■タケヤブヤケタ
──恋をするのは苦しいことなんだって、はじめて知った。
「ち、違いますよッ!そんなんじゃないです!」
「えー、でも英太くんも見たよね。工が女の子のことジーッと見てるの。」
「おい、天童。その辺にしといてやれって。」
瀬見さんが止めてくれてよかった。
もしそうじゃなかったら、天童さんはきっともっと色々なことを暴露したと思う(どこで入手するのかわからないけど、天童さんの情報網はすごい。もしかしたらタダの勘なのかもしれないけど)。
それに、
「おい、いつまでぼさっとしてんだよ。1年はコートの準備だろ。」
「う、は……ハイッ!」
一番聞かれたくない相手、そう──白布さんにこのことを知られてしまったら大変だ。
白布さんに言われて、体育館の向こう側へと一目散。
ちょうどよかった、ほっとした。
だって天童さんにあんなこと言われた後じゃ、白布さんの顔がちゃんと見れない。
俺が、白布さんを避ける理由。
それは、三日月さんのことが──原因にある。
三日月さんと会ったのは、本当に偶然だった。
顧問に指示された用事があって、2年生の教室に行った時。
1階上にあるというだけで、まるで雰囲気が違う。
当たり前だけど、まわりはみんな上級生。
その時は高等部に入学したばかりで、上級生のクラスの前を歩くだけだって緊張した。
その日、たどり着いた白布さんの教室。
教室の奥に白布さんを見つけて、だけど声をかけられずにいた俺に、話しかけてくれたのが三日月さんだった。
『1年生?誰かに用事?』
すごく綺麗な人だなって思った。
『そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。』
笑った顔が可愛いなって思った。
1つ年上というだけで、クラスの女の子よりもすごく大人っぽく見えた。
ドキドキして、心臓がバクバクなって、
『あの、俺……バレー部で、それで白布さんに……。』
やっとそう言ったあの日のまま、三日月さんに会うと俺の心臓は壊れそうなくらいに暴れて言うことを聞かなくなる。
あれから3つの季節が過ぎて、俺はバレー部のレギュラーに定着して、2年生の教室の前だって緊張しないでもう歩ける。
だけど、ずっと──三日月さんを遠くに眺めたままで、話をするのはおろか自分の名前だって言えてない。
片思いなんて言えないくらいの、遠い距離。
だけど、俺は──三日月さんが好きなんだ。
「おい、五色。ストレッチするぞ。」
「へ、う……はいっ、スミマセン!」
避けられたのは最初だけ、チームメイトなのだから白布さんと話さなきゃいけないのは当然だ。
だけど、話しかけられるとそれだけで手足がうまく動かなくなる。
「さっさとしろよ。」
白布さんは今日も変わらず辛辣で、いつもと全然違わない。
そのことが、余計に俺を絶望的な気分にさせた。
俺にとっては!あんなにも衝撃的な出来事だったのに、白布さんにはそれが普通なんだって思ったら、
「おい、おまえ……何泣いてんだ?!」
「な、泣いてないです!」
「いや、泣いてんだろ。どうした、腹でも壊したのかよ?!」
うう、ひどい。
ひどいです、白布さん。
腹を壊したからって泣きません!
第一、 お腹が痛くなんてない!
俺だって、俺だって!バレー以外で落ち込むことだってあるんです……!
「なんでもないですッ!」
視界の中の白布さんの呆れ顔が滲んでいた。
泣いてない、断じて泣いてなんかない。
だけど、ちょっとは涙ぐんでしまったかもしれない。
それくらい、今日は白布さんと話すのが辛かった。
「別になんでもないならいいけど、牛島さんの足引っ張ったらタダじゃおかないからな。」
「……ハイ。」
“あんなこと”があった日でも、白布さんは通常運転なんだなって余計に悲しくなったけど、やっぱり白布さんには言えない。
その日の部活、俺はたくさんミスをして、その分監督にもコーチにも怒られた。
白布さんにはその倍怒鳴られて、落ち込んでたら瀬見さんが慰めてくれた。
「どうした、スランプか。何か問題あるなら言えよ?」
「うう、大丈夫です。」
「本当に大丈夫なのかよ。」
「………。」
瀬見さんなら3年生だし、もしかしたらそういうヤツも経験豊富かもしれない。
相談してみようかなと一瞬思ったけど……やっぱりダメだ!
