□星なき夜に思うこと 8
「うわ、見て見て!すごい、すっごい!」
眼下に散らばる無数の星。
街中から港へと続く灯りが、天の川のように広がっている。
「足もと暗いから気ぃつけや。」
展望デッキを歩く私の手を絡めとる指先。
ドキンと跳ねた心臓、思わず顔を伏せたのはニヤけるところを見られたくなかったから。
「なに、笑っとう。」
「え、ヤダ。見ないで。」
だけど、そんなことはとっくにお見通しだったみたい。
「だって、」
「うん?」
「いいじゃん、もう!」
楽しいんだもんとわざわざ言うのも気恥ずかしくて、むくれたフリをしてみる。
「まあ、わかっとうしええんやけど。」
そう言われてしまうと、なす術もない。
「エスパーですか。」
「今のはわかりやすすぎやで。」
幸せの白旗。
知られたって構わない、ううん、知ってほしい。
心の奥の奥までも。
「神戸の夜景が見たい」と言ったのは、私から。
「土曜、午後からオフやからどっか行かへん?」という宮くんからのお誘いに、そう答えた。
高校生にしては遅い外出だったけど、「友達が案内してくれるんだって!」と言ったら、ママはあっさりとOKしてくれた。
休みの日に二人で出かけるのは、はじめて。
私服で会うのもはじめて。
それだけでむちゃくちゃドキドキするけど、今日の私にはそれよりも大事なことがあった。
「言わなくちゃ」と思ってもう半日。
ウインドウショッピングもカフェでお茶も夕ご飯の時も、勇気が足りずに結局日暮れ。
だけど、今なら言える気がする。
まばゆい光の応援団が、背中を押してくれそう。
「あ、あのね。」
デッキの手すりに腕を乗せれば、まるで星空を見渡す気分。
つないでいた手は離れてしまったけど、すぐ隣に彼の体温を感じている。
「えと、あの……。」
「うん。」
いざとなるとやっぱり緊張する。
うまく声が出てこなくなってゴホンと咳き込んだら、「ゆっくりでええよ」と大きな手が頭を撫でてくれた。
「ま、まずは、今日はありがとう。」
昨晩用意してきたはずのセリフなのに、言った途端に笑われた。
「ブッ!それなんやねん。スピーチでもするん?」
「え、ちょっと。真面目に話してるから!」
「ハハハ、ごめんて。悪かったし、続けてや。」
だけど、それで緊張が解けた。
ほっとして、自然に笑える気がした。
「うん、あのね。」
息を吸い込んで。
ぐっと背筋を伸ばして、星空に向かって告げた。
「私、宮くんの彼女になりたい。」
彼女になってと言われた日から、曖昧なままだった関係。
このままじゃいけないってわかってたけど、答えを出せずにいた。
だけど、私。
今日は前に進むんだ。
「だから、あのね……。」
隣にいる宮くんを見た。
だけど、それがいけなかったみたい。
「ッ、」
いなくなったハズの緊張が戻ってきて、途端に体温は急上昇。
ヤバ、顔めっちゃ熱いんだけど。
「顔、見せて。」
「や、ちょっと今ムリ。」
慌てて顔を背けたのに、宮くんに顔を覗き込まれてまた焦る。
「なんで?」
「ゼッタイ顔赤いし、ムリ。」
「ええやん。」
「ムリムリ、本当ムリ。」
そう言って逃げようとしたけど、
「暗いし、わからへんよ。見せて。」
優しく髪を梳かれたら──吸い寄せられる視線。
「ほんま、赤なっとる。」
暗いから大丈夫と言ったクセに、そんなことを言うのは反則だって思う。
だけど、もう目を逸らせない。
逸らすなんてできない。
「あの日」と同じまっすぐな眼差しに、見つめられたら。
「けど、可愛ええね。ほんま……好きやわ。」
多分、全然可愛くない。
そりゃあ今日は張り切ってオシャレしてきたし、髪とかメイクも頑張ったけど。
だけど、今の私ってなんだかもうめちゃくちゃで、全然格好ついてない。
だけど、宮くんがそう言ってくれるのが嬉しい。
嬉しいって、本当に思うから。
「わ、私も好き……デス。」
人間って恥ずかしくっても涙が出たりするんだろうか。
宮くんにじっと見つめられると、それだけで視界が潤んできた。
「三日月、泣き虫なんやな。」
「え、違う!違うから!これは、その……宮くんだけだから!」
確かに私、宮くんの前では泣いてばっかりだ。
そんなキャラじゃないし!って思うのに、本当そう。
調子狂うっていうか、なんていうか、だって……気持ちが抑えられなくて。
「ふふ、」
勢い任せで口にした私の言葉に宮くんは笑って、
「ええね、そういうの。」
また頭を撫でてくれた。
それから二人、手を繋いで向かったベンチ。
空きを見つけて二人で腰かけると、また体温が近くなる。
