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■恋の叡智 4

明日から試験期間。


今日から部活も休みだってのに、「勉強しよう」は結局言えないまま。
当然だけど、他もなんにも言えてない。

手をつなぎたいとか出かけたいとか、
あー、キスしたいなんてもう一生言えねー気してきた。


スマホに表示された『駅まで帰ろう』のメッセージ。
『6限終わったら、教室まで迎えに行く』、そう返してからため息。

とりあえず、試験期間内に手をつなげるようになるのが目標。
一緒に勉強しようとかはもう手遅れな気するし、次回の試験期間の目標ってことにしよう。
自分に言い聞かせて、6限の移動教室に向かうことにした。



毒にも薬にもならない授業は、悶々と考え事をしてるうちにいつの間にか終わってた。

試験は面倒くさいけど、一緒に帰れるのって悪くないじゃん。
そう思うのに、なんでか気持ちが沈んでしまうのを止められない。

それがどうしてなのか、自分でもわからないから困る。
付き合えるだけで嬉しかったはずなのに、いつの間にか悩みができて──それは毎日大きくなるばかり。

何が変わったわけじゃない。
三日月は俺の彼女で、今日の昼休みだって一緒にいて笑ってくれた。
それなのに……。


「あのッ!」
ぐるぐると同じところをまわりはじめた思考が中断されたのは、予期せぬ方角から声をかけられたせい。

「佐久早先輩、少しお話いいですか……?!」
教室に戻る少し手前、廊下の隅に頬を赤くしたその子は立っていた。

面倒くせえなっていうのが第一印象。
で、やっぱり面倒くせえってのが第二印象。
つまり、面倒でしかないってこと。

聞かなくたって内容くらいわかる。
俺なんかに告白してこようとかどうかしてるって思うけど、実際こういうことってたまにはある。

「あー、うん。あんま時間ないから手短にしてくれる。」
いつだったかあまりに面倒で無視して通り過ぎようとして、古森に怒られた。
「正直面倒なんだけど」って本当のことを言った時も、古森に怒られた。

だから、それ以来、一応は話を聞くようにしてる。


「えっと、あの!」
早く言えよって思う。
今日は三日月と帰るんだし、余計なことに時間なんか取られたくない。

「あの……!」
ああ、面倒くせえ。
やっぱり面倒くせえ。

「……悪いんだけどさ、まとまってないなら後にしてくれない。」

息を吸った。

「彼女と一緒に帰る約束してるから、あんま時間ないんだよね。」

赤かった女の子の顔がますます真っ赤になって、二つの瞳が大きく見開かれた。
あ、なんか「彼女いる」って言葉にするのって気持ちいいかもしんない。
そう思ったら、ちょっと口元が笑ってしまった。


「じゃあね。」
ほんの少しだけど、気分は回復。
三日月と付き合ってるんだって口に出したら、それだけで嬉しい気がするから不思議だ。


──だけど、これは間違い。
俺の大きな間違い。

教室に戻った頃には半分以上が帰ってしまっていて、さすがに試験期間だとみんなはえーなって感心しながらバッグに教科書を詰め込んだ。
気分は、まだちょっと良かったと思う。


「三日月。」

「あ、」

「帰ろう。」
すぐに向かった三日月の教室も同じような感じで、もう閑散としてる。
その奥、窓際の席に三日月は腰掛けていた。

俺の声に顔を上げて、それから立ち上がる仕草。
それが普段と違う気がして、なんとなく胸がザワザワする。

昼休みとか前に一緒に帰った時とか、こんな感じだったっけ。

「ごめん、待ってた?」

「……ううん。大丈夫。」
ほら、やっぱり違う。
気のせいなんかじゃない。

いつもなら俺に向けてくれる笑顔が、今日はない。
曖昧に歪む口唇はどこかぎこちなくて、視線はすぐにそらされた。


「つーか、あつ。」

「そうだね。」

「明日、何からだっけ?」

「えっと、現国が1限目。」

「あー。」

それで、

「……。」
短い会話の後、訪れた沈黙。

やっぱりヘンだ。
こんなのヘン、絶対おかしい。

何か話さなきゃって思うけど、いつも積極的に話してくれる三日月に黙られてしまうと、途端に会話のきっかけがつかめなくなる。


「今回、範囲広いよね。」

「……うん。」
三日月が聞き返してくれるけど、ぎこちなさは消えない。
会話が空回りしてる、そんな感じ。

いつも感じてる居心地の良さは少しもなくなって、気まずい、気持ち悪い、つーか胃が痛いんだけど、なんで……。


「三日月、何かあった?」

自分の言葉にはっとなる。
考えもせずに口に出してしまった不用意な言葉。

心の中に渦巻いていた疑問。
それが何の脈絡もなく飛び出してしまったことに、言ってしまってから焦る。

「……ううん、何もないよ。」
ああ、ホラやっぱりな。
今のはいけなかった、絶対聞き方がまずかった。
戸惑うような表情を見せてから俯いてしまった三日月に、俺は何も言えなくなる。

「そう。」

「うん、大丈夫。」
今日二回目の「大丈夫」は、きっと大丈夫じゃない。
そう思うのに、やっぱり次が出てこない。

それきり、二人してロクに中身もない会話をポツポツとして駅へと向かう。
ほんの20分弱の道のり、着いてしまえばお互い別々の電車に乗って家に帰るだけ。

「じゃあね、明日から頑張ろうね。」
そう言って、三日月が手を振った。

俺は何も言えないままで、地下鉄の階段を降りていく三日月の背中を見送る。


ずっと気になって、だけど見てるだけだった頃、付き合えるだけで幸せだって思えた瞬間、毎日増えていく悩み、自分の気持ちに足を取られて前に進めなくなって──。

三日月の気持ちがわからない、自分の気持ちも伝えてない。
どうしたらいい?なんて言ったらいい?
わかんない、全然わかんねーし、気持ち悪い。

楽しい気持ちを不安が覆っていく。


だけど、

俺、三日月が居なくなるのだけは絶対にイヤだ……!