言えない。
言えるはずがない。
だって、白布さんが──
白布さんが、三日月さんにラブレターを手渡すところを見てしまったなんて!言えるはずがない……!
「おい、工。大丈夫かよ、本当に。」
「大丈夫です」と答えた脳裏に、あの光景が蘇る。
放課後の昇降口。
三日月さんを見かけた俺は、影からじっと見守っていた。
そこに現れたのが、白布さんだった。
三日月さんを追いかけるみたいにやってきて、それで……それで!みんなの見ている前で三日月さんに!て、てて手紙を手渡した……!
嬉しそうに受け取る三日月さん。
三日月さんと一緒にいた2年生の女子が、それを見て一緒に喜ぶような仕草をしてた。
(三日月、待てよ!)
(なに、白布。)
(これ、おまえに。)
((キャー、ラブレター!ゆい、やったね!))
(白布……ありがとう。)
(好きだよ、三日月。)
!!!!!!!!
会話は全然聞こえなかったけど、俺にはそう見えた!
というか、絶対そうだった!
白布さんと三日月さんが……。
そう思うとショックしかなくて、だけど「やっぱりお似合いかも」なんて思う自分もいた。
白布さんは、性格はともかく顔はいい。
どっちかっていうと美少年系だし、確かに女子受けしそうな気がする。
三日月さんと並んだら──俺よりずっと絵になるなって、そう思ったら……うう、また泣けてきた。
「お、おい。マジで大丈夫かよ、工。何か悪いものでも食ったのか?!」
瀬見さんまで!
どうして俺が落ち込んでると、食あたりってことになるんですか!
「ち、違います!これは青春の痛みです!お腹の痛みなんかじゃありません!」
そうだ、これは大人になるために乗り越えなきゃいけない試練!
負けるな、工!この先にこそ成長があるんだぞ!
「何言ってんだよ、おまえ……。」
せっかく自分を鼓舞しようとしているのに、瀬見さんにはまるで通じていない。
しかも!
そんなやりとりを、部活後の体育館でしていたのがいけなかった。
「英太くんに工ー、もう部室閉まっちゃうよ。」
天童さんと一緒に顔を出したのは、よりにもよって白布さんという滅多にない取り合わせで、それが俺にとって最悪なのは目に見えていた。
「ヤベ。行こうぜ、工。大丈夫か、腹痛いんだろ?歩けるか?」
だから腹痛じゃないって言ってるじゃないですか!
瀬見さんに向かってそう言おうとした俺に、
「英太くん、工のそれは青春の痛みだよー。」
「!」
まさか聞いてた?!
天童さんのセリフに思わず顔を上げた。
「大丈夫だよ、工。工だって、賢二郎に負けないくらいいいところあるよ。」
「て、天童さん……!」
何を言い出すんですか!
そんなこと言ったら、白布さんに!白布さんにバレちゃう……!
「は?俺がなんだって?」
ホラ、もう内面丸出しでめっちゃ怒ってるじゃないですかああ!
どうしよう……!
「ち、違うんです。違います、白布さんは関係ないです!」
「ええー?でも、今日の工、賢二郎のことすごい見てたし、そのたびに泣きそうな顔してたし、何かあったのかなって。」
やめてください、天童さん!それ以上俺の心の中をさとらないで……!