「いつ言うてくれるんかなって思とったら、緊張したわ。」
だからほっとしたって宮くんは言って、繋いだままの手をぎゅっと握った。
二人の手は、今は一緒に宮くんの膝の上。
それがいかにも彼氏彼女って感じで、またドキドキする。
「宮くんも緊張とかするんだね。」
私はずっと緊張しっぱなしだったよって言ったら、また笑われた。
「そらするやろ。好きな子とデートやし、告白保留にされてんねんで。」
「うう、ごめん。」
ドキドキして──だけど今は緊張とは違う、もっと楽しい感じ。
「あんまわかんないね。」
「三日月はわかりやすいけどなあ。」
「え、そんなこと……!」
「あるある。」
私も笑った。
笑って、ああこうやって宮くんのことを知っていくんだなって思った。
ちょっとわかりづらい人かもって思ってた最初の頃。
だけど、そんなことないよね。
あんまり表情とか変わんないしって思ってたけど、そんなことない。
笑顔とかすごい貴重な気がしてたけど、一緒にいると結構よく笑う。
優しかったり、ちょっとイジワルだったり、今の私はたくさんの宮くんを知ってる。
「私ね、」
好きって言われて、嬉しかった。
格好いいなとかドキドキするとか思ってたし、嬉しかった。
だけど、それだけじゃ付き合えなくて、たくさんたくさん考えた。
「宮くんとなら、ちゃんと付き合えるんじゃないかなって思ったんだ。」
私は、まだ子どもだ。
高校生も2年目で、ちょっとは大人になったところもあるけど、でもやっぱりまだ子どもだ。
好きってことの重さとか相手を大事にするとか、うまくできないかもしれない。
前の学校の彼氏と別れて散々泣いて、だけど私も彼が好きなのかよくわからなくなって、「付き合う」ってどういうことだろうって自信がなくなった。
だけど、宮くんとなら──
「好きって、あんな風に言われたのはじめてだったから。」
まっすぐな言葉、まっすぐな視線、心の奥までも──見つめられた気がして。
「向き合うとか成長するとか、そういうの……宮くんとならできるんじゃないかなって。」
付き合うのは、楽しい。
だけど、別れるのは悲しいし辛い。
それでも、宮くんとならちゃんと向き合って、言葉にして、お互いをもっと知って、それでいつか──。
「三日月。」
「え、うん。」
うわ、なんか語っちゃったかも!って。
早速引かれたりしたらどうしようって、途端に慌てる。
だけど、宮くんはそんな風に言ったりはしなくて、とても優しく笑ってくれた。
「ちゃんと考えてくれてたんやね、ありがとうな。」
「ち、ちょっと重かったかも。」
「ふふ、またすぐそうやってやなあ。」
それから、
「慌てたり喜んだり、忙しいなあって思ててん。」
また、まっすぐに見つめる瞳。
「賑やかやなあって思ってたら目が離せなくなって、そういう一生懸命なとこがええなって思った。」
ああ、またこうやって、私は彼に惹かれていく。
「ええよ、重くても。ちゃんと話し合ったらええやん。」
「うん。」
「ぴったり同じ人間なんているわけないし、すれ違ったりもあるかもしれんけど……そういうのも含めて、楽しんでったらええんちゃう。」
「うん……!」
いいよね、そういうのも。
違うとこ、同じとこ、一緒に笑えるとこ、そういうのを探して。
譲り合いとか努力とか、そういうのもいっそ楽しんじゃえば。
きっと、うまくいくから。
「それで、なんやけど。」
「え、」
よろしくお願いしますの後に待っていたのは、宮くんいわく「本日最大のイベントやで」で、
「名前。」
「なまえ?」
「なんでアイツが”侑”で、俺が”宮くん”なん?」
「え!いやいやそれはさ……!」
先に名前を知ったのが宮くんだからでしょって言おうとしたけど、そんな言い訳はやっぱりお見通しだったんだと思う。
「今からは、”治”で頼むわ。」
──な、ゆい。
ちゅ、と口唇が触れたのは、その時。
「お、おさ……んッ、んん!」
とても、長いキスだったと思う。
というか、こんなキスって……は、はじめてで。
「上書き。こういうの、結構気にする方やから覚えといてや。」
そう言って笑った治くんの顔は、はじめて見るものだった。
高校2年、はじめての転校。
新しい学校で彼氏ができました。
「意外とヤキモチやき」と新たにインプットされた彼と、今日からはじめる物語。
これから二人、たくさんの「はじめて」を重ねて、少しずつ大人になっていくんだよね。
やっぱり転校も悪くない。
そう思ったら今日は、最高の記念日。
[back]