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■ロンリーボーイ,ロンリーガール

「なんでですか?!」

発した声の大きさに、自分でびっくりした。


「すんません。けど、理由も聞かんとあかん言われても、俺……。」
どうして必死になるのか。
どうしてそんなに欲しいのか。
聞かれても困る。

ただ、気になって。
手に入らないんだって思ったら余計に欲しくなって、だから北さんの言うことも聞かずに追いかけた。




ゆいさんのことを知ったのは、2年に上がって少ししてから。
稲荷崎の正セッターとして定着して、部長の北さんの教室を訪ねることも増えた頃。

北さんのクラスメイト。
教室の中でも目を引く美人やった。

『あの人、なんて名前ですか?』
ほとんど反射的に聞いていた。

けど、

『聞いてどうするんや。』

『どうて……声かけたいなって。』

『あかん。』
なんで?って聞いても教えてくれない。
「アイツはあかん」とにかくそれだけ。

そんな言い方されたら、余計に気になる。
気付いたら、目で追うようになっていた。

北さんとは仲ええんやなって気づいた。
同じクラスやし一緒におるのは普通かもしれんけど、でも話してるところをよく見る。

北さんと付き合うてるならしゃあない。
北さんが好きな人やったら、それもしゃあない。

『んなわけあるか。おかしなこと言うなや。』
そう尋ねれば、北さんは余計に怒って、ますますワケがわからなくなった。


こうなったら実力行使や!
北さんがあかんて言ったって、彼女じゃないなら別に遠慮する必要なんてない。

『バレー部の宮です。先輩、名前教えてくれませんか。』
廊下で見かけたところを捕まえて、そのまんま聞いてみた。

『ああ、北くんトコの……。』
少し驚いた顔をして、けどそれっきり。

『教える理由ないでしょ。』
つれない答えが返ってきた。


名前は、三日月ゆいさん。
誰かがすぐに教えてくれた。

それからは猛チャージや。
見かけるたびに声かけて、なんでもかんでも質問した。

『ゆいさん、こんにちは。ええ天気ですね。』

『だねぇ。』


『ゆいさん、いつも学食ですか?一緒にメシ食いません?』

『ウケる、なんで。』


『今日も綺麗やね、ゆいさん。』

『お金なら払わないよ。』

つれない、つれない、つれない。
押しても押しても響かへん。

俺、結構人気あるんやけどな。
顔も悪くないと思うし、稲荷崎バレー部のレギュラーやったらそう条件も悪くないやん。

でも、ダメ。
ゆいさんはいつも少しだけ笑って、俺の手をすり抜けていってしまう。
ほんま、何があかんのやろ──。



「だから、あかんて言ったやろ。」

「なんでですか?!」

「侑。」

「すんません。けど、理由も聞かんとあかん言われても、俺……。」
一度は詰め寄った北さんに睨まれて、今度は項垂れた。
どうかしとるって自分でも思う。
けど、ゆいさんのことになるとどうにも引っ込みがつかんくなる。
余裕がなくて、格好悪くて、そういう自分はいややって思うのに、どうしようもない。

けど、知りたい。
知りたくて知りたくて、そう思ったらもう自制なんか効かんし。

「あんなぁ、」
俺のしつこさに折れたのか、北さんが盛大にため息をついて。


「三日月の前の彼氏、俺らが1年時の部長やねん。」

「え……。」
それだけなん?て一瞬思った。
けど、北さんの顔を見たら、そうでもないってすぐわかる。

当時、稲荷崎のバレー部は久しぶりの全国大会出場権をもぎとったばかり。
校内の人気は上がる一方で、特に部長やったその人はモテとったらしい。

ゆいさんの方も一年の時から目立っとったとかで、部長の方から「付き合おう」て言うたらしい。

けど──

「高1と高3なんてそんなもんやって、三日月は言うとったけどな。」
随分と振り回された末に、ゆいさんの方が振られたらしい。

「せやから、おまえとはどうにもならんと思うわ。」

「そんだけですか?」
だって、やっぱりそれだけで?って思うやん。
同じバレー部やからってなんでそこまで避けられなあかんのって。

せやけど、北さんは俺を怖い顔で見るばかりや。


「おまえ、自覚ないん?」

「え?」

「女子にキャーキャー言われて、そのくせその子らのことアホあつかいしとる。おまけに女はとっかえひっかえや。今のおまえを見とるとな、」

あの頃の部長にそっくりや。


──そんな風に自分のことを思ったことなかったわ。



言われて気づいた。
せやな、北さんの言うてることは──いつも正しいもんなあ。

「……あかんやん。」
俺じゃ、あの人を幸せにはできんかもしれん。
そう思ったら──えらい寂しい気持ちになった。

寂しくて、どうしようもない惨めな気分や。




それから、俺はゆいさんを見かけても声をかけれなくなった。
好きになったらあかんって、自分に言い聞かせた。

言い聞かせてから「好きになったらってなんやねん」とまた情けない気持ちになる。
だってそんなん、もう──好きになっとるやん。

フラれる前に失恋て、ほんまアホらし。
何やっとるんやろな、俺は。



そんな中での出来事やった。

ターミナル駅の前、「このジャケット、そういえば治が今日着るから返せって言うとったな」なんて思い出しながら歩いとった。

その視界──


(あ!)
ゆいさんの横顔。
はじめて見る私服は想像通りやっぱりイケてて、けど今はそれより別のモンが気になった。

一緒におる男。
背の高い立ち姿、自分と同じスポーツをやってるヤツやってすぐにわかった。

(もしかして……そうなんちゃうん。)
北さんは前の男やって言うてたけど、ヨリ戻したってことなんか。
人違いかもしれない、だけどそんな気がする。
ゆいさんと一緒におる男が、前に付き合っとったバレー部の男に見えて仕方ない。


