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■エース! 3

「おはよう。」
その一言を発するまでに数日を要した。

朝練を終えて教室へ向かう途中。
5分だけ部室を出るのを遅らせれば、及川ゆいに会うことができる。

そうして姿を見かけるようになって何度目かの朝、俺は彼女に声をかけた。
一瞬驚いたような表情を見せたが、

「……っと、おはようございます。」
笑いながら応えてくれた。


「今、明らかに顔引きつってたヨネ。」

「ていうか、やっぱりあの子のこと気になってたんスね。」
部の連中はあれこれ言うが、どれもこれも今更だ。
どうやら俺は───及川ゆいに惹かれているらしい。
だとしたら、取るべき道は1つ。

「……どうしたら付き合えると思う?」

「「えええッ!!!」」
───なんだその顔は?

「や、付き合うって!イキナリ?!挨拶しかしてないのに??」

「マジか、若利……。」
重ね重ね失礼な連中だ。
俺が彼女に興味を持つのがそんなにおかしなことか?
いや、そんなはずはない。

だが、

「えーと……じゃあ、まずはもうちょっと自然に挨拶とか会話をできるようになることからですかねぇ。」
結局は頼りになるのがチームメイトだということも俺は知っている。

「会話か。」
なるほど、的確なアドバイスだ。

「しかし、及川と比べると随分口数が少ないからな。こちらから何か話しかけねば……。」

「って、いやいやいや、待て待て待て待てって、若利!」
どうしたものかと首を傾げたところで盛大な「待った」が入った。

「及川って……え?青城の及川?って、ええ?!あの子……!」

「はッ、そういえば及川さんって及川さんだわ!」
結局、俺と同じ反応か。
これでは先に聞いていたところで同じだったなと嘆息する。

「あの及川の妹だそうだ。」

「「うぇぇ───?!!」」
どうやら及川ゆいは兄の存在をあまり公にはしていないらしい。
皆、一様に驚いていた。

「確かに……言われてみれば似てる!かも?」

「いや、及川の妹だけあってかわいーわ。」
驚きついでにそんなことを抜かす相手を一睨みしてやると、

「って!別に狙ってねーから!な?!」
慌てた様子で首を振って、「けどさ」と口元を歪めて見せた。

「及川の妹って……いいのか?兄貴の方には随分嫌われてんじゃん。」
───確かにその通り。
先日も及川にはさんざんの言われようだった。

だが、そんなことに構ってはいられないだろう。

「問題ない。」
なぜなら、俺は自分の気持ちを既に自覚してしまっているからだ。

「……スゲーな、さすが超高校級……。」
部の連中はそれぞれに勝手なことを言っているが、もう後戻りなどできない。
前進あるのみだ。



そして、
会話───のチャンスは意外なところで訪れた。

試験前、部活が休みになって最初の日。
スポーツ特待生とはいえ学生、試験勉強は避けては通れない。
いつもなら部活に向かうその時間、俺は自習のために図書館へ向かった。

そこに……及川ゆいがいた。


「……座ってもいいか。」
他にも空いている席はあったが、この機会を逃すのはあまりに惜しい。

「え、あ……いいですけど、別に。」
同じく試験勉強をしているのだろう、机に向かって参考書を開いていた彼女の隣に腰を下ろす。
何か会話を……と思うが、いかんせんここは静寂が重んじられる図書館。
結局、俺も参考書を取り出して練習問題にかかることにした。

互いに無言の時がつづく。
しかし、沈黙は彼女によって破られた。


「ソコ。」

「ん?」
問題集の解答を記入していた俺のノートを覗き込んで、

「それ、間違ってる。あと、1コ前も。」

「な、に……そうか?」
白い指先がノートの文字をなぞる。

「……あ、ここも違う。」
次々とミスを指摘され、何とも形容しがたい気分になった。
気恥ずかしいような、しかしどこか嬉しいような───不思議な感じだ。


「……よくわかるな、まだ2年だろう。」
1つ年下だというのに3年の問題をスラスラ解いていく様子には素直に感心する。

「あー、私一応特進クラスだから。」
3年目は受験勉強が中心になる特進クラスでは、通常3年目で行う範囲も既に授業で取り組んでいるのだと彼女は言う。
納得して「そうか」と呟けば……彼女はノートを覗き込んでいた顔を上げて、しまったと顔を歪めてみせた。

