかもしれない。

面倒くさい、マジで面倒くさい。
だから、最初からイヤだって言ったのに。


「ねえ、追いかけなくていいの。」
はあ、と盛大にため息をついた俺に物怖じすることなく聞いてくる無遠慮なクラスメイトに、

「別にいいんじゃない。」
と返せば、

「いや、別にってさあ。さっきの、あんたの彼女でしょ。」
そんな風に言うから、困った。

彼女……なのかな。
まあ、そうなのかもだけど、だけど「彼女」っていったい何なの?
正直よくわかんねーし。

「さあ、そうなのかな。」
いよいよ面倒くさくなって、三日月に聞いてみた。

「そもそも彼女ってなんなわけ?」

「……あんたねえ。」
呆れた顔を見せるけど、そんなのこっちだって呆れたいくらいだ。


同じ学年の女の子に「付き合ってください」って言われたのは、少し前のこと。
こういうのって、俺は基本全部断ってる。

付き合うとかなんとか考えるのが面倒くさいし、そもそも部活ばかりやってるのだから時間がない。
だから、「部活が忙しいから」っていつもと同じように言ったんだ。

「それでもいいから」って食い下がってきたのは向こうで、面倒になって「じゃあ、いいけど」ってつい言ってしまった。
それからは、毎日LINE、それに電話までかけてくるし、出ないでいたらまたLINE。

それで、今日──約束なんかしてないのに校門前で待ってるからさ、

『そんなの頼んでないし、今日一人で帰りたいんだけど。』
って、思ったことを言ったわけ。

そしたら、「コレ」。
思いっきり引っぱたかれて、今気づいたけど結構痛いじゃん、これ。
やってらんねーよ。


「今日、なんかサーブが全然ダメで。」

「ふうん。」

「そういうの考えたい時ってあるだろ。」

「まあ、あるかもだけどさ。」

「こっちの都合聞かないで勝手に待ってたクセにさ、なんで俺が殴られてんだよ。」

そう思わない?って聞いたけど、三日月の同意は得られなかった。


「そんなこと言うくらいならさあ、付き合うべきじゃなかったんじゃないの。」

「俺、断ったし。」

「じゃあ、なんで付き合ってんのよ。」

「知らねーよ。なんか食い下がられて、そういうことになってた。」

もしかしてこれから恨み言とか言われんのかなとか、明日噂になってたらイヤだなとか思うけど、要はそれだけ。
確かに付き合うべきじゃなかった、それは三日月の言う通り。


「まあいーや。三日月はなんなの?委員会?」

「あ、うん。そうそう、もうすぐ体育祭だしね。」
駅に向かって歩き出すと、自然と二人並ぶ格好になる。

「佐久早も今年は真面目にやんなさいよね、体育祭。」

「ヤダよ、なんで。」

「得意分野でしょ、体育。」

「別に得意じゃない。それよりさ、なんで三日月って体育苦手なのに委員会引き受けてんの。」

「そんなの私が聞きたいよ!今年ジャンケンだったでしょ!」

話しながら、思う。
三日月なら、悪くない。

こうやって話してたら、今日あったイヤなこととかも案外忘れられたりして、気分がラクになるっていうかさ。

だけど、あの子は気詰まりだったなあなんて思い返していると、


「あ、ちょっと待って。」
ゴソゴソとスクールバッグを漁って、三日月は目立つカバーのついたスマートフォンを取り出した。

「……彼氏から?」

「うん、そう。へへー。」
なんて嬉しそうにLINEの画面を開くから、「そういうもんか」ってなんとなく観察。
付き合ったらLINEとかするの、やっぱり普通なんだな。

取り繕ったように見えるけど、口唇が笑ってる。
頬も心なしかピンク色で、画面をスワイプする指先は軽やかだ。

ああ、こいつもこんな顔するんだって、なんだか感心した。
いつも賑やかで、遠慮しらずのクラスメイト。
女だなんてあんまり意識したことなかったけど、こうやって彼氏と連絡なんか取ってるとちょっと可愛い顔してる気がする。

