■ルララ 7
すべての音が止まったように感じた。
チームで繋いだボールが、俺の手を弾いて飛んでった。
その時。
会場を埋め尽くしていたメガホンの音とか歓声とか、
チームメイトの声、
みんなどこかへ行ってしまったみたいな静寂。
飛雄と目が合った。
それでまた、音が戻ってきた。
終わったんだって思ったのは、いつだろう。
烏野の主将と握手した時?
監督の言葉を聞いた時?
わかんない。
覚えてない。
岩ちゃんが泣いてた。
金田一も泣いてた。
マッキーもまっつんも泣いてたかもしれない。
でも、涙は出なかった。
終わったんだって思うのに、なんだかそれっきりって思えなくて──。
ウシワカに啖呵きって、それから飯食ってまた飯食って、気づいたら学校に帰って来てた。
それでみんなでバレーして、
もう最後なんだって、やっと気づいた。
このチームで出る大会は、もうない。
一緒に目指した最後の目標は終わってしまった。
同じメンバーで同じコートに立つことも同じ目標を追いかけることも、もうない。
本当に最後なんだって思ったら──今度こそ俺は泣いてた。
『岩泉の鼻水、やべえ』
『おまえのもあるけどな』
家に帰ったら送られてきたLINE。
マッキーから届いた岩ちゃんの泣き顔の不細工さに笑って、岩ちゃんが仕返しで送ったマッキーの顔もなかなかでまた笑った。
『つーか腹減った』
『マジかよ、無限かおまえ』
それからも寝るまで4人のグループLINEは続いて、なんだかんだ通常運転。
それが嬉しかった。
嬉しいなって思った。
けど、そこで初めて気づいたんだよね。
「つーか、ウシワカ!!」
肝心なこと言うの忘れたじゃんか。
クソ、言っときゃよかった。
ていうか、言うべきだった!
ゆいちゃんに手出したら許さないからなって、
絶対許さないって──
「ゆいちゃん……。」
言ったとこで無駄かもしんないけどね。
ウシワカに勝ったらデートしてなんて。
バカじゃん、俺。
ウシワカとやる前に終わってんじゃん。
マヌケだな。
そう思ったら、
「終わってるな、俺……。」
なんかまた泣けてきた。
悔しくて、情けなくて泣けてきた。
だけど、そんなみっともない俺にも平等に朝は来てしまうワケで。
「はよ。」
「うス。」
大会の後の練習はオフって決まりだけど、結局早めに家を出ればいつもの通り道で岩ちゃんと会った。
「早えな。」
「岩ちゃんもね。」
「つうか朝練ないとか調子狂うな。」
「まぁねー。」
昨日の話とかは特に出なくて、宿題やってないとか体育のサッカー合同だねとかそんな話をして道を歩く。
「部室、寄るか。」
「……だねぇ。」
毎日続けてきたルーティン。
簡単に止めるなんてできなくて、結局いつもと同じコース。
アップして軽くボール打って、それから着替えて教室に向かう。
いつも通り。
そう、いつも通りの時間。
だから──
「おはよ。」
「お、はよ……ッ!」
下駄箱でゆいちゃんに会うのも、いつも通り。
昨日の試合、見に来てくれたかな。
きっと来てくれたんだよね。
だったらお礼言わなきゃ。
でも、「負けちゃった」って簡単に言える空気じゃない。
そんなの俺が一番わかってるし。
「あ、あのさ。」
うわ、急に緊張。
なんか背中固まりそう。
だけど、今日はちゃんと用意してあるんだ。
格好悪い俺、情けない俺。
それでも逃げたくない。
デートはムリかもしれないけど、ちゃんと話そうって。
だから、放課後時間ちょうだいって言おうと思って顔を上げた瞬間、
「じゃ、俺行くわ。宿題やってねーし、写さねぇと。」
相棒に早々に見捨てられた。
まさに背水の陣。
岩ちゃんのツッコミなしじゃ、もう冗談にはできない。
「え、と。」
俺のアホ、早く言えよ。
「放課後話せる?」って、それだけじゃん。
なんで顔こわばってんだよ。
いつでも爽やかイケメンの及川さんはどこ行ったよ。
──喉がカラカラだ。
だけど、
「ねぇ、及川。」
一瞬の沈黙は、ゆいちゃんによってあっさり破られた。
「え、あ!うん!」
いつもの顔。
クールなのに可愛くって、それでちょっぴりイジワルな顔をしたゆいちゃんが笑った。
「及川は、宿題やってあるの?」
「え!」
反射的に背筋が伸びる。
「いいよ、ノート貸してあげる。」
お見通しとばかりにゆいちゃんは口唇をつり上げて、
「いいの?!」
「いいって。」
それから、言ったんだ。
「その代わりなんか奢って。スタバじゃなくてどっか別のカフェとか。」
「!」
マジかって、声に出ちゃいそうだった。
聞き間違いじゃないよな?
