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□憂鬱なスピカ 2

「ちょっと、なんでついてくんのよ?」

「ええやん、久しぶりなんやし。」

「意味わかんない、私もう帰るしどっか行ってよ。」
パーティー会場に戻って、上司と話したり挨拶したり──これで侑を撒けたと思ったけど、甘かった。
タクシー乗り場へと向かう私の後を、ぴったりとついてくる。

「帰るって、家?」

「そうに決まってるでしょ。」
今日は金曜日、本当は同僚と飲みに行きたかった。
電話をすれば誰かしら捕まるかもしれないと思ったけど、そんな気分でもなくなった。

「華金やで。」
誰のせいよ!と言いたいけど、言わない。

「そうだよ。だから、どっか飲みにでも行けば?私はもう帰るから。」

「ゆいと飲みたいねん。」

「なんでよっ!」
そんなやりとりをしていたら、すぐにタクシープールについてしまった。


「じゃあね、侑。」

「いやいや、そうはいかん。」

「ちょ、待ってよ!え、冗談でしょ、ウソ。」

「ええから、ええから。はい、運転手さん出してええよー。」
駐車する車に乗り込む私を奥へと押し込んで、どっかりと隣に陣取った侑。

「で、どこ?」

「ウソでしょ。」

「ほら、言わんと。運転手さん困っとるで。」
だから、なんで私がダメ出しされてんのって。


「なんなの、もう。」
だけど、結局──私は自宅のマンションの場所を告げた。



「はあ、なんやええとこ住んどるなあ。」

「別に。」
帰れと言っても帰りそうにない。
エントランスの前でまたため息。

「ねえ、」

「うん?」

「……コーヒー淹れるからそれで帰ってよ。」

「ん─。」
仕方ない、諦めた。
侑の押しの強さはまったく変わってない。


高校2年で同じクラスになった。

『なあ、俺たち付き合わん?』
そう言われたのは、クラス替えのあった次の日だったと思う。

『え、ヤダ。』

『なんで?』

『なんでって、別に理由ないけど。』

『だったらええやん。俺、彼女欲しいねん。』
そんなやりとりをして、だけどなんでか付き合うことになって、結局2年の間彼氏彼女と呼び合っていた。

いざ付き合ってみると、侑は面白くて、いつも明るくて、バレーばっかりやってたけどなんだかんだでちゃんと構ってもくれた。
悪い付き合いじゃなかった──と思う。

もちろん別れてしまったからには、「それなり」の理由があるんだけど。



「そこ、座ってて。」

「ええ部屋やなあ。」
リビングのソファーを指さすと、侑はまたそう言って部屋の中を見渡した。

「あんま見ないでよ、片付いてない。」
なんだかおかしな気分。
だって、なんでこの部屋に侑がいるのって。

侑は──ずっと思い出だった。
甘酸っぱい幸せ、切ない青春、涙も枯れ果てた失恋。
よくも悪くも、高校時代の1ページ。

それだけ。
それだけで──いて欲しかった。


「なあ、」
エスプレッソマシンにカプセルを入れたところで、侑の声。

「コーヒーよりワインとかないん?」

「はぁ?」

「別にビールでもええけど、せっかく華金やし。」

「いやいや、論点そこじゃないでしょ。」

「何が?」
なんでこうなるの。
ていうか、なんであんたってそうなの。


「ないよ、ワインなんて。」
呆れ顔でそう言ったけど、侑にそれが効くはずない。

「って、ワインセラーあるやん。」

「あッ、コラ!」
テレビ台の横に置かれた6本入りのミニセラー。
目ざとく見つけたそれに飛びつくと、子供みたいに悪戯な顔で侑は笑ってみせた。



「ねぇ。なんで私、あんたと家のソファーでワイン飲んでるわけ?」

「せやなあ。」
問いかけた私に、侑はのんびりとした答えを返した。

「おかしいと思わない?」

「確かに不思議やな。」
そう答える声は、アルコール分をたっぷりと含んでいる。

「あんたと私ってさ、」

「元カレ、元カノ……か、なんやええ響きやな。」

「全然いい響きじゃないよ。」


強引で押しが強くて、自分勝手。
侑はいつもそうだった。
そんな侑に振り回されて、だけどそれが心地よくて──でも結局、私たちが終わったのだって決めたのは侑だった。

ねぇ、それなのに。
こんなにずっと後になって、どうしてそんな態度取るのよ。


「……泊まってええ?」
グラスの中身を手持無沙汰に揺らして、だけど視線は前を向いたまま。
二人とも同じ──目を見たら、きっといけないと思った。

「ダメ。」

「なんで?」

「当たり前でしょ。家帰んなよ、タクシー呼ぶし。」

「いやや。」
視線は、一度も交わらない。
だけど──

「じゃあ、ホテル取ってあげるから。」

「一緒に行ってくれるん?」

「いやいや、なんでよ。」


「……帰りたないねん。」
指先が、触れた。
ほんの少しだけ。

チリリと、電流が走ったようになって心臓が跳ねる。
いいわけない、こんなの。
絶対によくない。


そう思うのに、引き付けられる。
先に視線を向けたのは、侑の方だった。

と、思ったのだけれど、


「眠いし、ほんま無理。ソファーでええし、寝かせてや。」

「ちょっと、ねぇ!いやいやいや、寝ないでよ!ちょっと!侑!困るでしょ!ねぇ!ちょっと……ホラ、風邪ひくし、歯磨きくらいしなさいよ。それから……。」
なんで、なんでなんでなんで!

ちっともいい雰囲気なんかじゃなくて、結局私が侑に振り回されてるだけで、

「ほら、もー!寝てもいいからスーツ脱ぎなって!」
結局、彼の言いなり。


「ゆい、おかんみたいやな。」
最高に失礼な一言を発した後、侑は喉で笑って──そして、目を閉じた。


「こらー!起きなさい、とりあえず一旦起きて。ねぇ、ちょっとお願いだから!」


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