そう思ったら、地下へと続く階段を駆け下りていた。


「三日月!三日月、待って……!」
走ったらあっという間に追いつく背中。
抱きしめたくて、だけどできなくて、三日月の手をとっさに掴んだ。

「三日月、俺なにかした?したよね?だって、俺……いつも古森にさ、”おまえ無神経過ぎるんだよ”とか言われて、それで……だけど……。」
大きく目を見開いた瞳に、怯みそうになる。

だけど、言わなくちゃ。
だって今言わなかったら、明日はもっと言えない。


「だけど俺、三日月に嫌われるのだけは本当無理、絶対イヤだ……!」

絶対無理、そんなことになったらもー死ぬ。
お願いだよ、三日月。

「俺にむかついてるんなら、それ教えて。」


──Ask, and it will be given to you.

「むかついてなんてないよ……そういうんじゃなくて、だけど。」

手を伸ばせばほら──ちゃんと届く。
手遅れなんかじゃない。


「ごめん、なんか……最近色々考えてて、さっきも……見ちゃったんだ。」
ぎゅう、と俺の手を握り返す細い指先。

「一年生の子に告白されてたでしょ。ああ、モテるんだなあって思ったら、なんか危機感ていうか、もしかしていつかダメになっちゃうのかなとか。」

「なんだよ、それ……。」

だって、そうだ。
三日月だって前に告られてたって古森から聞いてるし、それに不安なのなんか絶対俺の方。
うまく喋れなくて、伝えたいことの半分も言えなくて、ぶっちゃけ彼氏ってどうしたらいいのかとかよくわかんねーし──。

だけど、言いたいのはそんなことじゃない。


「そんなこと絶対ない、俺が三日月を離さない、離れたいって言っても離さない!俺……めちゃくちゃ三日月が好きなんだよ……!」

好きだから、欲しくなる。
だけど、好きだから不安になる。

繰り返して、何度も繰り返して、行き先も見えなくなってまるで迷子みたい。

それって、三日月も一緒?


「なにそれ、すごい嬉しい。」

伝えたくてじっと見つめた視界の中で、三日月の口唇がそっと緩んだ。


「嬉しい?」

「うん、嬉しい。」

「本当に?」

「ほんと。」

それでやっとほっとして、それから少し調子に乗った。


「俺さ、今みたいにずっと手つないでたいとか、もっとくっつきたいとか、試験勉強一緒にしたかったとか、名字で呼ぶのもう止めて欲しいとか、ぶっちゃけキスしたいとか色々考えてるけど、それでも……。」
それでも、本当に嬉しいって思ってくれる?


「うん。嬉しいよ、聖臣くん。」

「ッ、」

「今言うのは反則だろ」って言ったら、三日月が笑った。
ようやく見れた笑顔にほっとする。

ほっとして、スゲー嬉しくて、ああやっぱり好きだなって思ったら、やたらに胸が締め付けられた。
こういう気持ちって、はじめて。

そう、
三日月と出会ってから、俺の毎日ははじめてのことばかり。


「……あ、あのさ、ゆい。」

ずっと呼びたかった名前で、呼んでみる。
まっすぐに見返してくれる笑顔に背中を押されて。

「俺のこと、好きになってくれた?」

「うん。」

「じゃあさ、もう不安になんてならないで。もし心配なことがあったら、俺に言って。」

「うん。」

「俺もさ、ちゃんと話すよ。言いたいこと、全部言う。それでいい?」

「うん。」

怖いなって、正直思うよ。

今までの自分と全然違う自分、臆病で欲張りで、浮かれたり沈んだりアホみたいに行ったり来たり。
そういうの、やっぱり怖い。

だけど、ちゃんと手をつなげば──


「ごめんね。」

「俺もごめん。」

迷い道だって、二人一緒。
それなら、少しは怖くない。

この先に何があるかなんて知らない。
だけど、きっと行けばわかるはず。

ゆいと一緒なら、どんな世界だって見てみたい。
そんな気がする。


「じゃあさ、今日これから一緒に勉強しない?」

「うん、そうしよ。」

「うちに来る?」って聞かれて緊張して、「誰もいないから気つかわないで」って言われて、またへんなスイッチが入ったかもしんない。

ダメだな、俺。
こんなのしばらく落ち着きそうにない。

諦めてしまえば、なんだか笑える気がしてきた。


「なんで笑ってるの?」

「ヒミツ。」

「えー、なんでも言うって言ったじゃん。」

「んー。じゃあ、ヒントあげよっか。」

本当のこと、教えるべきか教えざるべきか。
すごく迷うけど、ゆいはかまわずに笑って、


「大好き。」

そう言ってくれたから、またあったかい気持ちになるんだ。
とりあえず、キスくらいはできそうだしね。


面倒なことは大嫌い。
無理なんてしたくない。

だけど、いいよ。

ちょっとくらい複雑だって、面倒なんて思わない。
無理したってかまわない。


ゆいとなら、いいよ。


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