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■ありふれた だけど、魔法

とっくに終わってしまった授業。
教室に、一人きり。

だけど、帰りたくないな。


(今までなら、)
なんて考えたら、じわりと涙。

うじうじなんてしたくないけど、正直結構堪えてる。


先週末の金曜日、カレシにフラれた。
女の子とずっとLINEしてること、それがイヤだって言ったら喧嘩になって、喧嘩した週の週末にフラれた。
それも、LINEで。

(そんくらい直接言えよっ。)
そう思う。
思うし、むかつく。

その程度の気持ちだったわけ?
サヨナラも直接言えないくらい、そんな情けない男だったわけ?

だけど、よくわかんない。
彼氏とか彼女とか、それは私も初心者だから。


(でも、やっぱ……寂しいなぁ。)
今までなら放課後はデート、家に帰ったらLINE、土曜日は二人で出かける。
それが全部なくなって、ぽっかりと──心に穴があいたみたい。

好きなところはたくさんあったし、すぐに嫌いになんてなれない。
私も悪いとこあったのかなとか、出口のない迷路の中。


きっとママに言ったって、「高校生なんだから勉強しなさい」って言われるだけ。
友達にはもう十分すぎるくらいグチってるから、言い過ぎはやっぱりうざい。


寂しい、悲しい、苦しい──誰かにそばにいてほしい。

なんて、頼る相手はこれ以上思いつかないけれど。



「何をしている?」
彼に声をかけられたのは、そんな時だった。

「え、あ……っと、お疲れ、さまです。」
放課後の教室に顔を出した意外な人物に、なんだかうっかりマヌケな返事。


「何をしているんだ?」
声をかけた相手の方は、そんな私の場違いな受け答えなんて気にしないみたいに、重ねてそう尋ねた。

「何ってワケでも……ううん、えと……。」
用事がないなら帰れとか言われそうだね。
だって彼、真面目そうだし。


同じクラスだけど、よく知らない。
話したことだって、ほとんどない。
ピンと伸びた背筋、クラスで一番の高身長がそうしているだけで迫力ある。

学校イチの有名人。
たまにメディアの取材なんか受けてたりして、本当に同じ高校生かなって思ったりする。

近くて遠いクラスメイト──牛島くん。


「えと、牛島くんは……部活じゃないの?」
彼の質問に返す答えをもっていない私は、誤魔化し半分の問いかけを牛島くんに向けた。

「これから行くところだ。今まで部長会議だった。」

「あー、そなんだ。」
まっすぐに返ってきた答え。
だけど、それきり聞くこともなくなって、

「それで、三日月は何をしている?」
振り出しに戻る。


だけど、「カレシにフラれて落ち込んでました」なんていかにも堅物の彼に言えるはずもないし、

「うん、ちょっとダラダラしてただけ!もう帰るよ。」
そう言って、張り付いていたお尻を椅子から引きはがした。


もう帰ろう。

それで、DVDとか借りて帰ろう。
お菓子食べながら見よう。
それでそのまま寝ちゃえばいい。

そう、思ったのだけれど──


「本当にそれだけか?」

「え、」

「本当に理由はないのか?」
え、あ、うん?
どうして?どうしたの?
てか、意外に食い下がるね、牛島くん。

こんな風に話すのってはじめて。
彼の顔をこんな風にまじまじと見るのも、多分はじめて。


「どう、して?」
まっすぐに見る視線に、つられるように聞いていた。

「三日月は、いつも友人たちといるだろう。一人でいるのは珍しい。」

「そっか、そうかな。」
なんだか不思議な感じ。
牛島くんが私のことを知ってるなんて、不思議。

意外、っていうのかな。
口数も少なくて、いつもバレーのことばかり考えてるイメージで、周りのことになんて関心ないんだって思ってたから──。


「それに、」
そんな牛島くんこそ珍しいよって思って、だけどなんとなくそれが嬉しくて──だから、その次に言われたことは、もっとビックリした。

「それに、元気がないように見えるのだが、気のせいか。」

「えっ……。」
だって、こんな風に言う人だなんて──想像してない。


「そう、見える?」

「気のせいだったらすまないが。」

「ううん。」
まっすぐな人だなって思った。
私が思ってたのとは違うけど、やっぱりまっすぐな人なんだって。

思ってたより堅物じゃない、思ってたよりまわりのことを知ってる、それに思ってたよりずっと──優しいんだなって。


「ううん、気のせいじゃない。あのね、付き合ってた人にフラれちゃって……それでちょっと、ていうか実はかなり……落ち込んでる、かも。」
だから、素直に言えた。
まっすぐな視線に見つめられたら、素直にそう言えていた。

