×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
■MESSAGE

「ビックリしたわあ。」


台所でティーカップを並べる私の横で言った母に、言って返す。

「ちょっとイケメン過ぎるよね。」
ちらりと覗いた畳敷きの居間では、祖母の目線に身を屈めた彼が笑顔で自己紹介をしているところ。

「そうじゃなくて、」
とは、母の意見。

「あんたワガママだから一体どんな人なら貰ってくれるのかって思ったけど、いい人そうじゃない。」

「ええっ、そっち?」
笑うけど、その意見には確かに同意。


「うん、すごくいい人だよ。」

自信をもって言える、私の自慢の恋人。

張り切って客間を掃除したらしい母に申し訳ないと謝りながら、「だけど、おばあちゃんはこっちの方が楽でしょ」なんて祖母に声をかけて、畳の部屋を選んだ彼。
今もホラ、少し気むずかしい父と早速意気投合した様子で話してる。


母曰く「大金星」という彼だけど、私の第一印象は決していいものじゃなかった。

まず、前髪が無理。
男子たるもの短髪デコ出しが基本でしょ!と思う私には、「毎朝時間をかけてセットしてます」という彼の髪型からしてありえない相手だった。

控えめに言ってもイケメンで、態度も口調も軽いから女の子にはとにかくモテる。
呆れて、だけど話してみればそんな悪いヤツでもなくて、気がついたら友達──それで、いつの間にか付き合ってた。

他にいくらでもいるでしょうにと思うのに、何度も食事に誘われて、だけど口説かれずじまい。
「ねえ、これなんの会なの」と言った私に、「俺、必死で口説いてるのに伝わってないの?!」なんて言うから笑った。

だけど、そんな彼が好き。
見た目通りだったり、そうじゃなかったり、今はたくさんの彼を知ってる。


「はい、じゃあコレ持ってって。」

マイセンのブルーのカップ。
普段は棚の奥にしまわれているそれを見れば、並々ならぬ母の気合いも伝わってくるというもの。
ワガママ娘の結婚の報告にほっとしたり盛り上がったりと、今日までの様子が目に浮かぶ。

「はいはい。」
なんて、勝手知ったる私の実家。
だけど、ものの数分で我が家の一員みたいに溶け込んでいる彼の様子にはやっぱり感心せざるを得ない。

「ケーキ、早速いただきましょうね。」
すっかり笑顔の母が持つお盆には、マイセンと同じくらい畳に不似合いのケーキ。

京橋の行列店にわざわざ予約を入れたという渾身の手土産と母の自慢のティーカップ。
まるで不釣り合いの畳の居間が、なんだか幸せの象徴みたいに見えるから不思議だ。


「どれも美味しいですよ。僕もゆいさんに教えてもらったんです。」
優等生な一言と一緒に、自らお皿を取り分ける彼。

この調子だと夜は秘蔵のブルーラベル解禁かもななんて笑うと、座布団の上の彼と目が合った。


「ねえ、ムースもいいけどチーズケーキもおすすめだよね。」

「徹のお気に入りはコーヒー味のやつね。」

「じゃあ、是非お父さんに。」

なんてね、もうお父さん呼びとかちゃっかり者なんだから。

満更でもなさそうな父が可笑しい。
まったくすぐ懐柔されちゃって、あなたの可愛い娘を攫いにきたってのにもうちょっと審査しなくて大丈夫なのって。

だけど、もし聞かれても「大丈夫」って胸を張って言える。
イケメン過ぎるのが玉にキズだけど、彼ってとっても優しいの。
それに男らしいしね、仕事も真面目で仲間思いで……なんて、説明する必要ないみたい。

だってもう、みんなすっかり彼のトリコ。

及川徹、恐るべし。



東京駅から特急列車。
日帰りも余裕の距離だけど、「せっかくだから」と言い出した徹と一泊の予定。
じゃあ駅前のホテルでもって、それも固辞してこの家に泊まるのだという。

父の自慢のウイスキーは、夕食の前に母がテーブルに持ってきた。
ボトルの半分を飲み干してしまった不肖の娘としては、これは新しいのを買ってあげなきゃなと思うけど、父はいたってご機嫌だ。


「はあ、酔っ払った。」

「久しぶりの実家だもんねえ。」
高校3年まで使っていた勉強部屋。
今はたまの帰省に帰るだけになったベッドに寝転がる。

「ゆっくりできた?」
なんて聞いてくる徹に、「泊まる」なんて言い出したのはやっぱり私のためだったかって思わずにやけ顔。

「ふふふ。」

「なあに、ゆいちゃん。」

「ううん、なんでもない。」
綺麗な二重をぱちぱちとしばたいて、それから笑顔になる徹。

「だけど、そういう顔してると安心する。」

「ゆいちゃんを幸せにするのが俺の仕事だからさ、張り切っちゃった」なんて言われたら、「超合格すぎるよ」と言うしかない。


「むしろ私がアウェーだもん。徹くんに迷惑かけたらダメよとかママに言われちゃった。」
徹は笑って、だけどベッドの隣に敷かれた布団には入らずに部屋の中をぐるりと見渡して、

