×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
■年下男子の躾け方

見上げれば青い空。
中庭に降り注ぐ日差しが春から夏へと変わろうとしている。

「う、日焼けしそう。ちょっとあっち移ろっか。」
ビニールシートの上でお弁当箱を広げかけていた手を止めて、呼びかける。

「うス。」
返ってきたのは短い返事だ。
最初は慣れなかったそれも気が付けば日常になっていて、「あっちにしよ」と木陰を指させばさらさらの黒髪がカクンと上下に振れた。


振り返れば、奇妙なきっかけだった。

昼休みの中庭、「たまには一人になりたい派」な私は友達の輪を抜け出してそこにやってきた。
手作りのお弁当を広げて(料理は得意だ、早起きはちょっと苦手だけど)小説片手に食事を始めた時だった。

『なんか視線……?』
誰かに見られてる?!
そんな気がして辺りを見渡せば、大きな黒い塊がそこにあった。
いや、いた。

少し長めの前髪の下、切れ長の瞳がこちらをじっと見つめている。

『え、何?』
無言の眼差しに問いかけるけど、返事はない。

けれど、
見つめ合うこと数秒、私はついに気が付いた。
───彼の視線が見つめる先は、私自身ではなくその手元だということに。


『え、コレ?お弁当、欲しいの?』
彼の手にした空っぽのお弁当箱と自分の手元を見比べる。

高校生男子はいわずもがな食べ盛り。
どうやら新入生らしい彼は自分のお弁当を食べきってなお、どうやらお腹を空かせているらしい。
足りないなら購買で何か買ってくればいいのに。
そう思ったのだけれど……ついおもしろ半分で声をかけてしまったのだ。

『食べる?』

サンドイッチのつまったランチボックスを差し出すと彼はそれをただ見つめていたが、

『いいよ。ちょっと分けてあげる。』
そう言って手招きすると、スススと近くに寄ってきた。
なんだか猫みたい。
うん、おっきな黒ネコ!そんな感じ!


『あざス。』

『え?』
言葉と同時に手が伸びてきて、ランチボックスの中身を摘んだ。

『ありがとうございます。』

『え、あ……うん。』
ありがとうと言ったのだとやっと気付いて、でもそれが可笑しくて笑った。

『アハハ……!』

『?』

『うん、ごめん。だけど、あはは……なんか、ふふっ、面白くって。』
不思議そうに首を傾げた彼に「もう1つどうぞ」と差し出せば、遠慮しらずの手が伸びてきて2つ目のサンドイッチを頬張った。


それが、私と黒ネコくん──こと影山くんとの出会いだった。
クラスメイトの菅原に教えてもらったのだけど、彼はバレー部所属の新入生で、飛び抜けた才能とちょっと変わった性格を持った存在らしい。

お昼ごはんを分けてあげたというと菅原は慌てて何度も「ごめんな」と言った。
「ちゃんと躾けておくから!」と言われたけれど、それを断ったのは……どうしてかな、うまく言えない。

言えないけど、この関係がなんだか心地良いんだ。

それ以来、私は週に2日ほどこの中庭で影山くんとランチをしている。
特にそう約束したわけではないけど、どうやら毎日ここにいるらしい彼は私がここにやって来るといつの間にか傍に寄ってくるのだ。
本当、猫みたいでしょ。

お母さんに作ってもらったらしい一人分のお弁当を平らげて、それから私が用意した二人分に手を伸ばす。

「どうぞ。」

「あス。」
それが合図。

「美味しい?」

「うス。」

「どれが好き?」

「卵焼きス。」

「そっか。」

「あと、ハンバーグ。」

「うんうん。」

───可愛いな。
なんて思うのは、ちょっとマズイだろうか。

ううん、大丈夫。
同い年の男の子じゃちょっと緊張するけど、影山くんは年下だし、弟みたいっていうかむしろ猫みたいだし。


そう思って、

「じゃあ、ハンバーグあと半分あげる。」
ハンバーグを摘んだお箸を持ち上げた時───、

「!!!」
膝の上に抱えたお弁当箱の上、私が手にしたお箸の先……パクリ、首を伸ばした影山くんがハンバーグを頬張ったのだ。

「ちょ……!」
な、何すんの!ていうか、なんだコレ!

ドキドキドキドキドキ……
なんなのもう!心臓の音がうるさい!!

ビックリして固まった私の視線の先、いつもと変わらない表情の彼がもぐもぐとハンバーグを咀嚼する。


「やっぱりうまいっス。」

「え、あ……ああ、そう。」
ごくんと喉を鳴らしてそう言った影山くんに……私はただそう言うだけで精一杯だった。

なんだ、コレ。
本当に。

ドキドキする。
まずい、本格的にドキドキしてる。
これってもしかしてヤバイかもしれない。

ダメだダメだ、ダメだ。
私は先輩で影山くんは後輩、それも2つも下なの!

このままじゃいかん。
教室に戻ったら菅原に話を聞いてもらって、今度はちゃんと躾けてもらおう!

そう思った。
思ったのだけど、


「三日月さん。」

「な、なにッ?!」
名前を呼ばれて、肩が跳ねた。
だってそんなの初めてだったし、むしろ影山くんって私の名前知ってたんだ───みたいな。

驚く私の顔を覗き込んだのは、漆黒の眼差し。
まっすぐに見つめる視線に、心の奥まで見透かされそう。


「なんで俺に弁当つくってくれるんスか。」

「え、」
まっすぐな視線に尋ねられて、言葉に詰まる。

「えーと、それは……なんでかなぁ……えっと。」
自分でもよくわからない。
初めはびっくりして、だけどちょっと面白いなとか可愛いなって───か、可愛いなって思ったり……し、て……。


「俺は三日月さんと弁当食うの楽しいです。三日月さんも同じですか?」

ねぇ、君。
言ってることわかってる?
さりげにそれって爆弾発言だよ。
後になって「弁当が目当てなだけです」とか許されないよ。

心の中を揺れる想いが行ったり来たり。
言うべきか、言わざるべきか。
ううん、それが問題……。


だけど、

「……違うんスか。」
答えを口に出せないでいる私の前で、今度は真っ黒な頭が項垂れた。

だから、つい……
つい言ってしまったのだ。

「楽しいよ!」

本当のことを、言ってしまった。


途端にガバリと顔を上げて、あのまっすぐな瞳が私を見つめた。

「楽しい、よ。」
観念して笑顔を向ければ───、

ニヤリ、
って!いや、それって笑顔のつもり?!


「可愛いなぁ、もう。」
上手く笑えてないけど、やっぱり可愛い。
本当に、いよいよ本当に観念する番だった。

「影山くんといるの、楽しいよ。」

しょうがないなぁとため息1つ。
躾けるつもりが絆されちゃった、なんてシャレにならない。
だけど、冗談じゃなくてもいいや。

だって、君の隣が───居心地いいから。


[back]