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□星なきよるに思うこと 6

「三日月……!」

校門前。
気まずい気持ちを抱えたままで戻ってきたそこで、私を待っていてくれたのは、宮くんだった。


「み、やくん……。」
気まずさと別の感情とで、気持ちが揺れる。

「よかったやん。」
ジャケットを脱いだ背を叩かれて、気づいた。
どちらから解いたのか、繋がれていたはずの私と侑くんの手はいつの間にか離れていて。


「なんもないか?!」
伸びてきたのは、宮くんの手だ。
それが頬に触れて、

「つめた。」

「大丈夫だよ。」

「そう思えんし。」

「でも、大丈夫。」
初めて見る、宮くんのこんな顔。
困ったような、焦ったような、だけど彼が心配してくれたんだってすごくわかる──。


「ごめんね。」

「俺こそ、ごめんて。」
何を謝っているのか、お互いに曖昧なまま。
だけど、やっぱり「ごめん」と言いたかった。


「クラスの連中も心配しとったで。」
今度は、宮くんが私の手を引いていく。

「え、本当?」

「ほんま。」

「みんなにも謝らなきゃ。」
うわ、これ一大事。
なんて言おうって、頭の中がまたぐるぐるまわる。


「せやな。けど、」

「え、」
握る手が、強くなる。

「教室、戻る前に話……させて。」
本鈴もとっくに鳴ってしまって、午後の授業が始まっている。
本当ならすぐにでも教室に戻って、先生に謝るべきなんだと思う。

だけど、宮くんの声はいつになく真剣で、

(それに、)

「うん……。」
私も、言わなきゃいけないことが──ある。




「三日月、さっき。」

「あ、うん……。」
二人きり、忍び込むみたいに使ってない教室の中。

少しだけほこりの匂い。
腰掛けたイスが小さくキィと鳴った。

教室では隣の席だけど、今は机を挟んで向き合って座っている。


俯き加減の私に、宮くんの視線。
まっすぐにこちらを見ているのがわかって、なんとなくむずがゆい気持ちになる。

「さっき、ごめんな。ちゃんと庇うべきやったのに。」

「え、ううん。いいよ、そんな……!」
みんなにアレコレ言われて恥ずかしかったけど、そもそもは侑くんが煽ったせいだし、それにそもそものもっとそもそもは──私のせい。


「だって、私が!」

「彼氏おるって聞いて、むかついた。」

「え……。」
言いかけた言葉は、宮くんの言葉に遮られて──行き先を見失う。

だって、そうだ。
こんなのって予想してない。

宮くんのこんな顔も、こんな言葉も、予想してなかった。


「むかつく資格なんてなんもないのにな、でもむかついた。」

「み、やくん……。」
この先の言葉を聞く覚悟は、多分私にはまだできてない。
だけど、吸い込まれていく。
宮くんの視線に、まっすぐにこちらを見る真剣な眼差しに──。


「三日月に彼氏がおるって聞いて、むかついて。それで、気がついた。」

ちょっと気になるって思ってた。
でも、友達でもいいって思ってた。

だけど、「ただのクラスメイト」って言われて──やっぱりちょっと傷ついた。
それがどういう意味か、答えはまだ出ていなくて、


「好きや、三日月のこと。」


息をのむ。
ただまっすぐに、告げられた言葉に。

「彼氏、おらんならそれでいいし、おるんやったら別れてほしい。俺の、彼女になってほしい。」
こんなにもはっきりと誰かに好意を告げられたのは、初めてだった。


「私、」
言わなきゃって思ったことが口にできるまで、多分何秒もかかったと思う。

「わ、たし……ね。あっちで付き合ってる人、いたんだ。でも……もうずっと連絡なくて、電話しても、LINEも、全然……それ、で……ふ、ふられちゃったってことだと、思うんだけど……けど、なんかよく……わかんなくて……。」

ああ、本当。
今日の私は泣いてばかり。

本当、どうしちゃったんだろう。


「ごめん。」

「わ、私こそ……!」
溢れだした涙を拭う指先が、あたたかな手のひらに変わる。

「なんや今日、謝ってばっかりやな、俺たち。」

「そ、そうかも。」
熱をもつ耳たぶを撫でて、頭の後ろにまわされた手が柔らかく髪を撫でた。


「イヤな話させてもうた。」

「ううん。」
ごめんな、とまた小さく呟いて、

「けど、ほっとした。」
それから、宮くんは小さく笑った。


「フラれるなら言わん方がええし、でも黙っとれんし、どうしようって。」

「ふふ、」
困ったようにつぶやく様子に、私もようやくほっとして、


「ううん、私もちゃんと言えてよかった。」
フラれたってようやく踏ん切りついたしね、と笑ったら、宮くんも笑ってくれた。



「返事は、後でええよ。」
授業の終わりを告げる鐘の音。
それと同時に、宮くんが立ち上がる。

「え、と……。」
急に恥ずかしくなって、だけど目を細めて笑う彼の後に続いた。


教室に戻ったら、クラスメイトは大騒ぎ。
バッグの中のスマホは友達と宮くんからの着信でいっぱいだった。
ちゃんと心配してもらえたことにほっとして、ああやっぱり転校も悪くないって改めて思い直した。

「彼氏もいないのに見栄を張った恥ずかしいヤツ」という噂が、誰かによって広められてしまうことになったけど──

「別にええやん。」
と宮くんが言うのでほうっておくことにした。


その晩、はじめて届いた宮くんからのLINE。
嬉しくて、あったかくて、だけど──そう思う心のどこかで胸を疼かせる「もう一人」の体温。


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