「ふうん。」

「なに、もー。」
面白いような面白くないような、おかしな気分になってなんとなく顔を覗き込んだら、途端に三日月が頬を赤くした。

あ、さっきより赤くなった。
なんか面白いじゃん。

「いや、なんかウキウキしてんなって。」

「いいじゃん、デートの約束なんだから。」

「へえ。」

あれ、でもやっぱ面白くないかも。

はー、もうなんなんだよ、今日。
本当意味わかんねー。

「そういうの、楽しいんだ?」

「えー、そりゃ楽しいでしょ。」

「そういうもんかな。」

「そういうもんだよ。」

「へえ、そう」って言ったら、「あんたも大事にできる子できたらわかるって」なんて言われて、説教くさくてちょっとむかついた。

そんなことを話してたら、あっという間に駅につく。
片道15分、そんなのってほんのちょっとだ。

「じゃあね、佐久早。」

「え、帰るの。」

「いやいや、なんでよ。」

「俺の悩み、聞いてくれるんじゃねえの。」

一人になりたいって思ってた、さっきまで。
だけど、今は三日月に聞いてもらった方が効率いいんじゃないかって気がしてる。


「いいけど、なんか奢ってよ。」

「なんでだよ。」

結局、三日月にカフェラテを奢らされた。
「コーヒー」って言わないところが微妙に図々しいけど、まあこいつらしいっちゃそうかもしれない。


「それでさ、全然サーブ入んねえの。思いっきりって言われけど、だいたいネットだし。」

「へえ。」

「一回クセつくと引きずることあるからイヤなんだよ、明日部活行きたくない。」

「ああ、それ。お父さんがゴルフでよく言ってるやつ。」

三日月に言ったってわかるはずない。
バレーどころか運動自体が得意じゃなくて、そのくせスポーツ好きなのかただのミーハーか、シーズンになると「イケメーン」とか言いながら色んなスポーツをチェックしてる。
三日月はそんなヤツだ。

だけど、聞いてもらうとなんかラクになるし、別にアドバイスが欲しいわけじゃないからそれでいい。
第一、三日月が監督顔負けで指導なんかしてきたら、逆にむかつくに決まってる。


「……デート、いつなの。」

「えっ、なに急に。」
なんとなく俺ばっかりが喋ってる気がして、それはよくないかなって話題を振ってみる。
そういえば、三日月が付き合ってるのってどんなヤツなんだろう。
スポーツを見るのが好きみたいだから、どっかの運動部に入ってたりするんだろうか。