「なんか不思議な感じ。高校生のゆいちゃんの部屋に忍び込んだみたいでさ。」
そんな風に言うから、私も笑った。

「ゆいちゃん、ぬいぐるみ好きだったの?」
本棚を眺めていた徹が言ったのをきっかけに、ベッドに転がった身体を起こす。


「うん、小学生の頃とか。その子ねえ、一番のお気に入りだったの。」
古ぼけたぬいぐるみ、コリー犬のラッキーくん。
いつ買ってもらったのかも覚えてないくらいの年代物で、上から二段目が定位置。

「ラッキーくん。」

「へえ、ラッキーくん。」

「うん、なんでそんな名前かはわかんないんだけど。」

言いながら、なんだかちょっと徹に似てるじゃんなんて可笑しかった。
一番のお気に入り、いつも一緒、くりくりした硝子の瞳、どんな時だって傍にいた。


「俺の知らないゆいちゃんがまだまだいるんだな。」

「そうかなあ。」
徹が知らないことなんてもう何一つない気がするけど、だけどそんな風に新しい何かを探すのもいいよね。


「あ、アルバム。見てもいい?」

「え、それ大丈夫なやつ?」

「元カレとか載ってたら嫉妬しちゃうかもー。」

そう言うくせに二人でアルバムをめくれば、

「うわ、若い。」

「そりゃそうでしょー。」

「浴衣可愛いじゃん。こういうの着てみてよ。」

徹となら、なんだって楽しめちゃうんだから本当不思議。
「この柄は着れないよ」と言いながらめくる夏の思い出、同級生たちとポーズを決めた写真はちょっと恥ずかしい。


「夏休みの終わりにあるの、花火大会。高校までは毎年行ってたなあ。」
懐かしい写真を覗き込む。

「そうなの?じゃあ、今年一緒に行こうよ。」
ゆいちゃんの家族にもまた会えるしさなんて徹が言って、

「遠いよ。」

「いいじゃん、また泊めてもらお。」
そんなやりとりに、じわりと暖かくなる胸。


愛してるなんてキザな言葉。
言ったことないし、言われたって困っちゃう。

だけど、この胸に溢れる気持ちは多分それ。
この想いがアイじゃないんだとしたら、何が愛かなんてわからない。


「ありがとね、徹。」

「ふふ。どうしたの、急に。」

いつだって甘えてばかり、徹の優しさに。
笑ったり騒いだり、時々不安になったり怒ったり。
だけど、いつだって傍に居て、徹が手を取ってくれたから、だからここまで歩いてきた。


「まあ、もろもろ?」
すぐ近くにある体温がもっと近くになって、口唇が触れた。

「なんか、悪いことしてるみたいだね。」
それでまた、笑い合う。

古いアルバムに徹はいない、もっとずっと前の懐かしい記憶たち。
徹と出会うずっと前、徹のことを知らない私。
「いつか彼氏と見たりするんだから、もっと可愛く写っときなさいよ」なんて思ったり、だけどそんな無防備さが可笑しかったり。

「ねえ、」

「うん?」

「徹のも見せてね。」

来週には仙台に行って、徹のご両親に挨拶の予定。
徹いわく「自慢のバレー部時代」の友だちにも会う予定で、目下の話題の一つ。

「格好よくて惚れ直しちゃうよ。」

「あはは、期待しとく。」

続いてきた時間、重ねた毎日。
このアルバムに負けないくらい、ううんもっと何冊にもになるくらい長く、これから二人過していく日々を思う。

ねえ、いつか。
たくさんのアルバムを重ねて一つずつ思い出を語り合う、そんな時もくるのかな。
私はおばあちゃんで、徹はおじいちゃんで、あの頃は痩せてたとかシワがなかったとかさ、そういうのもいいね。


「ねえ、ちょっとだけ一緒に寝ない?」
いたずらな誘惑に、「少しだけだよ」と笑ってキスをした。

二人で潜り込んだベッドで、

「お泊まり会みたいじゃん。」

「あー、あったよね。」

「え、男と!」

「そういうんじゃなくて、友だちと!」

「俺は友だちじゃないよ」と声を低くして、官能的な手つきで腰を抱く彼。


「今日はダメ。」

「わかってるけど、ちょっとだけ。」

深いキスの後、
徹は咳払いを一つして、自分の布団に帰っていった。


「せっかく稼いだポイントがなくなりそうだから、この辺でやめとく。」

可笑しくて、だけど愛しくて。
「つづきは家に帰ったらね」とベッドの下に敷かれた布団を覗き込んで提案。

一段低いそこから手を伸びる指先に触れる。



「ねえ、大好き。」

他の言葉なんて思いつかない。

私の心を「好き」で埋め尽くした、罪つくりな恋人。
こんな幸せを知ってしまったら、他の人生なんてもう考えられない。

あなたがいれば、あなたがいなきゃ。
ねえ徹、どうしてくれるの。


だけど、

「じゃあ、ゆいちゃんの2倍好き。」


徹のくれる答えは、いつも百点満点。
こわいくらいに満たされて、だけどこわがらないでって教えてくれる。

どうか、いつまでもつづきますように。
この人が与えてくれる幸せを、私も与えられますように。


愛をこめて、あなたへ。

いつだって傍にいると誓わせて、変わらない気持ちのままで。


[back]