「あっ、ごめんなさい!私、なんか……。」

「?」

「……ナマイキ言っちゃったかも、スミマセン。」
慌てた様子で姿勢を正す彼女に返した言葉。
それは、俺にしてみればごく自然なことだった。

「なぜ生意気なんだ?」

「え、だって……先輩の間違い探しとか……。」
そんな風に思う必要はまったくない。
少なくとも俺はそう思っている。

「別におかしなことではないだろう。優秀な者に学年など関係ない。」
強い者は強い。
優秀なものな優秀、それだけのこと。
学年などというものに捕らわれて事実を歪めようとするのは愚かなことだ。

「そ、うかな……?」
珍しいものでも見るような彼女の視線。

「ああ、俺はそう思う。」
だが、もしかすると少し───俺に関心を持ってもらえたのだろうか。


「よかったら他の問題も見てもらえないか?」
そう問いかければ、彼女は少し戸惑って……しかし頷いて微笑んでくれた。

その笑顔は───決して引きつってなどいない。
今度こそ、確かに彼女は笑っていた。


それから、試験期間を通して彼女と机を並べることになった。

白鳥沢の特進クラスは県内でもトップクラスの進学クラスだ。
そこに在籍しているというだけあって彼女は確かに優秀で、それでいて教え方も丁寧だった。

「勉強……キライ?」
尋ねられて、考えてみる。

「いや……嫌いというわけではないが、あまり時間がない。」

「そっかー。徹くんはいっつも勉強面倒くさいって言ってるけどね。早く大学行ってバレーだけしたいって。」

「アイツらしいな。」
間違いない、会話が成立している。
自然にやりとりがなされているという事実に、我ながら感慨を覚えた。

おそらく図書館に通った成果だろう。
1つのことを繰り返し行うということは、スポーツ以外でも非常に有効らしい。

「そうかな?」

「ああ、素直というか正直というか……そういうヤツだろう。」

「ある意味ね。」
彼女が返す笑いも───自然なものだった。

「牛島先輩も、大学でバレーやるんだよね。」

「ああ、そのつもりだ。」
胸の奥がドクリと鳴った気がした。

「有名選手だもんね。」
彼女の口唇が、俺を語る。
それが、たまらく───嬉しい。

「……知っているのか?」

「そりゃ知ってるでしょ。学校の中だって有名人だし、それに徹くんがさ……。」

「なんだ?」
言いかけて口を噤んだ彼女に問いかけると、

「……牛島先輩が乗ってる雑誌、ゴミ箱に放り投げてた。」
申し訳なさそうに眉を寄せて、そう言って返した。

「俺は……随分、嫌われているんだな。」
───及川に嫌われている。
それは十分に認識していたつもりだが、先日の態度といい随分と根は深いらしい。
思わず眉を寄せた。

しかし、

「キライってわけじゃないと思うよ。」
手にしていたシャープペンシルを置いて、彼女が俺を見る。

「徹くんてあーゆー性格だから、なんていうか……負けず嫌いを拗らせちゃっただけっていうか……とにかく、キライとはちょっと違うと思う。」

「そ、うか……。」
なぜだろう、胸が熱い。
誰に嫌われていようが、ましてライバル校の及川にどう思われていようが、本来はどうでもいいことだ。
そうわかっている。

しかし、彼女の口から聞く言葉が……どうにも嬉しく感じられる。
俺は、本当は及川に嫌われたくないのか?
───違う、やはり及川はどうでもいい。

彼女が、俺を気遣ってくれることが嬉しいのだ。
嬉しくて、暖かくて、たまらなく愛しい気持ちが沸き上がる。


改めて、確かめる。
間違いない、俺の気持ちは1つ。


及川ゆい。

俺は───おまえが好きだ。


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