□ハッピーレイン,ブルーサンシャイン 5
心臓の音が大きい。
こんなに緊張したのっていつ以来だろう。
ドクンドクンと周りに聞こえるんじゃないかってくらいに心臓が跳ねて、手のひらにじっとりと汗が浮かんだ。
最初に返ってくる科目は、数学。
ゆいさんに過去問をもらった科目だから、結構自信がある。
だけど、もしこれがダメだったら──
「次、五色。」
「ッハイ!」
勢いよく立ち上がった椅子が派手な音を立てて、クラスの中から笑いが起こる。
だけど、俺は笑えない。
先生のところに行く時だって、ただ歩くだけなのに足が絡まりそうなくらい緊張してた。
「やれば出来るじゃないか。」
「えっ!」
先生の言葉に、バッと全身の毛が逆立ったみたいな気分になって、
それから、
「や、やったああぁあ……!」
腰が抜けるんじゃないかって思った。
だって、すごい。
すごいビックリした。
「76」と書かれた赤い文字に、手が震えた。
それからの俺は、とにかくすごかった!
一番悪かった英語でも、64点!
もちろん赤点なんて一個もない。
すごいすごい、すごい!
こんなに点数が良かったのって、中学以来じゃ初めてだ。
嬉しくて、駆け出したくて、何よりも一番に知らせたかった相手──。
それは、もちろんゆいさんしかいない……!
早く放課後にならないかな。
いや、でもそれより前に廊下かどっかで会うかもしれない。
そう思うと一日中ソワソワして、移動教室やお昼休みはキョロキョロしすぎてクラスメイトに不審がられた。
結局ゆいさんには会えなかったけど、ついに部活の時間!
早く会いたくて早足で部室に転がり込んだら、
「工ー!待ってたよー、テストどうだった?」
早速、天童さんに捕まった。
「見てください!」
聞かれたって怖くない。
返ってきた答案用紙を部室に広げると、堂々たる数字がそこに並ぶ。
「おー、すごいじゃん!全部60点以上!」
「世界史は89点です!」
「げえ、俺よりいいじゃん。やるなあ、工。」
ぐしゃぐしゃと瀬見さんに頭を撫でられると、誇らしい気分になる。
「やればできるじゃねえか。」
先生と同じように言われて、なんだか自信がついた気分。
「ゆいさんにもらった過去問、すごいんですよ!」
嬉しくなってそう言うと、
「だけど後は自分でやったんだから、それってやればできるってことだろ。」
「そ、そうですかね……?!」
「そうダヨー、工!えらいえらい!」
天童さんも俺の頭を撫でて、先輩たちに揉みくちゃにされる。
すごい、俺!
こんな風に褒められるのって部活じゃ滅多にないし、すごい!とにかくすごい!
「それで、工。ゆいチャンにはもう報告したの?」
「う、あッ……まだです!今日、その……部活の時に、い、言おうと思ってて……。」
ゆいさんの名前を聞いた途端に恥ずかしくなってしまうのだから、やっぱり俺ってちょっと情けないかもしれない。
だけど、そんなのは今日でもう卒業!
ゆいさんにちゃんとお礼を言って、それで……それで、花火大会に誘うんだって決めてる。
そう考えたら、また緊張してきた。
うう、お腹痛くなってきたかも……。
「あー、五色さ。」
天童さんに肩を抱かれた俺の後ろから、川西さんの声。
「今日、三日月ちょっと遅れるとか言ってたぞ。クラスの用事。」
「え、あ……そうなんですか。」
ちょっとガッカリしたような、だけどホッとしたようなおかしな気分。
「でも、休みってワケじゃねえから。頑張れよ、五色!」
「えッ!ファッ、ハイッ……!」
えええ、これって川西さんにもバレてるってこと?!
そんなに俺ってわかりやすいのかな……?
「太一、まだ行かねーの。」
「あー、おう。今行くから待てよ、白布。」
だけど、白布さんには気づかれてないみたい。
いつもの通りの顔で、川西さんを誘って部活前の自主練に出て行く姿。
それを見送ってから、大きくため息をついた。
頑張るぞ、工!
今日は練習でもいいとこ見せて、きっとゆいさんに──!
それで、練習後。
コートを片付けて、モップがけ、ボールも拭いて用具室に仕舞った。
その間も、俺はゆいさんが気になって仕方ない。
「あ、あの……!ゆいさん、この後少しだけいいですかッ?!」
ゆいさんに声をかけた時はどうしようもないくらいカチコチで、声が少し震えてしまったけど、
「うん、いいよ。」
ゆいさんは笑って頷いてくれた。
部室に飛び込んで、大急ぎで着替えた。
だってジャージのままじゃちょっと格好つかないし、きっとビシッと決めるんだって思うから。
誰もいなくなった部室の前で待っていると、同じく制服に着替えたゆいさんがやってきて手を振った。
途端に跳ね上がる心臓、テスト返却の時と同じくらい、多分それ以上にバクバクいってる。
「ごめんね、待ったよね?」
「ッ、いえ!ぜ、全然大丈夫です!」
緊張する、すげー緊張する!
ゆいさんの顔が見れない、どうしよう……!
ダメだ、しっかりしろよって心の中で自分を叱咤する。
ゆいさんにテストの結果を報告するんだろ?!
それでお礼を言って、それから……花火見に行きましょうって誘うんだ。
ずっとそう思っていたのに、いざとなったらめちゃくちゃ緊張して、うう、吐きそう。
心臓ごと口から出ちゃったらどうしよう……!
だけど、ゆいさんは優しい。
「テストのこと、だよね。」
手に汗かいて黙りこくった俺に、そう言って笑いかけてくれた。
俺は、ゆいさんのこういうところが好きなんだ。
いつだって部員のことを隅々まで見てくれているところ、困っていたら手を差し伸べてくれるところ、ゆいさんがマネージャーで本当に良かったって思うし、だから、もしできるなら、もしも、もしも叶うなら……
「ゆいさん。俺、テストすごい頑張りました。」
元気だけが取り柄のくせに、肝心な時は声が出てこない。
もっと大きな声を出そうと思ったはずなのに、口から出てきたのはボソボソと小さな声でそんな自分にびっくりした。
「うん。実は川西くんから聞いたんだ。世界史89点、すごいじゃん!」
ふふふとゆいさんが笑って、その顔がまるで自分のことみたいに喜んでくれてるように見えて、すごくすごく嬉しい。
「あ、あの……全部、ゆいさんのおかげです。俺、ゆいさんがいなかったら多分赤点あったと思うし。」
「だけど、自分で頑張ったじゃん。私はちょっとサポートしただけ。五色くんはさ、やればできる人なんだよ。」
──やればできる。
先生に言われた、瀬見さんにも言ってもらった。
だけど、ゆいさんに言われるのがやっぱり一番嬉しい……!
「バレーもさ、いつも人一倍頑張ってるもんね。ミスだって減ってきたし、練習した分だけどんどん出来るようになっちゃうんだもん、五色くんのプレーって見てて気持ちいいよ。」
それに、そんな風に言われたら──気持ちが溢れて泣きたくなる。
「俺ッ……!」
今度は声がデカすぎた。
だけど、ダメだ。
もう自分がコントロールできない。
ゆいさんに伝えたい、ゆいさんにわかって欲しい。
俺はまだまだ未熟だけど、ゆいさんに応援してもらったら絶対もっと頑張れる!
それで、いつかゆいさんに相応しい男になりたい……!
だから、だから俺──
「俺ッ、ゆいさんがす、好きです!それでッ、こ、今度の花火大会……!一緒に行ってもらえませんか?!」
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