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□ハルジオン 4

一学期の終業式。

俺は、久しぶりに三日月さんに会った。


終業式の今日は、部活も休みだ。
それがなんだか手持ちぶさたで、教室を出るのが遅くなってしまった。

もしかしたら、木兎さんから「自主練しようぜ」なんてLINEが入ってるかもしれないと思ったけど、今日はそれもなかった。
さすがの木兎さんも今日くらいは帰ったのかなと、諦めて帰路につくことにする。


校舎の階段を降りきったところだった。

「ごめん、今そういうの考えてないから……。」
聞き覚えのある声に、思わず足が止まる。


階段下、三日月さんの茶色い髪が見える。
並んで立っている相手が誰かはわからなかったけど、どういう状況なのかくらいすぐに察しがつく。

踊り場まで、足音を消して引き返して──気まずい告白シーンが終わるのを待った。


「あ、赤葦くん……!」
そのまま三日月さんが立ち去るのを待つつもりだったが、階段へ視線を移した彼女にあっさりと見つかってしまって。

「や、ハハ。ごめん、なんかヘンなとこ……見られちゃった。」
困ったように眉を下げた三日月さん。


それから、「久しぶりだね」と曖昧な笑顔がこちらを見た。


「スミマセン、俺こそ……覗こうとかじゃなかったんですけど。」

「覗きって!」
三日月さんが笑った。
笑わせるつもりじゃなかったけど、久しぶりに見た三日月さんの笑顔にひどくほっとする自分がいる。


「スミマセン。」

「いいってば。」
ふふふと三日月さんがまた笑う。

だけど、

「なんかね、別れたって広まっちゃったぽくて。」
みんな噂好きだよねぇ、と軽いことのように言う三日月さんに──ギリ、と胸の奥をつねられたような気分になる。


ほっとしたり、嬉しかったり、そのくせ苛ついたり、俺はどうかしてる。

だって、関係ないのに。
俺は、三日月さんと何の関係もない人間で、三日月さんと木兎さんのことに口を挟む資格だって、そんなの全然ないのに……。


「あの、」

「うん?」

本当は、聞きたいことが山ほどあった。
だけど、俺は関係ないから──


「いえ……。」

「なに、も─。」
ずっとそう思って押し込めてきたはずなのに、言葉に出してしまったのは何故だろう。

言うべきじゃなかった。
聞くべきじゃなかった。

そんなの、後からいくら後悔したって遅いのに。


「別にいいよ、なんでも言って。」
そんな顔で見られる方が困るよと言った三日月さんの言葉に、つい言ってしまったのだ。

「なんで、」

知りたいと思う気持ちが、いけないと思う理性を追い抜いて──


「なんで、木兎さんと別れたんですか。」

沈黙が、その場を支配する。



三日月さんは何も言わなくて、俺も何も言えなくて、しばらくの間……俺たちは気まずい時間をただじっと過していた。

「余計なこと言ってすみません」、そう言って立ち去るチャンスはあったと思う。
そうすれば、それ以上踏み込まずに済んだんだ。

だけど、できなかった。

知りたかった、わかりたかった。
わかって、納得したかった。


それに、本当は──踏み込んでしまいたかった。
いけないと戒めながらずっと眺めるだけだった場所に、踏み込んでみたかった。

木兎さんの隣で明るく笑う三日月さんの──心が見える場所に。


「フラれちゃった。」

その言葉は俺にとって予想外で、すぐには頭に染みこんでこなかった。
シンプルな言葉であるはずなのに、理解が追いつかない。


「ふ、られた……?」

「うん、フラれちゃったんだ。光太郎に、今は……バレーに集中、したいからって。」
木兎さんから別れたなんて、信じられない。
だって、三日月さんは木兎さんの自慢の彼女で、スマホの中に入った写真だっていつも大事そうに眺めてたし、「いいだろ」って誇らしげに見せてくれたおそろいのスマホケースだって、俺はいつも──。


「インターハイの後、言われたんだよね。私、ちょっと、ね……負担になってたみたい。」

頭ん中が、ぐちゃぐちゃだ。

何か言わなきゃって思う。
だって、おまえが聞いたんだろ。
聞いといて無言とかそんなの失礼だし、それに──


「ッ、ごめん。なんか……やっぱうざいヤツだな、私。」

三日月さんが、泣いてるのに。


そんな風に言わないでください。
そんなに悲しそうな顔しないでください。

お願いだから泣かないで。


俺の不用意な言葉のせいで、傷ついたりしないで。


「ごめん……。」
震える声が小さくそう告げるのを聞いて、


「ウザくない!」
気づいたら、大きな声を出していた。


「ウザくない、三日月さんはウザくなんかないです。俺は……三日月さんが悪いって思いません……!」

お似合いだっていつも思ってた。
三日月さんを自慢する木兎さんが羨ましかった。

彼女がいるのっていいなって思った。
あんな彼女なら──三日月さんみたいな彼女ならいいなって、ずっと思ってた。


「ごめん、赤葦くん……。」

大粒の涙が、三日月さんの頬を濡らしていく。
慌てて渡したスポーツタオルに、吸い込まれる嗚咽。


「LINE、多かったかなとか……電話、邪魔だったかなとか……私、もっと支えられたんじゃないのかなとか……後悔すること、いっぱい……あるのに……。」
ギリギリと締め付けられる胸。

その理由を、

「いっぱい、後悔……してる、のに……もう、どうにもなんない……。」


俺は──



「泣かないでください。」

「ごめん。」

「そうじゃなくて、」

「ごめん。」


「違う、そうじゃなくて……!」

三日月さんの涙がこんなにも苦しい理由、それを──俺は知ってしまった。


「そうじゃないんです……。」

涙なんて見たくない。
傷つけたりしたくない。

三日月さんには、笑っていてほしい。
悲しんでほしくない。



だって、俺は──。


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