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□addicted to you 2

ピンク色の振り袖に、若草色の帯が眩しい。
写真よりも美人だなと思ったのが、第一印象だった。


母親が見合いの話を持ってきたのは、春先のことだった。
東北の実家からの珍しい電話に何事かと思ったが、聞いてみれば「お見合いが決まったわよ」と母。

「早すぎる」とは、即座に言った。
今年22歳、まだ学生の身分の俺には、過ぎた話だ。

就職先は企業の実業団に決まっていて、ナショナルチームからの招集もかかった。
バレーだってここからというところで、正直結婚など考える余裕がない。


『だから、でしょう。』
とは、母の弁。

『来年になれば、社会人。身の回りのことだってキチンとしなければいけないし、ますます忙しくなるのよ。』
学生とは違うのだから一人の人間として自立を、と母は言う。
それくらいはわかっていると言おうとして、母に先を越された。

『あなたのことだから、バレーバレーで生活が疎かになるに決まってます。そんな風にしてたら25だって30だってあっという間ですからね。』

別に結婚を決める必要はない、とりあえずは会うだけでいい。
最終的には、その言葉に折れた。

聞けば、相手も学生。
お互い結婚などまだ考えているはずもない年齢だし、だとしたら本当に「会うだけ」で済むだろう。
そう判断した。

母は旧家の跡取り娘で、祖父の代から日本各地に不動産を保有し、それを所得としている。
自分の生活がその財産のおかげで成り立っていることは承知しているし、だとすれば見合いの一つくらいむしろ義務の範囲かもしれない。

とにかく会うだけ。
それで、いい。


けれど、実際に彼女を目の前にした時──俺の気持ちは少しばかり変化を生じさせていた。


「ええと、」

二人残されたホテルのレストラン。
彼女は気まずそうに、首をかしげてこちらを見た。

結婚式でもよく使用されるらしいそのホテルは、中央に広い日本庭園を有している。
おそらくマニュアル通りなら「少し散歩でも」となるのかもしれない。
だが、俺も面はゆい。

何も言えずに、ただ彼女を凝視する形になった。


「あの、」
そこで俯くような女でないことは、実際救いだった。

「……ここめっちゃ肩こるし、ラウンジでお茶とか、それか散歩とかしません?」

「ああ。」
ほっと息をする。
少しの戸惑いを残した彼女の笑顔に、助けられた気がした。

「お茶は十分飲んだし、中庭でも見てみるか。」

「あ、うん。そうしよ。」
今度こそはっきりと笑顔に変わった彼女に、胸が跳ねる。
畏まった着物姿から覗く等身大の素顔、それを知りたいと思った。


「うわ、ザお見合い。ザ結婚式。」
青葉の茂る庭園を歩きながら、彼女が言う。

「それもそうだな。」
そんな言い方が可笑しくて笑みをもらせば、ほっとした様子で俺の顔をのぞき込む姿。

「なんかよかった。」

「ん?」
その言い方にドキリとなって、

「や、思ったより全然普通の人で良かったなって。」
なんだそうかと少しばかり残念に思ってしまうから、そんな自分に困った。

「どんな男だと思ってたんだ?」
だが、そんな会話が楽しい。


「えー、オジサンとかオタク青年とか?写真見てなかったし。」

「俺は写真を見たぞ。」

「ええ、恥ずかしい。」

「水色の着物だった。」

なんの目的があるわけでないから、ゆっくりと庭園の中を歩く。
美しい庭園であったが、次第にそれも目に入らなくなっていく気がした。

「それ、成人式のやつ。着物なんて本当、成人式以来。」

「俺もスーツは就職活動以来だな。」

「最近じゃん。」
笑う顔がいい。
取り繕った様子のない、はじける笑顔。
親同士に引き合わされたレストランの中で見るよりも、今の彼女はずっと眩しく見えた。


「シューカツ、大変だった?」

「いや、実はスポーツ推薦で殆ど決まっていたんだ。」

「えー、すごい!プロとか?!」
途端に目を丸くする様子が嬉しくて、つい饒舌になる。

「いや、実業団だ。バレーボールをやっているんだ。」

「へえ、バレー!」
そういえば背が高いですもんねと自分と俺を見比べて、

「私の幼なじみもバレーやってるんですよ。牛島さんはポジションは?」

「ウィングスパイカーだ。」

「そうなんだ!確かに似合ってる。」

そんな風に興味をもってくれるのも嬉しかったし、バレーの話となれば自然会話は弾んだ。


「あ、じゃあもうすぐインカレだ。」

「もちろん出場する。今年は激戦だな。」

たかが見合いだ、そう思っていた。
親に指示された通りに顔合わせをして、後は時間が過ぎるのを待てばいい。
それで相手が断るのを待って、もし断られなければこちらから申し出るしかない。

そう思っていたのに──もっと話していたいと、今は思っている。


「優勝候補でしょ。」

「よく知っているな。」

「うちの大学もバレー割と頑張ってるから。」

「ああ、そういえば……。」

彼女の通う大学に、よく知っている選手がいる。
そう言おうと思った時。


「あ、ママから。」
慣れない様子で手にしたバッグを開けて、取り出したスマートフォン。

「もー余計なお世話!”なかなかいい雰囲気なんじゃないの”だって。」
母親からメールが届いたと彼女は苦笑い、それから俺を見た。

「でも、確かに牛島さんて格好いいな。」


そんな風に言われなくてもきっと、俺は同じことを告げたと思う。
彼女に惹かれている、はっきりとそう感じていたから。


「もしよければ、」

見開かれた瞳、もっと色んな表情の彼女を見たいと思った。


「もしよければ、また会ってもらえないか。」

「あ、えっと……。」
すぐにイエスと言われないことに少しばかり落胆して、けれど絶対に逃したくないと思った。


「見合い相手だと思わなくていい。お互い学生として、普通に話せたらそれで。」
それで構わないと見つめた視線の中で、彼女が表情を変える。

驚いて、それから戸惑って、けれど最後に向けられたのははにかむ笑顔だった。


「私からも、お願いします。」

浮き足だった気分になって、その日の行きと帰りとでは足取りがまるで違った。

家とか親とか見合いとか、そんなことはどうでもいい。
ただ彼女に会いたい、会ってもっと知りたい。


そして、知り合えばきっと──


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