□かみさまの箱庭 5
追いかけて追いかけて、人混みをかき分けて進んだ。
あっという間に近くなる背中。
線の細い女の子の背中に、胸の奥がギュッとなった。
「つ、かまえた……ッ!」
伸ばした腕、掴んだ手の平。
細くしなやかな身体が揺らめくのを抱きとめた。
「せ、んぱい……。」
「ね、捕まえた。ごめん、もう逃げないで。」
すぐ近くに君の顔、それだけでなんだか泣きたい気分だ。
こんな風に誰かに触れたのもはじめてで、ドキドキと切なさがごちゃまぜになる。
「天童先輩、私。」
ゆいチャンの瞳が潤んでいる。
怒ってなんかいなかった、だから俺の勘違い。
だけど、泣かせるのはもっとサイアク。
だって、俺は君の涙に弱い。
ただでさえ鈍った直感が、ついに機能しなくなった。
考えろ、考えろ考えろ。
そう思うのに、頭は働かない。
だから、聞くしかなかった。
「泣かないで。でも、どうして泣いてるの?」
尋ねた俺の目の前で、一筋の雫が頬を伝った。
「どうして」と尋ねた俺の前で、彼女は顔を伏せて、
「先輩は私のこと好きじゃないんだって思ったから。」
小さくそうつぶやいた。
「!」
「付き合ってくださいって言ったのは私です。でも、一緒にいて、先輩はすごく優しくて、だから……好きになってくれたかなって思ってたから。」
その言葉に、ひどく動揺した。
──その通りだったから。
彼女の勘の方が、よっぽど鋭い。
「優しくないよ。俺がしたいようにゆいチャンにしてるだけ。」
優しくしてあげたいなんて、思ったことない。
ただ、君といると嬉しくてあったかくて、なんでもしてあげたいって普通にそう思えてただけ。
「優しかったですよ。」
「そうかな。」
「先輩はいつも、優しいです。」
だけど、彼女がそう言うならそうなのかも。
俺は、ゆいチャンに「優しい」、「優しくしたい」って思ってる。
そうなのかも。
「だとしたら、」
言おうとして、
「ちょっと来て。」
お昼休みの人混み、ちょっとココでは言いづらい。
だから、彼女の手を引いた。
避けていく人の波。
誰かがこちらを見て、何かを言ってる。
ひどく注目されてるのは、君のせい?
それとも、俺のせい?
どっちだっていいし、もうどうだっていい。
可愛すぎる女の子。
多分、俺には不釣り合い。
だけど、そう。
どうだっていいよね。
手を引いて、手を引いて歩いて、歩いて歩いて。
昼休みの専門教室、ここなら誰もいない。
そこまで来て、足を止めた。
「つづき、言うね。」
つないだ右手はそのままで、左手で彼女の髪を撫でた。
だって、そうしたかったから。
「先輩……!」
少しだけ驚いた素振りを見せて、頬をピンクに染めた君。
「俺がゆいチャンに優しいんだとしたら、それは君が好きだからだよ。好きだから優しくしたい、それだけ。」
人の気持ちは、意外なほどシンプル。
単純明快、至極わかりやすい。
それは──俺だって、例外じゃない。
「先輩は、私のこと好きですか。」
「うん、好きだよ。」
「ほ、本当ですか。」
「うん、ずっと言ってなくてごめんね。だけどもう、随分前から大好きになってた。」
やっと言えたね。
自分の気持ち。
俺はこんなにも、こんなにも君を好きになってた。
君が俺を好きになってくれて、よかった。
君が傍にいてくれて、よかった。
「好きだよ、ゆい。」
彼女の頬を涙が伝うけど、それを見ても今度は悲しくならなかった。
もっと違う感情。
ああ、これが──愛しいっていうこと。
「好きだよ、ゆい。だから、」
──キスしてもいい?
はじめて触れた口唇は、柔らかい。
柔らかくて、ほんのりと花の香りをまとうキスを、俺はとても素晴らしいものだと思った。
[back]