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□ハルジオン 1

インターハイ予選から半月。

都内ベスト8ってのも十分な結果だが、春高では絶対に本選を狙いたい。
そのためには実践的な練習を強化していこうと猫又監督とも話し合ったところで、7月には2回の合宿が予定されていた。


その合宿の1日目が終わった後だった。


「あ、ヤベ。」
さっきまで練習していた第一体育館にタオルを忘れたことに気づいたのは、「自主練しようぜ」木兎に誘われて使用許可の下りた第三体育館に移動する途中。

「ワリ、戻って取ってくるわ。」
鍵閉めは顧問たちがしてくれる手はずだが、今戻ればまだ開いているはずだと小走りで来た道を引き返す。


「逃げんなよ、黒尾─!」

「誰が逃げるか、何回でもたたき落としてやるから覚悟しとけよッ!」
木兎の声に笑って返せば、体力が有り余り過ぎている主将に代わって隣の赤葦が頭を下げて寄越した。



予想通り体育館はまだ灯りがついていて、扉も開いたままだった。
さっさとタオルを拾って戻ろうと、コートの端に駆け寄って、しかしそこでふと足を止めた。

広い体育館。
練習試合の熱気がまだ残っている気がする。


今年の合宿からは、梟谷グループ以外から宮城の烏野も加わって、一層賑やかだ。
会うたびに新しいことに挑もうとする烏野の貪欲さには関心するし、何より刺激的。

ウチだって負けてられねぇな!なんて、柄にもなく決意表明的なものを感じたりして──


その時。

「ん?」
感じた視線。


「わッ、ごめんなさい!」
足下の小窓をのぞき込むと、大きく見開いた視線と目が合った。

梟谷の制服。
だけど、マネージャーじゃない。

瞬時にそう判断して、だけどつい軽口を叩いてみたくなってしまうのは悪い癖だ。


「なんだぁ、覗きか?」

「え!ヤダヤダ、違ッ……!」
顔を紅くして全力否定。
そうなるといよいよ悪癖が顔を出す。

「や──らしいィ。」

「違うってば!」
ユニフォームの裾を抑える真似をしてニヤリと笑えば、今度は目を吊り上げるから可笑しい。


「うそうそ、冗談だって。」

可愛いなぁなんて早速思ってしまって、もっとイジってみたくなったけど初対面でこれ以上はさすがに悪趣味だろう。


「何、誰か探してんの?」
こんな小さな窓越しじゃなくてちゃんと顔が見たい。
答えが返ってくる前に扉へと駆ければ、律儀に俺を待つ姿があってテンションがあがる。

「カオリに借りてた本、返そうと思って。」

「カオリ?」
マネージャーもそうだけど、梟谷の女子ってレベル高ぇなって思えば、ちょっと悔しいような気もする。


「マネージャーやってる。」

「おー、梟谷のマネか。どっちかな、渡しとこうか?」
だけど、なんとなくワクワクする。
なんつーか、運命的?ていうのか?
いいじゃん、こういうの。


「ううん、大丈夫。月曜に学校で会うし。」

「ふぅん。」
今日は土曜だから部活帰りかな、なんて想像を巡らせる。

「明日もやってるぜ、合宿。」

「……うん、カオリから聞いた。」
少しだけ俯きがちになる横顔。


慌てたり怒ったり、それでまたこんな顔。
忙しいなって思って、だけどどうせなら笑顔が見たいなって思ったりする。

「あ、じゃあさ。」
練習見に来いよって言おうとした矢先、


「黒尾さん!」
渡り廊下の向こう。


「じゃ、もう行くね!」
その声にはじかれたみたいに、目の前の彼女が顔をあげて、

「あ、オイ……!」
走り去る背中。



「木兎さんがうるさくて、すみません。」
迎えにきましたと頭を下げる赤葦に、「主将のお守りは大変だねぇ」と苦笑する。


「けどなぁ、赤葦くんよ。」

「なんですか。」
愛想がない、感情を出さない、けど礼儀正しくて先輩思いの副主将。
そんな赤葦を俺は基本気に入っている。

だけど、今のはちょっと無粋じゃないかい。


「ちょっとは空気を読んでくれたまえよ。」
ポンと肩を叩いて揶揄すれば、

「………。」
返ってきたのは沈黙。


「明日見に来てって言おうとしたのにさぁ。」

「………。」

「あと少しで連絡先とか聞けたかもだしさぁ。」

「………。」


「てか、名前まだ聞いてねぇじゃん!ぬかった!」
ああ、でも梟谷のマネちゃんに本借りてるって言ってたし、聞いたらいいのかとそこまで言った俺に、ようやく赤葦が口を開いた。


「……三日月さんは練習には来ませんよ。」

「んあ?」
なんだ、赤葦名前知ってんのかと思うけど、「下の名前は」なんて気軽に言えない強い口調。

なんで?と聞いていいものか、迷う。
遠慮なんてらしくないけどと思いながら、赤葦の横顔を盗み見る。

いつも通り無表情な顔で、けどいつもとどこか違う雰囲気。


「三日月さんは、」
赤葦から聞いたこと、
ショック、かな。
まぁ、ビックリしたってのは事実だな。


「……三日月さんは、木兎さんの元カノです。」

だってさ、マジかよ。
どうすっかなぁ。
やっぱりマズイってことになるのかな。

もし好きになるとかなったらさ、それってやっぱ気まずいのかもな。


けどさ、

「へぇ……。」


あいつ彼女いたのかよ!って聞き返せなかったのは、木兎のせいじゃない。



なぁ、赤葦。

俺よりさ、実際オマエの方が──マズイ感じなんじゃねぇ?


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