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□addicted to you 1

いつか結婚するんだって思ってた。
これ、マジな話。



「それで見合いだけでもとか言うの、びっくりでしょ。」

「……なんだよ、それ。」

大学3年の春。
講義はいよいよ暇になって、ゆいは前にも増して伸び伸びって感じで夜遊びに精を出してる。
そんな中だった。

『聖臣、USビルって知ってる?』

そんなことをゆいが言い出したのは昼休みの学食、二人でプレートを並べて食事を始めた時だった。

同じ大学、学部だけ別。
俺は部活、ゆいはバイトと夜遊び、前よりは少し遠い距離だけど大学生だから自由な時間はたくさんある。

家が近所で幼稚園から小学校、中高一緒。
これ以上ないくらい幼なじみなゆいだが、俺はマジで思ってた。

いつかゆいと結婚するんだろうって。


「そんな厳しいなんて知らなかったな、パパ経営の才覚ないのかもね。」
ペットボトルの水を飲みながら言う、ゆいの口調はいたって暢気なもの。
だから、すぐには実感がわかなかった。

「だけど、今どきお見合いとかさあ。」
二度目に聞いたフレーズで、ようやく意味を理解する。

見合い──ゆいが結婚するかもしれない?
いや、冗談だろ。


ゆいの生家は、都内でレストランチェーンを経営している。
まあそこそこ裕福な、ゆいもお嬢さまってヤツになるのかな。

創業者で辣腕で知られた祖父が数年前に他界、後を継いだゆいの父親は相続税の支払いのために会社の株式を銀行に担保に入れた。
が、代替わり以降の経営は斜陽気味。
銀行から融資の返済を求められて困っているらしいというのがゆいの話だ。


「ていうか、私にそんな何億とかの価値あると思う?ないよね。」

行き詰まった父親に手を差し伸べてくれたのが、昔から懇意にしている「USビル」とやらのオーナーで、地方本社ながら東京一円と地方の主要都市に多数のビルを所有する大金持ちらしい。

「都内のビルのテナント料下げて、おまけに地方進出プランの後押しとか、そんなん娘とお見合いするだけで美味しい話すぎるし。」

古い知り合いらしいそのビルオーナーは、ゆいの父親に事業の再生プランを提示。
全面協力を申し出てくれたと同時、「そういえば、お嬢さんがいらっしゃいますよね」とかなんとか。

「一度パーティーでお見かけしたけどとてもお綺麗な方でしたね。え?今は有名大学の学生さん?それはそれは、もしよろしければウチの息子と……」なんて、そんな話って今どきあるもんなわけ?

「……ないだろ。」

「でしょ、ただの女子大生にさあ。」
俺の言葉を自分への返事と取ったらしいゆいが、大きく頷いた。

「だから、絶対その息子ってキモイおっさんとかだと思ったんだよね。」

「まあ、そうなるよな。」
少し会話がズレたけど、気にしない。
そんなことはゆいと俺にはしょっちゅうで、周りに言わせれば「なんで一緒にいるの」ってことらしいけど、そんなのどうでもいい。
合うとか合わないとか、いいとか悪いとか、そんな関係じゃない。

「だけど、私より一つ年上なんだって。同じ大学生、東京の。」

「へえ。」
おっさんだろうが大学生だろうか、関係ない。
そんなの阻止するに決まってるし、第一ゆいが受けるはずがない。

高校の頃から目立っていたゆいだけど、大学に入ってからはよく遊んでる分さらに垢抜けて、とてもじゃないけど「見合いで結婚」なんて親の敷いたレールに乗っかるタイプじゃない。

だから、大丈夫。
大丈夫だって思ったし、言い聞かせた。

だって、そうだろ。
ゆいと結婚するのは俺、そう決まってるんだから。


「相手の人いわくね、”うちの息子は一つのことばかり熱心で、他はどうでもいいっていうタイプなの”とかでさ、”このままじゃあ、しっかりしたお嫁さんを見つけるなんてとてもとても”とかなんだって。」
半分ほどに減ったハヤシライスのスプーンを置いて、またミネラルウォーターを一口。

「多分オタクだよね。好きなことだけ熱心で女っ気なし、親が金持ちとかさ、絶対オタクだと思うわ。」

「知らねーよ、そんなん。」

ゆいの想像力の逞しさは、ちょっと笑える。
そういうの何か他のことに活かせばいいんじゃないって思うけど、とりあえず今は置いとくことにする。


「写真とか見てねーの。」

「ない。ていうか、興味ないし。」
その一言にほっとする。

ほらな、やっぱりゆいは興味ないんだって。
箱入り娘のお嬢さまなんかじゃない、こいつはもっと喧しくて落ち着きのない女なんだって。
結婚なんて絶対向かないだろ、実際彼氏が出来たって長続きした試しがない。

だから、俺が貰ってやるの。
しょうがねえなって、30くらいでさ。

ずっとそう思ってたし、そう決めてる。


「それで、会うの?そのオタク学生とさ。」

だから、昼休みが終わるころには、俺はもう安心しきっていた。
ゆいが、見合い相手とどうこうなるなんてあり得ない。

こんなことは通過点に過ぎない。
ゆいと付き合っては別れていった他の男と一緒、みーんなゆいの前から消える運命なんだよ。

ゆいには俺しかいない。
だって、ずっと傍にいた。
ありとかなしとか、恋人とか友だちとか、そんな関係じゃない。

俺たちが一緒にいるのは必然で、これから先もずっと変わらない。
ゴールなんて、昔から決まってる。


「一応。てか、ママが会うだけ会いなさいって。」

「ふぅん。」

ゆいも俺も、この話にはどこか他人事で。
その日はそれきりで終わった。


だから、知らなかった。
ゆいのお見合い相手がさ、俺のよく知ってる相手だったなんて──。


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