□ハルジオン 3
偶然っていうのは、なかなか魅力的だと思う。
ドラマや映画の恋愛モノだって、だいたいそんな感じだろ?
とはいえ、そんなオイシイ「偶然」はそう何度も訪れたりしない。
だから、待った。
少しの努力と少しの偶然、その組み合わせなら何かが起こりえるんじゃないかって。
夏休みに予定している長期合宿の打ち合わせ。
梟谷グループの4校の主将と顧問が集まるのは、いつも決まってグループの主催者である梟谷学園だ。
監督同士は詰めの調整があるとかで、部活に向かった木兎を除く3人で校門へ向かう。
口実をつくってそれを抜け出したのは、思いつきなんかじゃない。
そうしようと思ってた。
努力と偶然の──噛み合う瞬間を期待して。
絶対会えるってわけじゃない。
会えない可能性だって高い。
でも、待ってみようと思った。
あの日聞けなかった名前を──知りたくて。
「よ。」
「!」
ぶつかった視線。
大きく見開いた瞳が、途端に表情を浮かべて。
「この前の……。」
「おっ、覚えてるじゃん。」
誰だっけとか言われるかもなと思ってた分、すぐに返ってくる反応が嬉しい。
「そりゃあ……。」
視線が向かった先、
「え、髪?よく言われっけど……寝癖、ど─にもなんねんだよなぁ。」
自分で狙って待ってたクセに、なんだかこういうのは照れくさい。
誤魔化しがてら頭を掻くと、彼女が笑ってくれた。
あ、なんか幸先いいじゃん。
この前は見られなかった笑顔が、早速見られるなんてさ。
「何してるの?」
「バレー部の合宿の打ち合わせ。んで、今帰り。」
あんたを待ってたんだけどな。
だけど、それは言わない。
「そっか。」
「お─、夏休みに一週間。気合い入りまくりですよ。」
──木兎の元カノ。
この前は知らなかった情報が、頭の中にインプットされてる。
バレーに関する話題で様子を探りながら、次の会話を模索する。
「そっちは?部活は?」
案の定顔を曇らせる彼女に、そっと違う話題を差し出せば、
「もう引退。文化部だしね。」
「へぇ、何部?」
「茶道部。」
「マジかよ、お嬢だな!」
大げさにリアクションする俺に、また向けられる笑顔。
「そんなんじゃないって。」
「そうかぁ?」
「そうだよ。なんか友達に誘われて、とりあえずっていうか。」
運動あんま得意じゃないし、と照れたように笑うのがさ、「可愛いな」って思った。
初対面の時の勝ち気な感じとまた違って、それがいい。
ギャップがあるっていうのかな。
なんつ─か、もうハマりそうかもって……ぶっちゃけ思った。
木兎の元カノとかさ、たぶん良くないんだろうなとは思う。
赤葦の様子じゃなんか訳ありっぽかったし、別れたとはいえ友達が付き合ってた相手とどうこうなんて面倒を呼び込むだけだ。
だけどなぁ、
「あ、俺さ。黒尾な、黒尾鉄朗。音駒高校って知ってる?」
初めて会った体育館から、忘れられない。
気になって、引っかかって、まずいかなって思っても次の瞬間には「別にいいじゃん」って否定してる自分がいる。
「ね、こま……。」
木兎から聞いてたりするんだろうか、俺のこと。
だとしたら、ちょっとフクザツって感じかも。
「名前、聞いてもいいか?」
だけどさ、仕方ねぇよな。
気になるもんは、気になる。
──簡単に忘れるなんてできない。
「えと、三日月ゆい……。」
「ゆいチャンね。」
赤葦が呼んでた「三日月さん」じゃなくて、下の名前で呼んでみる。
一つも見逃すまいと見つめた顔が、さっとピンク色に染まって、
ああ、ヤベ。
ドキッとした、マジで。
今ので完全に自覚したってヤツだわ。
「今帰りだろ?俺も駅まで行くとこ、歩こうぜ。」
知りたい。
この子のことが。
もっと知りたい。
んで、知ったらきっと──好きに……なるんだよな。
なぁ、木兎。
いいんだよな、別れたんだし。
別に裏切るとかじゃないし、いいよな。
何があったか気になる。
けど、気になることはオマエじゃなくて彼女に聞くことにするぜ。
それで、俺がこの子を笑顔にする。
木兎がどうかとか、もう関係ない。
今、決めた。
「……いいよな?」
彼女に聞こえないくらい小さく、そっとつぶやいたのは宣言。
全力で口説くつもり。
後戻りなら、もうしない。
木兎のことを追いやった脳裏に、チラリ──もう一人の男の顔が浮かんで消えた。
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