■COMPLEX
俺には可愛い幼馴染がいる。
家が隣同士、学年は1つ違い。
子どもの頃はしょっちゅう一緒に遊んだし、中学までは学校も一緒だった。
女だなんて意識したことなかったけど、それが最近ちょっと違うんだ。
1つ年下のゆいが、急に大人びて見えたのはいつからか、とにかく今結構気になってる、すっげー気になってる、めちゃくちゃ気になりまくってる!!
……けど、どーしたらいいかわかんねえ!
「で、またため息かよー。木兎ダセー。」
「うっせ、木葉!じゃあ、おまえだったらどーすんだよ!」
こんなやりとりだって、何回目かわかんねー。
「俺ならソッコー告るけど。てか、木兎が告んねーんなら俺もらっちゃうかな!」
「んなッ、いーわけねーだろ!そんなん!」
告ればいいなんて簡単に言うけど、それができれば苦労ない。
「な、赤葦!木葉より俺のがいいよな?!な?!」
「……俺の意見を聞いてどうするんですか。第一、俺も木葉さんもその彼女に会ったことないですし。」
「でも、俺のがいいだろ?!」
「はあ。じゃあ、そういうことにしておきます。」
なんてさ、最近はずっとこの話ばっか。
都内の別の高校に進学したゆいとは、今は近所でたまに会うくらい。
学校の帰りがカブったり、「お隣におすそ分けよろしくね」なんてカーチャンに言われた時とかそれくらい。
だけどさ、制服めっちゃ可愛いんだよ!
しかもさ、ちょっと大人っぽい感じでさ、私服なんかも見たことない感じにオシャレになってて、
『バレーやってる男の人って格好いいね。』
とか言われちゃった日にはさ、照れる!照れまくる!
なんか、前みたいにうまく喋れねー!ってなる。
「写真とかねーの?写真!」
「あ、あるわけないだろ!」
「なんでだよ。」
「お、幼馴染だぞ!変だろ、写真とか。」
ゆいのこと、話してるだけで楽しい。
「幼馴染!そこだよなー、エロいよな!王道!」
「おまッ、エロいとか言うなよ!」
「ブヒャヒャ、ウケる!何赤くなってんだよ、木兎ー!」
こうやって煽られると恥ずかしくて照れくさくて、だけどなんつーかウキアシダッタ?気分?になる気がする。
学校の女の子を見てもさ、あと「木兎先輩、頑張ってください!」とかたまに差し入れとかくれる子ともさ、つい比べちまう。
ゆいの方が可愛いよなー、てかゆいって実は美人じゃね?とか。
俺──結構ヤバイやつかも。
「……まあ、若干ヤバイですね。」
「え!なに、赤葦、俺の心の声聞こえてた?!」
「………。」
それで、だ。
「ちょっと、ちょっと待って木葉!マジで待って!待って待って!」
「残念、待てません。」
「ああッ!」
「はい、送信──!」
木葉に言われたアドバイス。
「いつもと違う自分を見せるのもいいんじゃねえ?」ってヤツ。
近所で会って話すだけじゃ、いつまで経っても幼馴染のまま。
だから、たまには違う場所で会えば?って。
んでさ、
『バレーだろ、そこは。ていうか、おまえバレーしかないし、いいとこ。』
『もっと色々あるだろ!』
そんなやりとりがあった。
いきなり、デ……デートなんて誘えないし、だったら「試合見に来て」が一番いいんじゃんってのが木葉の意見。
本当にそれが正解か自信ない。
だけど、
『バレーしてる木兎さんは格好いいですよ。』
という赤葦の珍しい俺上げ発言に、乗せられた。
で、木葉がつくったメッセージを──ゆいのLINEに送信。
『来週、春高最終予選だぜ!超活躍するから見にこいよ!』
これ、自信満々すぎない?
いや、自信ならあるんだけど、あるんだけど、けどさ!
いいのか?
いいの?これ、正解なの?
って、もう送っちまった後だから、取り返しなんてつきようがないんだけども……。
返信は意外にすぐ来て、
『久しぶりに光ちゃんのバレー見たいなって思ってた!』
って、やべえ!すげえ!テンションあがる!
てか、木葉すげーじゃん!
絶対ふざけてるって疑ってごめん!
「うわ、光ちゃんとか。やべえな、萌える。」
って木葉が言うから、余計に照れた。
「木葉、どうしよう。ゆいがさ、俺のこと格好いいとか言ってくれちゃったらさ、どうしよう、やばくね?」
照れる、焦る、そんでスゲー楽しみになる!
「いや、そこは言われとけよ。んで、ビシッと告れよ!」
「マジか!」
「おう。幼馴染卒業だぞ、木兎!」
──これが、一週間前の俺。
で、今駒沢体育館。
『来たよ!頑張ってね!』
なんてさ、ゆいからのLINE。
この会場のどっかにいるんだなって思ったら、燃えるしかない。
準決勝の俺は、ノリにノッた。
ストレートは決まりまくったし、途中でクロスの打ち方を見失ったけどなんとか立て直してストレート勝ち!
狙うは優勝!ただ一つ……!
第一セットを取った時は、いけるんじゃねえかってかなり思った。
散々やられてきた相手だけど、今度こそって。
だけど、すぐに取り返されて……第三セット!