その場を動けなくて、それで──

作り笑い、慌てる仕草、俯いた横顔。
ああ、やっぱり──。

そう思ったら駆け出してた。


「ゆいさん!」

「えっ、」

「行きましょ、ゆいさん!」
駆け出して、手を引いて、遠くへ遠くへ──戸惑うゆいさんの声も仕草も全部無視してただ歩いた。


「宮くん!」
どれくらい歩いたのか、我に返ったのは名前を呼ばれた時。

「あ……。」
指先の力が抜けて、ゆいさんの薄い手のひらが俺の手から離れていく。

どうしよう、とんでもないことしてしもうたかもしれん。
なんであんなこと。

けど、

「あの男はあかん!」
やっぱり間違ってない。

「え?」
ゆいさんの顔を見たら、また気持ちがこみ上げてきて、

「あの男はあかんよ。戻っても絶対幸せになれへん。」
予想は勝手に確信に変わって、そしたらもう止まらなかった。

「まだ好きなん?好きでもやめときや、あんな男。そうだ、北さんは?北さんなら男気あるし、きっとゆいさんを守ってくれるで。バレーやっとる男がええなら、アランくんかて格好ええやん。それに、もしやったら治は。治なら、アイツが悪させんように俺も監視し、とく、し……。」
何言ってるんやって自分でも思う。
絶対おかしいやん、こんなの。
意味わからんし、ゆいさんはもっとわからんって思とるに決まってるわ。
けど、止まらなくて、

「アハハ、宮くん。」
尻すぼみになった声は、ゆいさんの笑い声に攫われて。


「おもしろいね、宮くん。」

「!」
こんな笑顔、はじめて見た。
ほんまに可愛くて綺麗で、ええなあって思う笑顔。
ずっと見てみたかった、ゆいさんの笑う顔。


「こんなに熱心に他人を推薦してくれる人ってはじめてだよ。」
そう言って、ゆいさんはますます笑った。

「せやかて、俺はあかんって北さんに言われたから……。」
なんなん、これ。
なんで俺、笑われとるん。

ゆいさんを助けたつもりやったのに。
ゆいさんを守りたかっただけやのに、なんで笑われとるん。


けど、

「どうして宮くんじゃダメなの?」

「どうしてて……。」
北さんに言われたこと。
自分の口からは言いたくなくて、どうしても口ごもる。

「チャラいし、性格悪いし、口も悪いし、女癖は最悪だし?」

「な、なんで……!」

「北くんが言ってた!」

「………北さん!」
ひど!
北さん、ひどいわ!
そう思うのに、言い訳なんて一つも出てこない。
言い返す言葉もなくて、ただ立ち尽くすだけ。


その俺に、ゆいさんは言った。

「でも、気になっちゃったなぁ。」

「!」
見上げる視線に見つめられて、体温が上昇する。

「ゆいさん、それ……!」
悪戯な笑顔がキラキラと視界で輝いて見えて、心臓の鼓動は速さを増すばかり。

「でも、本人がダメって言うなら諦めるしかないか。」
ああ、こんな。
こんなことって、あってええんかな。


「あかん!」
もうわからん。
何がどうなってこうなったのか、もうわからん。

「あかんよ、ゆいさん。諦めんで……。」
一度離した指に、もう一度手を伸ばす。

細くて白い、ゆいさんの指先。
それが、逃げずに俺の手の中に納まって、そのことにどうしようもなく感動した。


「……北さんに怒られるな。」
呟いた俺に、ゆいさんが噴き出して、

「じゃあ、やめとく?」

「殴られたってやめん。」
それから二人して顔を見合わせて笑った。


「も、おかしー。」

「ゆいさんもたいがいやで。」

「なんでよ。」
つないだ手と手。

「フッフ。」
背を屈めて寄せる額、じゃれあうみたいにいつまでも笑った。



かわええなあとか、綺麗なひとやなとか、なんやねんこの人とか。
俺の知らんゆいさんをもっと見たい。

ゆいさんにもっと構われてみたいし、構いたい。
怒られるんも悪くないし、けど笑ってくれたらそれが一番ええ。
一緒にいられたら、それだけでええよ。


「ねぇ、」
真横から見上げた視線。

「私、別にかよわい女子じゃないよ。」
眉を上げて問い返したら、腕を引かれた。


「浮気したら引っぱたく、絶対!」
危険な警告を告げるのは、可愛らしい笑顔。

「怖いわぁ、気ぃつけよ。」

叩いた軽口は北さんに告げ口されて、翌日北さんに頭を叩かれた。



──けど、
あれからもうしばらく経つんやけど、ゆいさんに引っぱたかれたことはまだない。

もちろん、これからもそんな予定はないし、つまりはハッピーエンドっちゅうことや。


ほんま、ラブラブでごめんやで。
ほなね。


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