「別に、なんとなく。さっき俺に説教してきたじゃん。だから、聞いてやろうかと思って。」

「説教ってつもりじゃないけど、佐久早の彼女が可哀想だから言っただけ。」
そう言った三日月は、さっきよりも少し怒ってるみたいに見えた。

「なんでおまえが怒ってんだよ。」

「怒ってないし。」
ストローでグラスの中をくるくるとかき回して、だけどやっぱり三日月は怒ってるみたいに見えた。


「だってね、あんな風に冷たくされたら誰だって悲しいでしょ。ましてさ、あの子は佐久早のこと好きだから付き合ってるわけだし。」

「……そうかな。」

「そうだよ。一緒に帰りたくて待ってたわけじゃん。」

「でも、俺は帰りたくなかった。」

「………。」
三日月が黙り込むから、俺も少し困った。


だから、

「じゃあ、どうしたらよかったの。」
付き合うとかどうしたらいいわけ?って、三日月に聞いた。

「そりゃあ、」
俺の示した妥協案に、ようやく三日月は怒りを解いて、

「せめて理由を説明するとか、普段からマメに話しとくとか、ちゃんと優しくするとかね。あと、たまには佐久早から誘うとかさ、そういうことじゃない。」

「……そっか。」
そんなもんかなと思ったけど、それよりも三日月の機嫌が直ったことにほっとした。
なんか怒ってんだもん、そんなの困るし。

「そうだよ。もっと大事にしなよね、彼女のこと。」

「……あー、そうだね。」



だけど、

結局俺は、その子と別れた。
だって関心もてないし、それなのにマメとか優しくとかできねーし。

三日月に言われたからってわけでもないけど、ちゃんと俺から呼び出して「無理だから別れよう」って説明した。
一週間くらい一応考えたし、「ごめん」って言ったしね。

とりあえず、解決。
思ったよりも噂とか面倒なことにもならなかったから安心した。


でも、別の問題が発生。

俺、三日月のことが好きみたい。
好き?いや、そんなんマジかよ。

改めて考えると、よくわからない。
だけど、最近三日月のことばっかり考えてる。

同じクラスだから目につくだけかもって思ったけど、家に帰ってまで考えちゃうんだからタチ悪いよな。

でも、多分好き。
だって、三日月が彼氏と別れねーかなってすげー思ってるから。


よく見たら結構可愛いじゃんって思う。
気をつかわないで済むのがいいし、言いたいことを言う性格だから考えなくていいのがラクだ。
ちょっと説教くさい気もするけど、そういうのがイヤじゃない。

そう思ったら、いつの間にか三日月を目で追いかけるようになっていて、今まで気づかなかったクセとかそういうのまでわかってしまった。
あ、俺ってちょっとヤバイかも。


その三日月が、

「……佐久早。どうしたの、部活は?」

「あー、うん。」

さっきまで顧問に呼ばれててこれから部活、荷物を取りに戻ってきた教室。
そこに三日月がいた。

一人きりで教室の椅子に腰掛けて、スマホの画面を見てた。
何かあったの?って聞こうとして、だけど何も言えない。

三日月の目が、赤い。
それに気づいてしまったから。

別れればいいのにって思ってた。
だけど、もしかしてソイツのことで三日月が傷ついてるんだとしたら、相手の男が許せないって思った。

なんとなく、ソイツのことで泣いてんのかなって思ったのはどうしてだろう。
俺が──ずっと三日月を見てたから、最近はずっと。

なんか元気ねーなとか、やたらスマホ見てんじゃんとか、なんとなく気になってた。
前だったらスマホを見て笑ってた三日月が、今は寂しそうな顔ばかりしてるのも、知ってた。

だから、気づいてた。


「佐久早……?」
俺にバレてないと思ってるのか、三日月は少し首をかしげて、だけどやっぱりすぐに顔を伏せた。


「えっと、私もう帰ろっかな。委員会もないしさ、今日は帰って……。」
考えるより前に、手が出てた。

机に座ったままでスマホをバッグにしまおうとした三日月の手首を、気づいたら掴んでた。

「……帰りたくないなら、待ってれば。」

「え、なに……。」

「俺と一緒に帰ればいいじゃん。今から部活だけど、それ待ってればって。」
間近で見たら、三日月の目はやっぱり赤かった。
じっと見つめたらすぐに涙の膜が張って、それを誤魔化すみたいに前髪で隠して。