レフトに上がったボールに、ブロック三枚。
それを──ふっ飛ばされて、ゲームセット。
「覚えとけよ、佐久早!今度こそ……!」
ってさ、東京代表を目指す俺たちにとって、いや全国制覇を目指すヤツらなら全員が一番の強敵だと認識しているのが、この井闥山学院高校だ。
特に佐久早は、俺より一学年下にあって「全国三本指」に数えられる強烈なスパイカーだ。
俺にとっては絶対負けられないライバルで、倒さなきゃいけない相手。
だけど今回も打ちのめされて、「今度こそ!」って春高本選に誓った。
「で、木兎くんはどーすんのかなっ?!」
ストレッチを終えて着替えたところで、木葉がすぐ横にやってきた。
ぐい、と肩を組まれて、「うう」と唸る俺。
「おいおい、まさか”優勝できなかったから会えないー”なんて言うんじゃないよな?!」
「でも……!」
「いやいや、おまえソコは勇気出してけよ。つーかどんな子か見たい。」
「そこかよ!」
どうしよって迷って、
「えー!だって、赤葦も見たいよなあ?!あんなに毎日毎日可愛いって言われてさ、ぶっちゃけ見てみたいじゃん!」
だけど、ポケットで震えたスマホ。
「うお!」
「え、マジ!LINE来た?!」
『光ちゃん、格好良くてびっくりした。春高出場おめでとう!』
神は、勇気を与えたもうた。
『ちょっとだけ会えねえ?』ってLINEした時は、心臓がバクバクいった。
だって、そうだろ?!
格好いいって!格好いいって言われてんだからさ、ゆいに!
待ち合わせようってことになって、「俺も行くから」って木葉を振り切れずに結局赤葦と三人。
告白なんてできないけど、だけどちょっとは違う関係?とかそういうのになれたらいいなって期待してる。
俺がドキドキしてるみたいに、ゆいもちょっとは感じてくれたらって……思った、ん、だ……けど……。
ヤバイ、俺。
どうしよう、これ。
幻覚?幻覚なの?
俺!幻覚が見えてる、どうしよう赤葦……!
「……赤葦!」
「………。」
後ろにいる赤葦を振り返る。
いつも通りの顔、つーか無表情の赤葦、つまり通常運転。
で、目の前のゆいを見る。
今日は制服、だから学校のヤツらと来たのかもって思った。
だけど、あれ?
なあなあ、マジで……俺、ヤバくない?
「木葉!俺、幻覚見えてる!!」
今度は木葉を振り返る。
だって、そうだろ!
いくら試合に負けて悔しいからって、こんな幻覚を見ちまうなんて!
どうしよう、俺。
大丈夫か?!
だけど、だ。
「……木兎、俺も見えてる。」
「なぬッ!木葉も幻覚が……!」
マジかよ!これ、なんていう症状なんだ?!
だってそうだろ!
ゆいの後ろにさ、大きな黒い影。
それが、ぴったりと張り付いてる。
身長約190センチ、クセのある髪、じとっとこちらを見る視線。
その影は──先ほど打ち負かされた相手、佐久早聖臣にものすごく似ていた。
どうしよう、俺も木葉も狂っちまったのか?!
そう思ったところで、赤葦が言った。
「木兎さん、俺も見えてます。」
「えッ、赤葦も?!」
ついに赤葦までも……!
そんな、俺たち……!
「なに固まってるの、光ちゃん。」
頭ン中が追い付かなくて、混乱する俺。
だけど、そんな俺にゆいが微笑んで。
「ゆい……!聞いてくれ、おまえの!おまえの後ろに……!」
幻覚が!と言おうとした。
言おうとしたんだ。
その俺に、
「あ、そうだよね。こんな風に会ったらビックリするよね。聖臣くん、私が光ちゃんに会うって言ったら一緒に来るって言うから。」
!!!!!!!!!
ウソだろ!ゆい!!
幻覚じゃなかった!
俺、狂ってなかった……のは良かったかもしれないけど!
なんで?なんだよ?!つーかどういうこと?!
「……俺のだから。」
「なッ……!い、いま……なん、て……。」
黒い影、もとい佐久早が言った。
「だから、ゆいは俺のだから。ちょっかい出すのとかやめて欲しいんだよね。」
「なっ、おまッ……ゆい……と?!」
俺のってどういう意味だよ!
つーか、なんでそんなくっついてんの!
え、つーか触らないでくれない?
うそ、マジで?
ゆいってそういうのあり?
そいつに触られてっけど、平気なの?
ってことは、二人って、この二人って……!
「光ちゃん?なんか、今日疲れてる?」
ことんと首をかしげる仕草は可愛らしくて、そんなゆいにキュンとなる。
だけど、それがどんなに虚しいことかってことは──もう明らかだった。
「佐久早、おまえ──ッ!」
「木兎さん、小物感出るのでやめましょう。」
「あ、赤葦ィィィ!」
俺は忘れていたのだ。
ゆいが通っている高校が、ライバル校の井闥山であることを。
それにもう一つ忘れていた。
『バレーやってる男の人って格好いいね』
あれって!
俺のことじゃなかったのかよ──!
[back]