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□星なきよるに思うこと 5

どうしよう。
スマホ、学校に置いてきちゃった。


こういう時の体力って、意外に侮れない。
逃げるみたいに学校を飛び出して、気付いたら駅がもうすぐそこ。

(なんなの。)
なんなのって思う。
なんであんな言い方するの。
なんであんな風にみんなに見られなきゃいけないの。

なんであんなこと、私──言っちゃったんだろう。


学食に行く途中だったから、お財布はある。
スマホがないのは不安だけど、帰りたいならこのまま帰ることだってできる。

だけど、スマホだけじゃなくってバッグもそれに制服のジャケットも学校に置いたままだし、おまけに上履きのままだ。
第一このまま帰って……明日、どんな顔して学校行ったらいいの。


失敗しちゃったな。
転校初日から今日まで、わりとうまくやってきたつもりだったのに。

女の子同士の付き合いって色々タイヘン。
友達はできたけど、それだってまだ「本当の」友達じゃない。

東京の子ってハブられないように、とか。
調子乗ってるとか思われないように、とか。
面倒なヤツって思われないように、とかさ色々あるのに。

頑張ってきたのになぁ、さっきので台無しだよ。


「LINE……。」
置いてきちゃったってわかってるのに、やっぱり手持ちぶさたで。
ポケットを探ってみるけど、見つかるはずがない。

地元の友達に連絡したい。
「聞いてよ」って言いたい。
「どうしよう」って相談したい。

今の私にこそ、スマホは必要なのに。


「なあ、何しとるん。」

「えっ……。」
駅前通りを制服でふらふら。
学校がお昼休みっていったって、高校生がこんなところにいるはずがない。

補導されたっておかしくない。
だけど、声をかけてきた相手はもっと悪かった。


「高校生?サボり?」

「つか、その格好、寒くないん?」

「そんな格好でふらついてたら、風邪引くで。」
大学生?
見るからに軽いっていうか、ちょっとガラ悪いかもっていうか。
とにかく絶対よくない感じ。


「あの、私……用事あるので。」

「用事って、そんな格好で何言っとるん。」


「や、ヤダ……ッ!」
手首を掴まれて、慌てる。

駅前だし、人通りも多い。
助けてって叫べば大丈夫……そう思うのに、肝心の声が出てこない。


その時だった。

「ゆい、何しとう……!」
腕を引かれて傾いた身体が、後ろへ引き戻される。

ドン、と当たった背中を抱き留めたのは、広い胸。


「み、宮くん……ッ!」
思わず名前を呼んだけど、そこにいたのは私が名前を呼んだ相手じゃない。
「宮侑」の明るい髪が、目に飛び込んできた。


「なに、彼女?迎えに来たん?格好ええね。」
私を抱き込んだ「宮侑」を見る視線。
人を見下すような嘲笑するような、やらしい視線。

「そうですけど、迷惑かけたならすいません。」
いつもの彼らしくない言い方だけど、声は棘を含んでいた。


「迷惑っていうか、これから遊ぼうって話してたとこやし。」

「彼女も乗り気みたいやし、離してもらってええかな。」
ニヤニヤと笑う相手にも、「宮侑」の声に怯む様子はない。


「んなわけないやろ、アホか。」

「あ゛あ゛?!」

どうしよ!
一触即発、かも。

ていうか、ダメ!喧嘩だけは絶対ダメ!


「ヤるんか。」
凄む相手に、背筋をイヤな汗が伝う。

だけど、

「ええよ。けど、高校生相手にボコられて、みっともない顔晒すんはそっちかもしれへんで。」
庇うように私の前に進み出て告げる、笑みを含んだ声。

どうしようどうしよう、こんなのって絶対マズイ。
スマホ、警察!ってないんだった、携帯!本当どうしよう……!


「……アホらし。」
緊張の糸が解けたのが、わかる。
目の前に立った背中から向こうを覗けば、「何イキがっとんねん」、「しらけたわ」と口々に言いながら背中を向けるさっきの男たち。


「み……あ、あつむくん……!」

「アホか、ほんま!」
思わず手を伸ばした背中が振り返る。
振り返って、私に向かって目をつり上げて、

だけど、ほっとした。


「よかった、喧嘩になったらどうしようって!」
自然にそこに、手が伸びていた。

「手、怪我したらどうしようって……。」
大きくて、厚みのある手のひら、節ばった指先──それに、触れる。

「何言っとるん……!」

「だって!」
だって、侑くんはバレーの選手でしょ。
手が大事でしょ。
何かあったらどうしようって、あの手に、ボールを自在に操るこの指にもしも何かがあったらって──。


「大事な手だよ。」
ほっとして、そしたらまた涙が出た。
今日の私、泣いてばっかり──だけど、止まらない。



「なあ、」
肩に侑くんのジャケット。
いいよって言ったけど、「寒いから」って貸してくれた。
震えていた手は、侑くんの手の中であったかくなった。

「彼氏おるって言うたの、本当なん?」
聞かれて、俯いた。

言ってしまったことを後悔してるから。
だって、本当、情けない話だ。


「……いない、多分。」
そう、「多分」いない。
「もう」いない。

「多分ってなに?」

「だから……ッ、」
付き合ってるカレなら、いた。
2ヶ月前まで。

前の高校で、同じ学年。
だけど、「転校する」って言ったら、

『俺、遠距離とかムリかも。』

それきり、気まずくなって。
話もちゃんとできなくて、そのまま兵庫に来た。

電話してみたし、LINEも送った。
だけど、返事はない。
LINEだって、既読になるけど反応ない。

それがどういう意味かってことくらいわかっているけれど、それでも割り切れない気持ちがあって。


「それ、フラれとるやん。」

「そんなハッキリ言わないでよ!」

「せやかて、明らかにフラれとるやろ。」

「ッ!」
呆れた顔で言う彼に言い返してみるけど、自分でだってよくわかってる。


「また泣いとるん?」

「泣かないってば!」
手を繋いだままで顔をのぞき込まれて、慌てて離れようとしたら腕を引かれた。

「危なっかしいし、くっついとき。」


どうしよう。
どうしようって、ずっと言ってるけど、本当どうしよう。

だって、繋いだ手が熱い。
のぞき込まれた頬も熱い。

それに、心臓の音がうるさい。


「あ、侑くんは……!」
何考えてるのって言おうとしたら、イジワルな笑顔と目が合った。

「俺も”宮くん”なんやけど。」
はじめて会った時、本当にサイアクだって思った。
だけど、今日──あんな風に追いかけてきてくれて、もう同じ風には思えない。

「宮侑」から「侑くん」にそっと格上げ。
そう思ったのだけれど、


「宮くんより侑くんの方が特別な感じやし、まぁええか。」

「!」
そう言われてしまうと、途端に呼びづらい。


だから、侑くんがイジワルだということはやっぱり訂正できそうにない。


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