□addicted to you 5
佐久早聖臣は、優秀な男だ。
確かに気分にムラがある。
神経が細やかで小さな事まで気にはするが、それは彼なりのルーティンのようなものらしい。
恵まれた体格、鍛え上げられた肉体。
練習を重ねて研ぎ澄まされた技と精神。
普段の佐久早はやや繊細な男だが、試合中は大胆不敵な選手だ。
その佐久早が、試合中に負傷した。
様子がおかしいと気づいたのは、練習試合の2セット目。
平素の彼らしからぬ集中力を欠く動作は、1セット目とは別人のようで。
緩慢な動きにチームメイトが声をかけ、敵方の俺たちは当然そこを狙って打ち込んだ。
その中の一つ、俺が放ったスパイクは──佐久早の腕で弾かれてその顔面を直撃した。
すぐに起き上がれない佐久早に、チームメイトだけでなく俺たちも反対のコートから駆けつけた。
虚ろな視線が俺を見た、そんな気がした。
そして、それが気のせいではなかったことを、俺は今知ることになった。
佐久早の運び込まれた医務室を訪ねた試合後、声をかけようとして足を止めたのは見知った姿が部屋の中にあったからだ。
「病院、行った方がいいって。」
「別にいい。」
開かれた扉の前で立ち止まると、佐久早のチームメイトである古森の声が聞こえてくる。
「いつもならソッコー病院行くじゃん、どうしたの。」
「……別に。」
「別に別にって、それじゃ困るよ。佐久早、どうしたんだよ。」
そんなやりとりを聞いていた。
「試合、どうなったの。」
それでも試合結果を気にするのは、やはり佐久早らしいと思わずにいられない。
「……負けたよ。でもいいじゃん、練習試合だし、仕方ないよ。」
「俺のせい?」
「そういうんじゃないって。」
それから沈黙があった。
「ていうかさ、」
理由もわからないままで、背筋が妙に緊張した。
古森と一緒にいた人影が、俺の知る人のものだったから。
「なんでゆいがいるの。」
佐久早が名前を呼んだのは、間違いなく彼女で、
「何それ。」
どこか不満げな彼女の声を、俺は息を詰めて聞いていた。
「俺に用事なんかないだろ、なんでいるの。」
「聖臣。」
と、佐久早の名前を彼女が呼んだ。
考えてみれば同じ大学、知り合いだっておかしくない。
だが、きっとこの状況を考えれば、二人の関係はもっと親しいものなのだろう。
「試合終わったんだしさ、さっさと若利くんとこ行けば?」
「ッ、」
息をのむ気配に、ぐっと握った拳に力が入る。
「何それ、どういう意味……。」
「そのまんまの意味だよ。ゆいの見合い相手って若利くんなんだろ、わかっちゃったよ。お似合いじゃん、よかったね。」
「おい、佐久早!」
戸惑う彼女の声も窘める古森の声も、佐久早には届かないらしい。
「俺の試合を見に来たことなんかないくせに、若利くんのなら見にくるんだ。へー、そうって感じ。バカバカしいよな、いつだってそうだ。ゆいは俺のことなんかどうでもよくって他の男とくっついたり離れたりでさ。」
「言ってる意味わかんないよ。聖臣がなんで、私のことに口出すわけ?」
彼女だって、言いたくて言ったわけではないだろう。
けれど、それは厳しすぎる言葉だと俺は思った。
痛いほどに理解する。
この話を聞いて、佐久早の気持ちがわからないほど俺だって鈍くはない。
「……もういい、出てけよ。」
「きよ、」
「出てけって、俺は病院行くから。古森、タクシー呼んで。」
立ち去るべきかと考えて、けれどまるで足が床に張り付いたようで動けない。
きゅ、と床を歩く靴音がした。
「!」
牛島さん、と告げた彼女の声はほとんど消えそうなもので。
それが驚きからなのか、佐久早に気をつかったものなのかはわからなかった。
無言で、俺たちは歩いた。
廊下を歩いて、校舎を出て、もう医務室に声など届かないとわかっているのに、どちらも声を発しなかった。
考えて、考えて考えて、それで、俺が得た答え。
軽率に口に出すのは憚られる。
けれど、今話さなければ、彼女に告げる機会は永遠に来ないような気がした。
「佐久早は、おまえのことが好きなんだな。」
「えっ、」
弾かれたように顔を上げて、揺れる眼差しが俺を見る。
「すまん、聞いていた。医務室の……あれは、佐早久がおまえのことを好きだという意味だろう。」
「わからない」と呟いて顔を伏せる様子は、俺の知るいつもの彼女とはまるで違っていた。
幼なじみなんだと彼女は言って、それから戸惑うように口にした。
「子どもの頃からずっと一緒で、そういう感じになったことなんてないし。それに聖臣にだって彼女はいたし、どうしてあんなこと……やっぱりわかんない。」
彼女が言うのなら、きっとそうなのだろう。
長い年月の中で、佐久早と彼女がどんな時間を重ねてきたのか、彼女と知り合ったばかりの俺にははかりようもない。
けれど、はっきりとわかっていることもある。
佐久早は、三日月ゆいに好意を抱いている。
「佐久早は、いい男だ。」
高校時代から付き合いがあるから、俺だってあいつのことはある程度知っている。
「純粋でまっすぐで、確かにわかりづらい部分もあるが同じくらい尊敬できる部分もある。」
思うままに告げた。
「だから一度、ちゃんと考えてみてやって欲しい。」
「え……。」
驚きに見開かれた彼女の瞳を、俺はまっすぐに見返した。
「佐久早の気持ちに、向き合ってやって欲しい。」
「だが」、と改めて見つめた視線が、戸惑いに揺れている。
俺は、酷なことをしているのだろうか。
自分で選べなどと、もしかしたら思いやりのある行動ではないのかもしれない。
黙って俺を信じてくれと、言えたならよかったのかもしれない。
それでも、これが俺のやり方。
「だが、俺もおまえを諦めるつもりはない。」
自分の気持ちなら、もうわかっている。
誰がなんと言おうと、どんな障害があろうとも、俺はおまえが欲しい。
「よく考えて、それで俺を選んでほしい。きっと大事にすると約束する。」
俺を選んでくれ。
俺のものになってくれ。
いつだって守ると誓う、どんな時でも変わらず愛すると誓う。
だから、俺の手を取ってくれ。
「好きだ、ゆい。」
初めて会ったあの日から、俺はずっと好きだった。
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