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■Glass slipper

『聞いて、京治。』


ひと仕事終えて、さあ帰るかそれとも少し残業して明日の準備をしておこうか。
そんな時間に、ゆいさんからのLINE。

『超インドカレー食べたいのに、家帰って来ちゃった。やばくない?』
ヤバイな、とは思った。
いや、だけどインドカレーがどうとかじゃない。

これは、ゆいさんからのサイン。


『しかもさ。絶対白ワイン飲みたいのに、赤しかない。』
次のメッセージを受け取る時には、帰り支度を終えてデスクのキーを回し終えていた。

すぐに行かなくちゃ。
そう思うから。


タクシーで20分。
途中少し寄り道をして、カレーを買った。

ゆいさんお気に入りのインドカレー。
何がいいですかとは聞かない、メニューくらいわかってる。
白ワインは冷えたものを駅の地下で購入済みだ。

『もうすぐ着きますね。』のメッセージに涙顔のスタンプ。
早く会って抱きしめたい、そう思わずにいられない。



「京治、ヤバイ。死ぬ、疲れすぎて死ぬ。頭痛いし、限界。」

「大丈夫ですよ、ゆいさんは死にませんから。」
ゆいさんが幹線道路に面したマンションを選んだ理由は、どこからでも帰りやすいから。
残業、宴席、出張、いつも忙しい彼女に似合いの避難所。

弱音なんて吐かない、頑張り屋だけど息を抜くのも上手い。

そんなゆいさんから、ほんのたまに発せられるサイン。
甘えたいってSOS。

すぐに気づけるようになったということは、俺とゆいさんのオツキアイも結構長くなったということだと思う。


『ピザかハンバーガーか二択。』
高カロリーなものを欲しがってみたり、

『絶対9時に寝る!』
食事も取らずに寝てしまったり、ゆいさんのアピールはわかりづらい。
だけど、今はそれが俺を必要としてくれるサインだってわかってる。

笑顔で挨拶、仕事が出来るけど実は手抜きが得意、メイク崩れなんて見せないし、いつだってピンヒール。
それでいていつも下らないことを言って笑ってるゆいさんの素顔が知りたいって思ったのは、いつからだろう。


「ゆいさん、お風呂沸かしますね。」

「うう、京治。」
スーツ姿のままでベッドに転がるゆいさんの腕から、とりあえずとジャケットを引き抜いてハンガーに掛けた。
床に脱ぎ捨てられたパジャマを見れば、今朝のゆいさんの様子は簡単に想像できる。

脱いだものを畳む余裕もないくせに、スーツも髪も完璧なゆいさんがなんだか可笑しい。


「お風呂入ったらワイン飲みましょう。冷えてるやつ、買ってきましたから。」

「……うん。」

嬉しいんだ。
こんな風にふにゃふにゃになって俺に甘えるゆいさん。
許されてるって、俺だけがゆいさんの本当を知ってるって思えるから。


「カレーお皿に移しときますから、一緒に食べましょう。」
手の平で、頬をひと撫で。
擦り寄る姿は、なんとなく猫みたい。


聞こえてきたシャワーの音に安心する。
カレーとナンを器に移し替えていると、ふわりと甘い香り。

スパイスとのミスマッチが可笑しくて、髪を濡らしたままのゆいさんに手を伸ばした。

「すみません、少しだけ。」

「ん、」
頬に寄せた口唇。
その体温だけで幸せになれるのだから、俺って意外と単純だったんだな。

「限界」なんて言いながらそれでも髪を乾かして、肌を整えるゆいさんを横目で盗み見る。
その生活感がなんとも恋人同士じゃないかと思えて、本当は──少し先に進みたいって考えてる。

──ゆいさんは、どう思う?



「美味しい。」

「買ってきた甲斐ありますね。」

「京治は何が好き?」

「そうだな、ここのはなんでも美味しいけど。」

他愛もない会話、その間もずっと俺の手はゆいさんに触れていた。


パジャマ姿、乾かした髪を無造作に纏めて、メイクを落としてしまった顔は意外に幼い。
メイクが取れて薄くなった眉の端をカリカリと弄ってみたら、ちょっとだけ恨みがましい視線。

あ、それ可愛いな。


「京治ぃ。」
何があったなんて、ゆいさんは言わない。
悪口を言う元気があるくらいなら多分ゆいさんはまだまだ大丈夫で、きっと俺には甘えてこない。

だけど、見てみたいな。

「ヨシヨシ、お疲れですね。」

「うん、疲れたあ。」

口が悪いって自称するゆいさんの悪口のボキャブラリーも気になるし、酔っぱらってフラフラのとこなんかもいいかもしれない。
俺は、格好悪いゆいさんの方が好き──なのかも。
これはちょっと言えないけど。


「一緒に寝ていいですよね。」

「うん。」
カレー味のキス。
きっと次にするキスは歯磨き粉の味。

それで抱き合って眠る。


「明日、何時ですか。」

「うう、起きたくない。」
俺の胸にもたれるようになった頭を、そっと腕に抱いた。

「じゃあ、会社に電話しようか。ゆいさん、体調不良ですって。」

「ふふふ。」
ゆいさんが笑った。
その声はとても楽しそうで、この人のちょっとわかりづらいツボがまた愛しい。

「さすがにそれはマズイ。」
ふふふとまた笑って、だけどちょっと元気になったみたいで俺もほっとする。


「ねえ、ゆいさん。」

離れて暮らすのは、もう不自然な気がしませんか。

だって俺、こんなにも好きなんです。
どんなゆいさんも見たいし、傍にいたい。
一緒に笑うのもこうやって甘えるのも、これから一生、俺だけにして欲しいって。

そう思ってるから。


「なあに。」

見返した瞳はもう眠そうで、思わず笑った。


「大事な話なんで、また今度。」

いつ言おうかなんて考えて、だけど告げるならこんな日常の中がいい。
なんでもない一日を重ねる幸せを感じてるから。


あなただけのために、捧ぐ言葉。
金曜だけじゃ物足りなくて、土日をもらってもまだ足りない。

だから、どうか──


ああ、まるで呪文のように。


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