ゆいちゃん、カフェ行こうって言ったよね?
学校近くのスタバじゃなくて、
「パンケーキ食べたい。」
間違いない、聞き間違いなんかじゃなくて、本当に──
「え、あ……うん!」
だけど、なんで……?
「市内まで行く?」
「いーかも。」
すかさず調子にのった俺にも、ゆいちゃんは変わらず笑ってくれる。
「いいの……ッ?!」
思わず、聞き返してた。
だって!
だってだってだってさ!それってデートじゃん!
デートだよね?!
「だ、って!だって、俺……!」
烏野に負けた、ウシワカとは試合すらできなかった。
「勝ったらデートして」なんて言っといて、アイツと試合する前に負けて──
「試合、負けたのに……。」
言葉にするだけで口がひん曲がりそうだけど、
「うん、見た。」
だけど、ゆいちゃんの視線はまっすぐに俺を見て、やっぱり笑うんだ。
「でも、私から誘うんだから良くない?」
「え!」
頭がついてかない。
だって、こんなの完璧予想外だ。
いつも躱されてばっかりだったアプローチ。
決死のデートの誘いは、自分でダメにした。
それなのに、ゆいちゃんから誘ってもらえるなんて。
空振り上等。
気を引きたくて、構ってほしくて、気になりっぱなし。
臆病な自分にイライラして、だけど戦略だって言い訳した。
答えを──先延ばしにしてた。
でも、もう逃げられない。
逃げたくない。
追い詰められて、追い詰めて、だけど道はまた広がる。
「及川ってさ。」
教室までの景色、いつも通りの。
階段まで50メートル、階段から10メートル。
いつも通りのコースを、いつも通りにゆいちゃんと歩く。
だけど、今日は「いつも」じゃない。
ウキウキしてフワフワして、「どうして」の聞き方を探して、
それを口に出す直前、ゆいちゃんが言った。
「及川ってさ、格好良かったんだね。」
「!!!」
「昨日知ったよ」ってゆいちゃんのイタズラな視線。
「知らなかったの?!」
「アハハ!」
吹き出したゆいちゃんに口を尖らせて、「それわりと有名だからね」って言ったらますます笑われた。
あ、いい感じ。
すごくいい感じ。
いつも通りだけど、いつも通りじゃない。
俺がほしかった感じ、多分コレだ。
確信して、
手を伸ばす。
思い切って、触れてみる。
「早いよ。」
ヨコシマな期待は裏切られて、掴んだ手はすぐに振りほどかれた。
けど、
「後でね。」
少しだけ、ほんの少し。
確かめるみたいに、ゆいちゃんの小指が俺の指に触れた。
「アツ。」
「俺も。」
それで、顔を見合わせて笑った。
ゆいちゃんの頬は紅くて、だけど俺もたぶん真っ赤だ。
照れる、ぶっちゃけ照れる。
でも、めっちゃ楽しい……!
楽しい、スゲー楽しい!
「今日、一緒に帰ろ?」
練習なくって良かった!
ごめん、岩ちゃん!
マッキー、まっつん!
及川さんは自主練不参加です。
笑う君の顔。
相変わらず喉はカラカラだけど、ささくれてた胸はもうそんなんじゃない。
授業は変わらず退屈で、当てられて答えたら宿題写したってバレた。
合同授業のサッカーは、岩ちゃんにボール取られて全然決まらなかった。
だけど、世界はこんなにも違う。
離さないよ、もう。
めっちゃ大事にするよ。
朝はおはようって言って、夜はおやすみって言うよ。
毎日そばにいる。
それから──
そうだね、及川さんはスッゴク格好いいんだってこと!
ちゃんと教えてあげるから、
「覚悟しといてよ。」
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