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□憂鬱なスピカ 1

この再会がまったくの偶然かと言えば、そうと言い切ることもできない。

なぜなら私は知っていたから。
もしかしたら、「彼」がこの場にいるかもしれないということを。



広いバンケットに並べられた丸テーブル。
立食式のパーティー会場を人々が埋め尽くしている。

「このたびはお招きいただきまして、ありがとうございます。」
華やかな装いの中にいるけど、私の正装はブラックスーツだ。
タイトなワンピースにノーカラーのジャケット、クライアントに招かれてきているセールスの服装としてはこれが正解。

身体のラインをしなやかに見せるワンピース。
控えめだけどそこそこ値の張るアクセサリー、仕事ではしないピアスを着けた。
そして、ピンヒール──これで、完成。

仕事です、という態度は崩さずに、適度に価値のある女を演出するファッション。
なんて、実際は肩がこるだけだし、座ればすぐにシワになるスカートの着心地はまったく良くないのだけれど。

「三日月さんこそ、来てくれてありがとう。」

「何を置いても駆けつけますよ。御社の創立記念パーティーですから。」
上司の隣でニッコリと微笑めば、これで仕事は終了。

あ、久兵衛あるじゃん。
テキトーに立食でも摘まんで帰ろう。

クライアントと話し込んでいる上司の話題が込み合った内容になってきたところで、そっと隣を抜け出した。


「まずい。」
と思ったのは、その時。

お互いを見つけたのは、ほとんど同時だったと思う。
反射的に目をそらし、振り返って確かめたいのを我慢して出口へと向かう。
できるだけ目立たないように、だけど素早く!


そう思ったのに。

「ゆい!ゆいやろ、久しぶりやなあ!」
明るくよく通る声はあの頃のままだなと、ぼんやりと頭の隅で思った。

──が、三十六計逃げるに如かず!

バンケットの扉を開けると同時、早足で廊下を抜ける。
この先には喫煙所、その先がレストルーム、そこに逃げるかあるいはこのまま階段を……


「ゆいって!」

「!」
逃げたところで敵うはずなんて最初からなかった。

あっという間に追い付かれてしまった私の手を掴んで、彼は笑った。
そう、あの頃のままの笑顔で。


「ちょ、離してよ!」

「なんで?別にええやん。それより、こんなところで会うなんて偶然やな、何しとるん?」

「仕事だから、仕事!だから、離してってば。」

「へえ、仕事って何しとるの?それにしても、何年ぶりかな。高校卒業してからやから……。」


「だけど、一生会うはずじゃなかった!」
掴んだ手を振りほどいて、目の前の相手をニラんでみる。

別に恨んでるわけじゃない。
だって、もうずっと昔のこと。

だけど、この態度が気に食わない。
まるで何もなかったみたいに、私のことなんてなんとも思ってなかったみたいに笑う、この顔が。


「なに怒っとう?」

「怒ってない。」

「怒ってるやん。」

「じゃあ、怒ってる。」
何このやりとり。
かれこれ10年近くは会っていないというのに、まるで昨日までの知り合いみたいに。

ああ、だけど。
あんたはそういうヤツだったよね。


「まあ、いいわ。高校卒業以来ですね、すごくお久しぶり。その後のご活躍は拝見してますよ、”宮選手”。」
イヤミのつもりだった。
たっぷりイヤミを塗りこめて捏ねて捏ねて発したつもりのセリフだった。

それなのに、

「ほんま?!ゆいが見てくれとうなんて、嬉しいわ。」
お願いだから、日本語の奥深さを学んでほしい。


「それやったら、この前の試合も見た?」
私の態度などまったく意に介さない様子で、目の前の男は楽しそうに話しつづける。

「見るわけないでしょ。」

「さっき、見てるて言うたやん。」

「今のはイヤミだから、ただのイヤミ。」

「えー、なんやそれ。わかりづらいわ。」
なんでこっちがダメだしされてのよと、もはやため息しか出てこない。


「私があんたのことキャーキャー言って応援するわけないでしょ!」

「なんで?」

「なんでって……!」
この、いい加減男!
ご都合主義!
自信家!自分勝手!

あの頃もそう──何度も何度も思った。


「私が!あんたに!フラれたからでしょ!”侑”!!」


高校3年の冬。
私は失恋をした。

高校バレー界注目のセッター、それでいてクラスメイト。
とてもとても大好きだったカレシに、私はフラれた。


その男、宮侑が私の前に現れたのは、私のクライアントの会社の創業記念パーティー。
それは、彼の所属するチームを運営する会社のパーティーでもあった。


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