「あ、もしかして……工がよく見てる女の子って2年生だもんね。賢二郎の知り合いだったりする?」
そこまで言われて、考えるより前に声が出ていた。
「三日月さんは関係ありません!!」
「あ……。」
終わった、もう終わった。
これ、白布さんにバレた。
白布さんの彼女に片思いしてたことも今日もこっそり見てたことも、完全にバレた。
どうしよう、俺……もう白布さんにも三日月さんにも合わせる顔がない。
そう思ったのだけど──
「なんでそこで三日月が出てくるんだよ?」
当の白布さんは、眉間にシワを寄せた不機嫌顔。
「だ、だって!」
「ハァ?」
ひどい、とぼけるなんてズルイです。
あんなにも堂々と!三日月さんに──
「だって!白布さん、今日!三日月さんにラブレター渡してたじゃないですかッ!」
……え、あれ?
なんだ?この沈黙?え、なんで?
白布さんも天童さんも瀬見さんも黙っている。
そんな時間が、何秒続いただろうか。
「えー、賢二郎!ラブレターって何!古典的ぃ!」
と、天童さんの声。
「し、白布!おまえ……マジかよ!」
と、瀬見さんの真っ赤な顔。
それで、
「何恥ずかしいこと抜かしてんだよ!んなことするわけねーだろ、殴るぞ!」
と、白布さんの……って、えええええええええ???!
「だ、だって!俺、今日見たんです!白布さんが三日月さんに手紙を渡してるの!」
「手紙ぃ?」
「し、昇降口で!み、見たんですからねッ!」
もうやぶれかぶれだった。
覗き見たそれを白布さんにぶちまけて、
「ひどいです!そんな風にとぼけたりしたら三日月さんだって怒りますよ!」
そこまで言ったら、
ガツンッ!
「い、痛いッ!」
「おい、白布!」
本当に拳骨が飛んできた。
それで、
「おまえ、何勘違いしてんだよ。あれは、バレー部の試合の予定表!」
「え?!」
「三日月が試合見に来たいっつーから渡しただけ!」
「ええ!」
「だいたいなんだよ、ラブレターって!今時そんな古臭いことするヤツいるわけねーだろ!ガキか、おまえ!」
「ええええッ!」
……って。
そんな、じゃあ──
「そもそも俺と三日月は別になんでもないからな!」
ダメ押しのひとこと、それでようやく理解した。
「じゃ、じゃあ!今日のは全部俺の勘違いってことですか??!」
「だから、最初からそうだって言ってんだろ!」
もう1回殴られそうだったけど、それは瀬見さんが止めてくれた。
「ぶッひゃッひゃッ!工、よかったネー。」
よしよしと天童さんに撫でられて、
「え、う……あ、あの……。」
「だって、工。その子のこと、好きなんでしょ?」
「う、えと……多分、というか、その……。」
やっぱり言葉が出てこない。
だけど、あれ?
三日月さん、バレー部の試合を見に来てくれるってこと?
「そうだよ、いいとこ見せるチャンスだよー。」
「そうだ、頑張れよ!工!」
「え、見学って言ったら普通、牛島さんのこと見に来るんじゃないですか。」
そうだ、チャンス!
チャンスだ、工!
青春はまだ終わってなんていなかった──!
三日月さんが試合を見に来てくれる。
三日月さんが俺の活躍を見に来てくれる。
だから、だから!
「めっちゃやる気出てきましたぁぁ──!」
涙なんかどこかへ飛んでいってしまって、今の俺──無敵な気分!
クロスだってストレートだって、バンバン派手に打ち込めそうな気がしてきた!
「……単純なヤツ。」
白布さんの顔を見るのだって、もう平気だ。
「ありがとうございます!」
「褒めてねーよ。」
無敵のエース。
期待のルーキー。
だから、もっと俺を見て!
きっときっとたくさん活躍して、牛島さんにだって負けないくらい点を取って!
それで!
あなたの心も、エースの称号もきっと奪ってみせます!
だから、どうか──そこで、俺を見てて。
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