□ハルジオン 5
『スマホじゃないんだ?』
「メールしてよ」と渡したアドレス。
連絡が来るかなんてわからない。
来なかったら作戦Aだなと、そんなことを思いながらもつい何度も携帯の表示を確認してしまうから我ながら可笑しい。
メール有りの表示に飛びついた自分がこっぱずかしくて、誰が見ているわけでもないのに照れくさくて背を丸めた。
あまのじゃくな返事に、口元がにやける。
ハッキリいってドストライクの答えだ。
完全素直なイイコちゃんよりずっと好み、第一印象って案外アテになる。
『悪かったな、ローテクで。』
『でもなんか似合ってるんじゃない?』
『どういう意味だよ。』
『笑』
短文のやりとり。
それが楽しくて、恥ずかしながら頬が緩みっぱなしの俺です。
これはもうスマホに変えるしかねぇな、うん。
付き合えたら変えるか、その前にカーチャンと交渉しねぇと。
なんて、浮かれた妄想が膨らんでく。
少しだけ気恥ずかしくて、けどたまらなくワクワクする感じ。
ソレが何を意味するかなら、とっくに気づいてる。
──絶対にこの子が欲しい。
『会おうぜ。』
踏み込んだ一言に、すぐには返事は来なかった。
ストレートに誘うよりさりげない方がいいかもと悩んで選んだ末の一通。
間違えたかなと逡巡の時間。
『いいよ。』
3時間と40分後に返ってきた返事に、一気にテンションが上がった。
「20もハンデあれば十分か?」
「え、ウソウソ。30!30にして!」
「じゃあ、25。」
履きかけのレンタルシューズから顔を上げた視線がじっと俺を見て、
「わかった、25。」
渋々に頷く姿に笑う。
待ち合わせからまっすぐ向かったのは、ボーリング場。
負けず嫌いの子猫の視線に、さっきから当てられっぱなしだ。
まず制服姿とのギャップがイイ。
パステルカラーのコーディネート、裾の長いスカートが大人っぽい。
デートコースはしっかりシュミレートしてきたつもりだったが、会った瞬間は思わず言葉に詰まってしまったくらいだ。
「おし、じゃー行くか!」
腕前披露と行きますか!と勢いよく立ち上がれば、
「おー、頑張って!」
なんて手を振る姿。
もう付き合ってるんじゃねぇかなってこっちが勘違いしそうになる。
勢いよく転がるボールの音、弾けるピン。
賑やかな周囲の空気と一緒になって、俺たちもはしゃいだ。
「ちょっとは手加減してよねぇ。」
「それじゃ格好つかねぇだろ。」
2ゲームやって2ゲームとも俺の勝ち、けど2ゲーム目は正直ちょっと危なかった。
むくれたフリをして隣を歩く彼女だが、目は笑っている。
「あ、たこ焼き!」
「俺も思った。」
ポケットに突っ込んだ手を握る。
すぐ隣にある白い指先に、気を抜けば手を伸ばしそうになって思いとどまる。
まだ早い、なんて健気すぎるぜ。
けど、そこは慎重にいきたいんだ。
「明太子がいい、めんたい!」
「ネギだろ、そこは。」
「えー、明太子だってば!」
俺たちって合ってるんじゃねぇかなって思う。
そう思わねぇ?
「しゃーねーなぁ。」
テンポよく返される会話に、惹かれていくのを止められない。
止めるつもりなんて──とっくにない。
「やったぁ、コレですよ。コレコレ。」
弾ける笑顔が嬉しい。
この顔がイイ。
最初に会った時の戸惑った顔とか、憂いのある視線。
それもソソるなって思ったけど、やっぱりコッチがいい。
「ね、黒尾くんも早く食べなよ。」
なぁ、オマエはどう思ってんの?
どんなつもりで俺に会ってる?
木兎のコトはもういいのか?