「……私さ、フラれちゃった。多分ね。」

「多分って、なに。」
誤魔化しきれないと思ったのか、三日月は顔を伏せたままでそう言って、

「連絡ないの、最近。電話しようかなって思うんだけど、勇気でなくて……なんか、」

机の上に落ちた、雫。


「佐久早にえらそーなこと言っといて、全然ダメ。私もうまくやれてないや。」
泣いてるくせに笑おうとして、三日月の声は震えてた。

その声に、ああ俺やっぱりこいつのこと好きなんだって──確信する。


「スマホ、貸して。」

「え?」
三日月が握りしめたスマホ。
彼氏とつながってる、三日月の生命線。

それが忌々しくて、切れない三日月にむかついて、三日月を泣かせてるヤツにはもっと腹が立った。


「いいから、貸して。」

「え……うん。」
半ば奪い取るみたいに受け取ったスマホの通話画面。

「どれ?」

「さ、くさ……。」

「おまえの彼氏ってヤツ、どれ?」

それで、発信音。
出ねーかなって思った相手は意外にすぐに電話に出て、呑気に「もしもし」なんて言ってくるから、余計にむかついた。


「あのさあ、」
なんて言ってやろうって、そういえば考えてなかった。
むかついて、ほとんど衝動的にそうしていたから。

息を吸い込んで、頭の中にある文字を呼び出す。
それが、言葉を成して──

「三日月のこと泣かせてんじゃねーよ、むかつくんだよ。おまえとはもう別れるから!ぶざけんな、バーカ!」

それで、電話を切った。


「はい、返す。」
そう言ってスマホを突き返したら、三日月が笑った。

「いや、バカとか。」

「なんだよ。」

「だって、可笑しいじゃん。ははッ、佐久早ってば、超ウケる……!」

笑うとこかよって思うけど、まあ泣いてるよりはいいや。
三日月の泣き顔なんか見たらやたら胸がヒリヒリするし、心臓に悪い。
だから、笑ってる方がいい。


「でも、ありがと。」

ひとしきり笑って、だけどまた涙を滲ませて俺を見る三日月。
だからヒリヒリすんだって、その顔止めろよ。

だけど、やっぱりそんなに悪くないかもしれない。

「すっきりしたよ、ありがとう。」
そんな風に言ってもらうのはさ、悪くないんじゃない。


「別にいいけど。」
感謝してほしくてやったわけじゃないし、まあ三日月がスッキリしたって言うなら良かったけどさ。

だけど、ちょっと足りないな。

「他にも言うことあるんじゃない?」

「え、なに?」
途端にきょとんと間抜けヅラでこっちを見る視線。
鼻まで赤らんでなんか動物みたいになってて、それが可笑しい。

可笑しいけど、可愛いなって思うよ。
ちょっと悔しいけど、マジで思うから──


「好きだよとか、ないの。」

「ええッ!」

俺のこと、好きになれよって思った。
だって、俺はもう完全に三日月のこと好きだし、三日月に想ってもらえないとしたらフェアじゃない。
優しくとかマメにとか、俺は三日月にならされたい、したい。


「俺はもう好きになってるんだけど。」

「いや、うそ。聞いてないし。」

「今はじめて言ったけど、そういうことだから。三日月も俺のこと、好きになった方がいいと思うよ。」

「え、ああ……うん、アドバイス痛み入るけどさ。」

ぽかんと口をあけて、ますますの間抜けヅラ。
そんなんでも可愛いって思うヤツなんて、多分俺しかいない。

だから、決定。


「そうしろよ。」

「う、ううん……どうしよ。」
曖昧な返事にむっとした俺に、三日月はまた声を立てて笑った。

「ふふふっ、」

椅子から立ち上がった三日月の視線が、近くなる。
じっと見つめる眼差し、それにドキリとして。

「いいじゃん、好きになっとけって。」

今度こそ説得してやろうと思った。


「強引だなあ。」
そう言って三日月は笑うけど、瞳の中にある光。

それが俺を照らして、


「だけど、時間の問題かも。」

アイとか恋とか希望とか、なんとなくそういうものに満たされてくような気分。
どうでもよくない、面倒くさくない、ほんの少しだって一緒にいたい、そう思えるから。


「……時間ってどれくらいかかるの。」

待つにしたって限界あるけどって言ったら、「ちょっとだけ」って三日月は笑って、それから俺の手に触れた。


ふわりと香るにおいを抱きしめる。

ちょっとだけってどれくらい?
そればかりが気になるけど、こんな担保があるなら少しくらいは待ってもいい。

だけど、やっぱり早くして。
お行儀良くしてられるのなんて、限界がある。

それくらいにさ。

好きだよ、ゆい──。


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