□ハルジオン 6
『夏休みなのにごめんね。ちょっとだけ時間もらえないかな?』
知らないIDからのLINE。
「三日月ゆい」ってフルネームの表示がなんとなく三日月さんらしくて、そのことがまた胸の鼓動を早める。
『カオリに教えてもらったんだけど、突然LINEしてごめんね』
ごめんばかりの三日月さんからのメッセージに、『全然大丈夫です』と返事を返す。
用事が何かってことなら、すぐに予想がついた。
「洗って返すよ」って俺のスポーツタオルを持って帰った終業式。
別にいいのにって思ったけど、引き留めたりしなかったのは──それが三日月さんの手元にあるって思うだけで、なんとなくドキドキしたから。
三日月さんと繋がりができたみたいで嬉しかったから。
くだらない独りよがり、多分。
でも嬉しかった。
自己満足でもいい。
一瞬の夢でも構わない。
もう少しだけ、このドキドキを味わっていたかったから。
三日月さんにとっての俺は、「木兎さんの後輩」できっとそれ以上でもそれ以下でもない。
それ以上を望むのもなんとなくいけない気がしたし、だけど──少しくらい夢に浸ったっていいじゃないかって、そう思ったんだ。
ほんの少しの期待と残りを埋める寂しさと。
それを抱えて、俺は三日月さんに会った。
学校の外で会うのなんて初めてだ。
だから、制服じゃない三日月さんは勿論初めてで、そのことにひどく動揺した。
「赤葦くん、ごめんね。」
また謝るんだなって思いながら、三日月さんの目が見られない。
「いえ。スミマセン、俺こそ……なんだか気を遣わせてしまって。」
女の子と待ち合わせなんて、したことない。
その初めての待ち合わせの相手が三日月さんであるということに、どうしようもなく緊張して。
だけど、木兎さんの元カノだっていう事実に胸が揺れる。
──好きになっちゃいけない人を好きになったら、どうしたらいいんだろう。
俺は、その攻略方法を知らない。
気持ちは消えるのかな。
時間が経てば。
会わなければ、忘れるのかな。
だったら、それが一番いいんだろうな。
「これ、タオルありがとう。」
ターミナル駅前のスターバックス。
私服姿の三日月さん。
学校じゃない場所、制服じゃない三日月さん。
どこから消化したらいいのか、わからない。
部活のある学校を避けたのは、きっと木兎さんがいるから。
私服なのは、夏休みだから。
そんなのわかってる。
頭ではわかっているくせに、気持ちはひどく動揺していた。
冷静でいられない、だって俺は──。
洗濯されて、丁寧にアイロンまでかけられたスポーツタオル。
それに、小さなお菓子の包みが添えられていた。
「夏休み終わるまで預かってるっていうのも悪いし……。」
三日月さんもどこかぎこちない。
「あのさ、」
どこか困ったような声。
「この前は……色々ゴメンね。」
また、「ごめん」。
三日月さんは、俺に謝ってばかりだ。
「いえ、その……。」
アイスコーヒーの入ったカップを伝う水滴。
そればかりを見ていた。
「俺も、不躾なこと聞いて……スミマセン、でした。」
三日月さんの顔を見られないままでぺこりと頭を下げて、「ああ、これで終わりか」って頭のどこかで思った。
タオルを返してもらって、ちゃんと挨拶して、そしたら元の通り──
なんでもない、ただの学校の先輩と後輩に戻るんだって。
それに……きっとそれが、多分一番いい道なんだって。
だけど、
「ううん、あのね。なんか……。」
三日月さんの言葉に──
「赤葦くんに聞いてもらって、少しスッキリしたっていうか……私もちょっと前を向こうかなと思ったり……みたいな、ね。」
「え……。」
得体の知れない感情がわき上がる。
「いつまでも光太郎のこと引きずってるのもメイワクだしとか、自分なりに考えて……だから、前向きに少し……なれたらいいなって。」
自分でもわからない、何か。
感情の波に振り回される。
三日月さんの傷ついた顔が、悲しい。
泣かないで欲しいって思う。
だけど、立ち直ろうとする三日月さんが──俺は寂しくて。
ひどく勝手な感情だ。
木兎さんを好きでいてほしい?
ずっと傷ついていてほしい?
違う、そんなんじゃない……!
だけど、嫌だ。
俺の知らないところに行かないでほしい。
前を向いて笑ってって、三日月さんの幸せを願いたいって思う。
思うけど、それが──俺の知らない誰かとだったらって思うと、嫌だった。
俺の知らない誰かと、
俺じゃない誰かと──そんなの、嫌なんだ……!
「あの、」
ようやく顔をあげた視界に、三日月さんの顔。
戸惑うような作り笑顔を見たら、また気持ちが揺れて──俺は言葉を見失う。
言うべきじゃないんだ。
だけど、聞いてほしい。
もう吐き出してしまいたい。
「スイマセン、俺……ッ。」
迷惑かけるってわかってる。
三日月さんを困らせることだって、知ってる。
それでも、
「俺……!」
それでも、三日月さんを他の誰かに渡したくない。
気持ちも伝えないままで──誰かにさらわれてしまうなんて、絶対に……イヤだ!
「謝るのは、俺の方です。」
ゴメンって、三日月さんの言葉を聞くたびに苦しかった。
だって、悪いのは俺の方だ。
──本当はずっと好きだった。
だから、木兎さんと別れた理由だって知りたかった。
だから、慰めたいって思った。
言えないなんて言い訳で、俺は安全圏から眺めてるだけの卑怯者で、
本当は、今日だって──
二人で会えて、嬉しかったんだ。
「俺、三日月さんが好きなんです。」
三日月さんの瞳が、一際大きく見開かれる。
ああ、きっと困らせるって傷ついて、だけど伝えたかった。
「ずっと黙ってました、スミマセン……。」
どうして欲しいかとか、わからない。
全部吐き出してラクになりたかっただけって言われたら、そうかもしれない。
だけど、もう我慢なんてできなくて。
どこにも行かないで欲しいって、ただそれだけを──伝えたくて。
「スミマセン。好きです……ッ、すみません。」
好きなんだってこの気持ちを、わかって欲しくて。
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