□addicted to you 6
「挨拶とか、ないの。」
駅前のチェーン店で買ったコーヒーをテーブルに置いた。
1限終わりの学食、多分ゆいはそこにいるだろうって思った。
「……おはよう。」
一瞬驚いた顔をしてから、ゆいは言われた通りに挨拶を返した。
「ゆいさあ、次って3限?」
ゆいの時間割ならとっくに把握してる。
午前中で授業は終わりで、午後からは多分バイト。
「……うん。」
だけど、わざと聞いた。
俺にだって、心の準備くらい必要だから。
「聖臣、」
ゆいの視線が俺を見上げる。
そういう目で見られるとひるみそうになるから止めて欲しい。
俺は慎重なんだ。
だから、ずっと言わなかった。
今だって、本当は言いたくなんかない。
だけど仕方ないから、だから言わなきゃいけないだけ。
スポーツなんかやってるとさ、決断するのには意外と慣れるもの。
「頭、大丈夫なの。」
やけに深刻な顔をしてゆいが聞くから、思わず笑った。
「ッはは!なにそれ。俺の頭がおかしいって意味?」
「そうじゃなくて。昨日、頭打ったじゃん。」
そんなことわかってる、ただゆいの言い方が面白かっただけだよ。
「うん、別になんでもねーって。俺、案外丈夫みたい。」
「まあ、見た感じ丈夫そうではあるけどね。」
ゆいの顔から困った感じは消えてないけど、そうやって軽口を叩いてもらうとやっぱり安心する。
ずっとそうだったから。
俺の隣にはゆいがいて、そうやって冗談言って、下らないことで笑って、失恋して泣いたりしてもさ、結局「聖臣聞いて」ってそういう感じ。
「俺さ、」
椅子を引いて、ゆいの隣に腰掛けた。
「昨日、変なこと言ったよね。それ、謝る。」
「あ、私も……!」
「出てけなんて言ってごめん。」
ゆいが言いかけるけど、それを俺は言わせなかった。
だって、聞いて欲しい。
誤魔化しはもうやめ。
逃げないし、曖昧にもなかったことにもしない。
だからゆいもさ、覚悟決めてよ。
「だけど、他のことは全部本当。俺の本心だから。」
「……き、よおみ。」
俺はゆいを困らせてるんだろう。
困らせて、悩ませて、きっとイヤな思いだって沢山させるんだろうな。
でも、言いたい。
だからごめん、先に謝っとく。
「ずっとゆいが好きだった。」
「……うそ。」
そんなこと言うなよな、ひでえの。
だけど、言われるかなって思ってた。
それくらい上手に、隠してきたつもり。
「嘘じゃないし。」
「だって、いつから……。」
「そんなの覚えてない、初めて会った時からかもしれないし、小学生くらいかもしれないし、もしかしたら3歳とかかも。」
「そ、んなの。」
「気づいてなくて普通だよ、言ってねーもん。」
飲み込んだ茶色い液体。
苦いんだっけ?甘いんだっけ?
まるで味がしないくらいには、俺も緊張してるみたいだ。
情けないけどね。
「ゆい、俺のことなんて見てねーし。だから今は仕方ないかもしれないけど、でもずっと傍にいたら、いつかまた”聖臣ー”って泣きついてきた時にはさ、俺がおまえのこと貰ってやれるんじゃないかって。」
いつか結婚すると思ってたんだって、だから本当に。
「言、ってよ。そういうのさ、言われないとわかんないじゃん……。」
「言ったらゆいどうしたの?俺と付き合ってくれた?だけどさ、ガキの恋愛なんかじゃいつ別れるかわかんないよね。」
付き合いたくなかったわけじゃない。
ゆいの初めての彼氏に嫉妬したし、こいつとキスしてんのかなとか、まして多分セックスした相手とか、どうしてやろうかってマジで許せない。
だけど、実際そんなやつらはゆいの前からいなくなってるし、だから──いつか俺の元に帰ってくるってやっぱり思える。
思えてた、若利くんが現れる前までは。
「そういうのって、」
「何、こわい?」
「や、それは別に。」
だよねって思う。
ゆいは俺のこと、怖がったりしない。
他のやつらだったらウダウダ言いそうなことも、なんにも言わない。
合うとか合わないとか、いいとか悪いとか、ありとかなしとか、そんなの関係ない。
当たり前にそこにいて、当たり前に感じ合える相手、それがゆいだってこと。
だけどそれだって、俺が結構頑張ったからなんだってこと、ゆいは気づいてる?
「若利くんのこと、好きなの?」
昨日だったら絶対聞けてないことも、今は聞けた。
勇気──なんてダサいけど、言わなきゃって思ったらなんだってできる気がして。
「どう、かな。」
「なんだよ、それ。試合見に来てたじゃん。」
「来てって言われたし。」
「でも、二人で会ったりしてるんだろ。」
「……聖臣は私にどうして欲しいの。」
「ッ、」
そうやって論点を変えるのって、ずるい。
スゲーずるい。
だけど、そう。
それが核心。
遠回りしたって、いずれは避けて通れない。
こんなところで言うはずじゃなかった。
俺の予定では、ゆいは30くらいでまた男と別れてさ、「だったら俺にしたら」って言うつもりだったんだ。
その頃の俺は今より大人で、きっとゆいを受け止める余裕もあって、そしたらちゃんと幸せにできるはずって思ってた。
幸せにしたいんだよ、ゆいのこと。
過去のつまんない男じゃなくてさ、こんなガキくさい俺でもなくて、ちゃんと大人になってゆいのこと幸せにしたい。
だけど、もう逃げられない。
「俺以外のこと、もう見ないで。」
だから、今から全力で頑張るよ。
昔よりはさ、少しは成長してるつもりだし、我慢とか努力とかそういうのもやってみる。
だから、俺にしてよ。
「ゆいが好き、ずっと好き。今までもこれからもゆい以外なんて俺は考えられない。」
ねえ、だから──ゆいも俺にしてよ。
若利くんじゃなくて、他の男でもなくて。
俺だけ見て、俺だけのものになって、俺のことだけずっと愛して。
そしたらもう、何もいらない。
ゆいがいれば、何もいらないから。
頼むよ、ゆい。
俺のことしか、もう好きにならないで──。
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