□星なきよるに思うこと 7
「彼氏」の連絡先を消した。
電話番号もLINEも消して、とにかくそれっきり。
旧友たちに話したら「やっと言えるけど、アイツ彼女できてたよ」と教えられた。
友達たちの気遣いになんだか苦笑い。
言ってくれればいいのにとも思ったけど、言われたところで泣くだけだったし。
振り切れたんだから結果オーライなんだと思う。
高校生のレンアイって、そんなもんなんだろうか。
もっとちゃんと向き合って、好き同士いろいろ話したいって思うのは私だけ?
別れたっていいから、ちゃんとケジメくらいつけてほしい。
無視して終わりとか、そんなの男らしくない。
そこまで考えて、首を振る。
つい、宮くんのことを思い出してしまうから。
「彼女になって」と言われてから、私たちは曖昧な関係が続いてる。
毎日LINEをしてるし、部活の練習だって見に行くことがある、練習試合がある時は宮くんの方から誘ってくれる。
ドキドキして、だけど──答えを出せないでいるのは、どうしてだろう。
「後でいい」って言ってくれた彼の言葉に甘えっぱなしで、いつまでもこうしてるわけにはいかないのに。
放課後の図書館で、ひとり問答。
宮くんは部活だよね、なんてLINEの画面を開いてみて、
「え?」
なんだろう、なんでだろう。
だけど、気づいてしまった。
図書館のベランダに、人の気配。
「ちょ、何してんの?!」
覗き込んだ窓の下で、膝を曲げて座る明るい髪を見つけて慌てて引き戸にまわる。
「ねぇ、部活じゃないの。」
見ればジャージ姿。
ということは部活を抜けてきたとでもいうのだろうか、そんなの一体どうしたっていうの。
「あー、あんたか。」
のんびりと返ってくる答えに、なんというか拍子抜け。
「あんたかじゃないでしょ、どうしたの。てか、寒くないの。」
「そういや、そうかなあ。」
こちらを見上げる侑くんの視線に、思わず顔をしかめた。
「ねぇ、」
「何かあったの」と聞くけど、「何もあらへんよ」と答えるだけ。
わからないひと、最初に会った時からずっと。
少しだけ、沈黙があった。
「……うるさいねん、体育館。ここは静かでええわ。」
そんな言い方、心配するなって方がムリじゃん。
「どうしたの?」
「………。」
「ねぇってば。」
何も言わない彼に焦れて、横にヨイショと腰を下ろす。
「ねぇ、言いなよ。寒いし、聞かないと私も戻れないじゃん。」
「ぶッ!なんやねん、それ。」
侑くんは笑って、
「あんたは何しとるの?」
私に尋ねて返す。
「ゆい」と、一度だけ名前で呼ばれたことがある。
だけど、それは一回だけ。
侑くんの呼び方はずっと「あんた」だ。
「宮くんより侑くんの方が特別だ」なんて思わせぶりな軽口を叩いておいて、自分はこう。
なんだかやっぱり読めなくて、だからこうやって偶然会ったって距離なんて縮まりようがない。
それなのに、
「何って、勉強。来年は受験だし。」
「もう?はやない?」
「別にそんな早くないでしょ。」
こんな風に話していると、それがまた違うように思えてくるから自分でもよくわからない。
「一応、頑張ってるの。大学は一人暮らししていいってパパが言ってくれたし。」
「ひとり暮らし?」
「うん、合格したらね。」
「なんやそれ、えっろ。」
悪戯な笑顔がこちらをのぞき込んで、
「別にエロくないでしょ!何それ!」
「だって、エロいやん。ひとり暮らしとか。」
ただの悪ふざけだってわかってる。
だけど、ついムキになる。
「エロくない!」
「エロいて。」
「だから、違うってば!」
「わかってへんなぁ。」
そんな言い合いを続けてたら突然、侑くんが声を立てて笑った。
「ははッ、あかんわ。おもろいな、あんた。」
「なんなの、もー。」
ワケわかんないよ、と呟いた時に、ふと通り抜けた風。
「さっぶ!」
いつからそうしていたのかしらないけど、やっぱり寒かったらしい。
肩をすぼめた彼に、「やっぱりね」と言ってやる。
「せやんなあ、確かに寒いわ。」
すぐ隣にあったお互いの指が、触れる。
反射的に逃げようとしたそれを、侑くんの手が取った。
「……あの時と逆やな。」
あったかいのは私の手、侑くんの手はすっかり冷え切ってしまっている。
だから、
そんな風に言われたら──私は彼の手をふりほどくことができない。
「なあ、」
目の前には、広い空。
空気はやっぱり少し冷たい。
それを見つめたままで、侑くんが言った。
「まだ、治と付き合うとらんの?」
「……うん。」
それを聞かれると、ちょっと気まずい。
「前の男のこと、引きずっとるん?」
「違う、と思う。」
もう好きじゃない。
好きじゃないってハッキリ言える。
だけど、モヤモヤしてるのも本当。
付き合うってなんだろうとか、好きってどういうこととか。
子供っぽいかもだけど、あれ以来ずっと考えてる。
「決められへん?」
「………。」
宮くんに悪いことしてるって、わかってる。
だから、つい俯いた。
その私に、
「決められへんのやったら……俺にせえへん?」
「え……。」
驚いて顔を上げる。
だって、今──なんて言ったの?!
「なんて顔してるん。」
だけど、そんな私の視界の中で侑くんは笑って、
「あんたが治と付き合っとるって噂やし、今までの倍、女子がうるさいねん。」
目を細めてみせる。
「練習しとってもキャーキャーうるさいから怒鳴ったったら、今度は俺がコーチにどやされるし。」
「それで逃避行や」と言った彼の顔は、笑顔を形作っていたけれど、その目はまるで困った時のソレだった。
言葉を探して、
だけど、見つからなくて、繋いだ手もすっかり冷たくなって──
「さて、そうも言ってられんし、戻るかな!」
どこで区切りを見つけたのか、侑くんが立ち上がる。
「同じ顔やって言うても全然違うんやけどな、たいがいにして欲しいわ。」
離れていく指先。
そのことになぜかほっとして、だけどほっとした自分をズルイと思った。
「うん、全然違うよ。」
心が揺れる理由をわからないままで、相づちを打つ。
「せやんなぁ。」
「せやでっ!」
その口調を真似してみたら、今度こそ本当に侑くんが笑って。
「フッフ。なんなん、それ。」
私も一緒に笑った。
「ほな、行くわ。」
ぐ、と膝に手を当てて足を伸ばす仕草をして、それから大きく背を反らす。
それを、見ていた。
「ほんま、似とるのは顔だけや思とったのにな。」
背を向けて歩き出す、後ろ姿。
その彼が、つぶやいた言葉が──聞こえてしまった。
聞いてしまった。
多分、聞いちゃいけなかったハズなのに。
「……二人して女の趣味が一緒って、どういうことやねん。」
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