「……そうか。」
そんな私に、牛島くんはちょっと眉を寄せて困った顔。

あ、ごめん。
困らせるつもりじゃなかったの。

そんなの言われたって困るよね。
だけど、聞いてもらえただけで嬉しかったから。

そう言おうとして、作った笑い顔。


「えと、なんかごめん。こんな話。」

「いや、」
だけど、牛島くんはただこちらを見つめたままで。


「ごめん、なんか引き留めちゃったかも。私、もう……。」
帰るねと言おうとした。
その言葉を、

「待ってくれ!」
遮った強い言葉に、思わず眉がぴくりとなる。


「いや、すまない……。」

「え、うん?」

「すまない、少し……考える時間をくれ。」
途端に戸惑う仕草を見せて、そう告げた彼。
思わず、笑ってしまった。

「なぜ笑う?」

「ごめん、だって……優しいんだなって。」
だって、そうだよ。
シツレンとかさ、きっと牛島くんには無縁の話。

恋愛なんて関心なさそうだし、だけどいざとなれば誰だって夢中にさせちゃいそうだし。
それなのに、クラスメイトのこんなグチに付き合ってくれたりさ──優しいんだなって。


だけど、牛島くんが発した言葉が紡ぐのは、まるで想定外のセリフ。


「ちがう、俺は三日月の話だから聞きたいんだ。」

「え?」
彼の視線は、変わらずにまっすぐにこちらを見ている。
まっすぐで曇りのない眼差し。

強い視線に吸い寄せられたみたいで、私も目をそらせない。


「三日月が、好きだ。だから、話を聞きたい。」


え、何?
どういうこと?

牛島くん、今──

「なん、て……。」
なんて言ったの?


「三日月が好きだと言った。ずっと前から好きだった。」

「うそ!」

「嘘じゃない、本当だ。」

「なんで?!」

「ずっと見ていたからだ。気遣いがうまいのも、困っているヤツにさりげなく声をかけているのも、いつも友人たちと笑っている顔も、それから今日……落ち込んで見えたことも、全部見ていたから。」


「え、ちょ、ちょっと待ってよ。うそ、だって……。」
だって、だってそんなの!
まったく想像してない……!

どうしよう、どうしようどうしよう。


そう思って、困って、戸惑って、だけど──

「だからもう少し時間をくれ。気の利いた言葉を今、考えている。」
真顔のままで彼がそう言うから、笑った。

「ッは!あはは、ヤダな、牛島くん。それ言っちゃったら意味ない。」
可笑しいよって笑ったら、牛島くんも少し笑った。


「また笑ったな。三日月が笑っているのはいいことだが。」

「うん、ありがとう。」
なんだろう、すごく胸が軽い。
さっきまであんなに落ち込んでいたのに、今は全然違う。

うきうき?
似てるけどちょっと違う。

ああ、これ。
ドキドキだ、私──ドキドキしてる。


「少しは元気になったか?」

「たくさん元気になったよ。」
笑うとこんな顔するんだねって言ったら、「どんな顔だ」って聞かれた。

だから、

「私も牛島くんが笑ってると嬉しいよ。」
素直に告げた気持ち。


「それは、少しは脈があるということか?」
途端にそんな言い方をするのだから、やっぱり可笑しい。

「うん、そうかも。」
自然に見つめ合う瞳、それだけで気持ちがあたたかくなる。


「そうか。それで、俺はどうしたらいい?」

「え、そこ聞いちゃうの。」
彼の言葉は、いつも想定外。
だけど、それが心地いい。

「いけないか?」

「ううん。」
その言葉に、甘えてみる。


「じゃあね、”もう大丈夫だよ”って頭を撫でてほしい。それで部活が終わったらLINEしてほしいな。牛島くんのこと、教えてほしい。」

「それでいいのか。」

「うん、ちょっと贅沢言っちゃったかな。」


「そんなことない、簡単だ。」
大きな手が伸びてきて、私の髪に触れる。

優しく、優しく。
厚みのある手のひらが、そっと髪を撫でて──嬉しいな、気持ちいいな。


私、この手が好きだなって思った。


「もう行って、部活。」
放っておけばいつまでもそうしていそうな彼に、笑いかける。

「もういいのか。」

「うん、続きはまた今度してよ。それから、」

「LINE、だな。」


「うん!」

はじめて知った彼の素顔。
まっすぐで優しくて、とてもあたたかい──この手の温度。


ドキドキしてる、ずっと。
寂しい気持ちなんて、とっくにどこかへ行ってしまった。

夜のLINEを待ってるだけで、もうニヤニヤしちゃいそう。


だって、ああ彼はこんなにも──力強く私を包むから。


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