なんで今、こんなこと。
今じゃなくたっていいだろ──そう思うのに、
「お、旨いじゃん。」
「でしょ─?」
この視線を、笑顔を、ずっと独り占めしていたくて。
「なぁ、」
「うん?」
自滅すんな、バカ。
だけど、──自分を止められなくて。
「食い終わったらアレ乗ろうぜ。」
俺の視線を辿って戸惑いを滲ませる横顔を盗み見る。
「なぁにビビってんだよ。」
逃げ道をふさぐなんて卑怯だ。
だけど、そうした。
「ッ、別に!」
と負けん気の強い彼女が答えるのは明らかで。
「何分あんだろうな、アレ。」
「………。」
空に向かって咲く大車輪。
ボーリング場のある施設の隣にある観覧車は、このテーマパークのランドマークでもある。
観覧車といえば二人きりの密室で、
だから、
何かが起きるってことを彼女も予感してるんだろう。
けど、この沈黙は──ちょっと堪えるよな。
「ワリ、そんなつもりじゃなかった。」
そうだ、そんなつもりじゃなかった。
こんな風に追い詰めるようなマネ、考えてなかった。
俺といたら楽しいって思ってもらえたら十分だった。
木兎のこと、聞けなくていい。
すぐに好きになってくれなんて、思ってない。
そのはずだったのにな。
「……やっぱ今日はやめとこうぜ。」
俯いてしまった彼女の頭を、ポンとひと撫で。
弾かれたように顔をあげたその視線に──少しばかり傷ついた。
それくらい、酷く困った顔をしてた。
「んじゃ、お化け屋敷でも行くか。それとも絶叫系……。」
早く空気を変えたくて、笑顔を作ってみるけど。
「あ、あのね!」
一度生じてしまった気まずさは、簡単に解消できない。
自業自得。
まさに自滅コースだって自分を呪って、
「私、ね……。」
けど、それもイイ。
どんなオマエだってさ──もう好きだよ。
「知ってる。」
言いかけた言葉を遮って、告げる。
「木兎と付き合ってたんだよな、聞いたよ。」
「だ、誰に……。」
「木兎じゃない、他のヤツ。」
あからさまにほっとした様子にまた傷ついて、だけどそのことにまた自覚する。
もう後戻りなんてできないくらい、俺は彼女に惹かれてる。
「わかってて誘ったから。それに、来てくれたんだからちょっとは可能性あるってことだろ?」
「え、と……。」
「おいおい、困るなよ。自信なくなるだろ─。」
広いオデコをつついてやったら、ようやく彼女が笑ってくれた。
俺の冗談にほっとしたって顔で、そこは少し残念だけど──でも、いい。
チャンスがあるなら。
「アイツのこと、好きならそれでいいよ。その内気持ちも変わるかもしれねぇし、変わるように努力すんのが俺の役目だ。」
だって、ホラ。
男の傷は男で癒やすのが一番って言うだろ?
俺のこと、利用したらいい。
都合のいいように利用して──それでいつか俺ナシじゃ居られなくなればいい。
それまで俺が、一番近くにいるから。
「別にカレカノじゃなくたってさ、トモダチだってこうやって遊んだりすんだろ。普通だよ、普通。な?」
今はそれで、十分だから。
だから、お願いだから傍にいさせて。
楽な道じゃないんだろうなと思う。
友達の元カノなんてさ、止めておいた方が無難。
彼女か俺か、それともアイツかあるいは──。
誰かが傷つく可能性だってある。
それでも、好きになった。
これからも、きっともっと好きになる。
だから、今日一日で終わりになんてしたくない。
「で、お化け屋敷と絶叫系、どっちにする?」
尋ねた俺は、言葉とは裏腹。
きっと情けない顔をしてたと思う。
「な?」
涙をにじませた瞳をのぞき込んで、手を伸ばす。
ハッキリいって無茶苦茶緊張した。
「私、」
伸ばした指先が彼女の目元に触れて、そこにわずかな水分を感じた。
無理矢理につくった笑顔の向こうで、視線が重なった。
それでさ──
「お化け屋敷だけは、絶対無理!!」
「ッはは!」
今度は素直に笑えた。
「おーし、じゃあガンガン行くか!」
見上げた空は、青い。
これ以上ないくらいにまぶしく照りつける太陽。
灼ける日差しに目を細めて振り返れば、はにかむ笑顔。
「行こうぜ、ゆい。」
高鳴る心臓。
今日初めて呼ぶ名前に、柄にもなくまた緊張して、
「うん……!」
返ってきた返事にほっとする。
まだ始まったばかり。
終わりじゃない、先なんて見えない。
だけど、それが天国でも地獄でも──覚悟なら出来てる。
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