□かみさまの箱庭 4
ブロックは、心を砕く強力な武器だ。
仲間がつないだボール、つないでつないで、渾身の力をもって打ち込まれたボールが、自分のコートに叩き落される。
それも、一瞬で。
パワーとか高さとか作戦とか、あらゆるものが詰め込まれたその一球を止める。
その瞬間に見えるのは、悔しさかあるいは絶望か。
まさに、快感。
(そう思ってたんだケドね。)
「天童さん、今のブロック最高でしたッ!」
「ん、ありがと。工。」
チームメイトに褒められるのは、嬉しい。
数字で貢献できるのだって、楽しい。
だけど、最近──もう一つを期待してしまう自分がいる。
『紅白戦の先輩、格好よかったです!』
なんてさ、送られてきたLINEについ頬が緩んだ。
寮の談話室。
テレビはここにしかないから、食事から風呂まではだいたいの部員がここに集まっている。
「なんだよー、彼女とLINEかー。」
「うん、まぁね。」
ゆいチャンも部活で忙しいから、そんなにしょっちゅう見に来るわけじゃない。
だけど、こうして練習を見に来てくれた時は必ず感想をくれるのだ。
「格好いい」なんて慣ないフレーズが気恥ずかしくて、だけど悪い気はしない。
バレーができる場所がある、それだけで十分と思っていた。
だけど、今は俺のバレーを応援してくれる子がいる。
「支えてくれた家族に」とか「応援してくれたファンに」とか、テレビでスポーツ選手が言っているのを見て偽善だと思っていた俺は、実はそうでもないんだってことに最近気づかされた。
声援は力になる。
相手を打ちのめす悦びよりも、もしかしたらもっと──。
「すっかりリア充だな、おまえ。」
「英太くんは元カノとのLINEやめたみたいダネー。」
「な、なんで……!」
「だから、カンだよー。」
色づいていく世界。
それは、とても眩しくて──
だけど、一瞬にして灰色に変わることだってあるんだ。
「マジで?相手ってあのバレー部の天童さん?!」
それを聞いてしまったのは、まったくの偶然だった。
昼休み、いつもならゆいチャンとは食堂前で待ち合わせ。
だけど、なんとなく気分が変わって迎えに行ってみようかなって思った。
──普段と違うことは、するもんじゃない。
「どこが良くて付き合ってるわけ?」
一緒にいるのは、ゆいチャンと同じ2年の男みたい。
「あの人さ、スゲー変わってるって先輩も言ってたぜ。本当に付き合ってるのかよ。」
階段を降りてくる二人の会話が聞こえて、その場で足を止めた。
「付き合ってるし、天童先輩はそんな風に言われるような人じゃないよ。」
「でもさ、3年の教室でも結構浮いてるって言ってたし、そりゃあバレーはすごいかもだけどさ、でも……あッ!」
そこで鉢合わせ。
「迎えにきたよ、ゆいチャン。一緒に食堂行こう。」
「先輩!」
二人とも驚いた顔をして俺を見て、それで男の方は一目散。
だから、別にそれで良かったのに。
無視して、それっきりにすれば良かったのに。
自分の気持ちが自分でコントロールできないなんて──そんなことってはじめてだ。
「あの、先輩。さっきの気にしないでください!」
「んー、別に気にしてないよ。だいたい本当のことだし。」
変わってるなんて言われ慣れてる。
部活ほどクラスでは馴染めてないのだって、本当。
誰かにわかってもらおうとかさ、面倒くさいからそうしてるだけ。
だって──バレーがあればそれで十分だ。
だけど、この子と関わるようになって、守られていたはずの俺の安全地帯はどこか脅かされはじめているのかもしれない。
それが、少し怖かった。
「そんなことないです。先輩はいい人だし、私は一緒にいてすごく楽しいです!」
嬉しいよね、そうやって言われたら。
だけど、やっぱり少し怖いな。
世界が変わっていくのは、いいことばかりじゃない。
触れなかったものに触れる、知らなかったことを知る、それは喜びばかりじゃないんだって思うから。
新しい世界。
それは確かに魅力的だけど──もしもこの子がいなくなってしまったら、俺はちゃんと元いた場所に戻れるのかな。
「ありがと、ゆいチャン。」
だから、予防線を張った。
帰り道を忘れないようにするために、元いた世界を忘れないために。
「でもさ、もしもゆいチャンが俺に興味なくなったら言ってくれていいからね。」
ああ、だけど──口は災いのもと。
「先輩、それどういう意味ですか?」
「え、そのままの意味ダヨ。」
ゆいチャンが足を止める。
一緒に食堂に行くはずだったのに足を止めて、その2つの瞳が怒ったように俺を見てる。
「それは、先輩は……先輩は私と一緒にいてもいなくてもどっちでもいいって意味ですか?!」
「え……。」
その言葉の意味を理解するのに、数秒を要した。
他人の心を読むのは得意なはずなのに、俺の直観は──ゆいチャンにだけ鈍くなってしまうみたい。
「今日は、ゴハンいいです。」
「あ、ちょっと!ゆいチャン……!」
こんな彼女ははじめてだった。
泣いた顔は最初に見たけど、怒った顔ははじめてだった。
いつだって、俺の隣で楽しそうに笑ってくれていたのに。
こんなことは知らない。
知らない。
あの子が笑ってくれないことがこんなにも苦しいなんて、俺は知らなかった。
「待ってよ……!」
追いかけた後姿。
気が付けば、もう遠い。
だけど、追いかけた。
(運動部でよかった、カモ。)
体力自慢の部の中じゃ俺のスタミナは下の方だけど、それでも彼女を追いかけるくらいはわけない。
この時ばかりはさ、鍛治くんに感謝したよね。
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