□ハッピーレイン,ブルーサンシャイン 3
自主練後の体育館で、ノートを拾った。
開いてすぐにわかる、「あいつ」のだ。
もっと字が綺麗なのかと思ったけど、案外雑でちょっと笑える。
だけど、丁寧に書き込まれた毎日のメニュー。
その日の出来事から選手の特徴まで、よくもまあこんなに書くことがあるなってくらい。
ノートの表紙にBの字がふってある。
三日月がうちの部にきてもう3ヶ月目、そういや最近は結構マネージャーらしくなってきたかも。
毎日やっていた「勉強会」も卒業したんだと、この前太一が言っていた。
インハイが終わって、チームのレギュラーが入れ替わったばかり。
瀬見さんに変わって任されたレギュラーに俺は定着したし、一年の五色が新しくスタメンに入っている。
その五色のことが、ノートにはよく書かれていた。
「……ちゃんと見てんじゃん。」
一人しかいない一年レギュラーへの気遣いとも取れるメモは、まるで五色の観察日記だ。
(あー、お見合いの回数まで書いてる。つーか、数多過ぎ。)
先輩への遠慮からか、レシーブに入り損なってお見合いすることが多い五色のミスを数えているらしい「正」の文字に思わず笑った。
今度ミスしたらこの数言ってどやしつけてやろうかななんて考えが浮かんで、だけどやっぱり感心する。
強豪校で野球部のマネージャーやってたってのは、それなりなんだななんて思ったりして。
その時だった。
「あ、白布くん!」
鉄製の扉から、顔をのぞかせた姿。
三日月だ。
「……おう。」
二人きりになんてなったことないから、顔を見るだけで少し戸惑う。
「ノート……あ、それそれ!見つけてくれたんだ、ありがとう。」
「別に、そこに落ちてたから拾っただけ。」
「そうなの?でも、よかったあ!なくなっちゃったらどうしようって思って。」
靴を脱いで体育館に上がってくる三日月を見てた。
「ほら。」
「うん、ありがと!」
だけど、近づいた途端、今度はまともに顔が見れなくなる。
なんで?
そんなの知らねーよ。
慣れてないから、それだけ。
「こんなの、明日探しにくればいいだろ。」
手持ちぶさたで、ついそう言った。
「うーん。そうかもだけど、やっぱ気になるし。それに今日、五色くん調子悪かったでしょ、もう一回ノート見直したくて。」
「あー、あいつな。」
なんとなく気にくわないって思ってた。
だけど、今はちょっと違う。
確かに役に立つようになったし、選手と同じくらい熱心だからまあ信頼置ける?ってヤツなのかもしれない。
でも、今更──
散々避けてきた俺を、三日月はどう思ってる?
「白布くんはどう思う?」
「どうって別に。」
「別にじゃ困るでしょ、先輩なんだから!」
って、なんだよ。
前言撤回、こいつは絶対俺のことなんとも思ってない。
遠慮とかオクユカシサとかそういうのがないヤツなんだ、今のでよくわかった。
「知らねーよ、そんなん。まあ遠慮とかしてんじゃねーの、一応一年だし。」
「遠慮……。」
「なんかおまえには通じなそうな言葉だな。」
話したことなんてほとんどなかったのに。
今までずっと苦手だったのに、自然に言葉が出てくるから不思議だ。
「えー、なにそれ!白布くんに言われたくないよ!」
「はあ?なんで俺と比べんだよ!」
「アハハ!」
三日月がこんな風に笑ってるなんて信じられない。
俺のこと苦手なはずって思ってたし、そう思われて当然だってわかってた。
だけど、違うんだなって思ったら、
「絶対、おまえの方が遠慮ないだろ。」
なんか可笑しくなってきた。
転校生の美少女なんかみんなの勝手な妄想で、こんなヤツ遠慮しらずのただの同級生。
そしたら急にラクになって、今度は普通に話せてた。
「てか、おまえどうやって来たの?もう暗いだろ。」
「あ、うん。とりあえず戻ってきたんだけど、帰りは駅までお母さんが迎えに来てくれるって。」
受け取ったノートをバッグに入れて、入れ替わりに取り出したスマホを確認する姿。
それがちょっとほっとけない気がした。
「じゃあ、駅まで送ってやるよ。」
「え、うそ!ジェントルメン!」
「……今ので送る気失せた。」
「ええっ!ヤダ、送ってよ!」
三日月が笑って、そしたら俺も笑ってた。
どうせ寮に戻るからって、ジャージで歩き出した夜道。
こんな風に三日月と話すのはもちろん初めてで、だけど今は普通に顔が見れた。
「つーかさ。おまえの字、汚いのな。」
「気にしてるのに!」
「だからわざわざ取りに来たんだろ」って言ったら、三日月はますますむくれて──不思議だよ、そんな三日月のことをちょっと可愛いって思ってしまう。
興味なんてなかったのにな、どうしてそんな風に思ったんだろう。
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